2009年02月15日

お詫び&近況報告

こんにちは!
アミです。

ご無沙汰をして本当にすみません。

寝る時間がないほど、忙しい日々を送る結果となっておりました。
やっと、昨日の土曜日、初めて休日がとれるかと思っておりましたが、
またもやA子さんと昼食を挟み、8時間に及ぶ話があり、終わったときは、もうくたくたでした。
パソコンを開く予定でしたが、無理でした。

コメント等、たくさんいただいていたのに、何もお返事ができず、本当に済みませんでした。

今日も、今からお付き合いで学校の職員の個展に行ってきます。
早く帰って、パソコンを開きたいのですが・・・。

伊勢の神さまにお祈りしました。
「どうぞ、自分の心をみがき、また、多くの人々、地球のために役に立てますように。
私を通路としてお使いください。」
と。

ほんとに伊勢の神さまは、私の祈りに答えて下さっているようです。

結果・・・。
この忙しい日々の毎日です。

「皆さんの役に立てる。」
「皆さんが喜んで下さる。」

これは何ものにも代え難い喜びです。

奇跡のようなことが日常茶飯事に起きています。

私1人の力ではないことは、明白に分かります。

大きな力が働いていることも分かります。

ただ、生身の凡人の私は、不遜にも、自分から祈ってお願いをしておきながら・・・。
いろいろ愚痴っぽいことを言ってしまうときがあります。
自分でも
「情けないなあ・・・。」
と、思います。

光が入るだけの器を作らないといけません。

それが、今の私の課題です。

できるだけ、近いうちにコメントのお返事や記事のアップをしていきたいと思います。

取り急ぎ、お詫びと近況報告まで。

     アミより。

posted by 女教師アミ at 09:01| Comment(1) | TrackBack(0) | アミ自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

◆アミの想い 【アミの一口コラム 296】

「直観にしたがう」
「内なる声にしたがう」
という言葉を最近よく耳にします。

私は、ふっと思うのです。
「内なる声にしたがうということは、時には、孤独に耐えるということかも・・・。」
と。


☆★・・・・☆★・・・・☆・・・・☆★・・・・★☆★・・・・・・★☆・・・★・・★☆

「今朝は、晴天。いい天気だ〜!」
と、Aさんが思ったとしましょう。
そのとき、ふっとAさんの心に
「傘をもっていけ!」
というひらめきがきました。

Aさんは、思いました。
「そう言えば、いつもアミさんが、ふっと気がついたら、すぐそれをするように。
 それが、直観に従うことだと、言っていたなぁ・・・。
 でも、今日は、どう見ても雨、降りそうにないよね・・・。」
と。

でも、Aさんは、第一感に従い、傘を持って行きました。
急に雨が降りました。
「やったぁ! やっぱり、直観にしたがってよかった。
 私の直観って優れてるかも〜〜!」
と、思うかもしれませんね。

でも、雨が降らなかった場合は、どうでしょう?
友だちから
「こんな天気な日に、なぜ、傘なんかもっていったの〜?」
と、からかわれて帰宅しました。
Aさんは、思います。
「アミさんの嘘つき! 雨なんて降らなかったじゃない! 直観に従って損した〜〜!」
と、言うかも・・・ですね。

いいとこいって
「まあ、こんなこともあるよね〜。今度からは、よく考えて行動しよう。」
ぐらいでしょうか・・・。


☆★・・・・☆★・・・・☆・・・・☆★・・・・★☆★・・・・・・★☆・・・★・・★☆


アミは、
「なぜか理由は分からないけれど、○○○した方がいい。」
と、感じることがよくあります。
そのとき、本当に理由は分からないのです。

人から見たら、
「なぜ、アミさんは、○○○した方がいいなんて言うのだろう?
 普通は(常識的には)、△△△するのに・・・。」
と、いうようなこともあります。

理由は、分からなくても、アミは、自分の内なる声に従って、動きます。
しばらく立って、結果が出てから、アミ自身にも、
「ああ、あの時、私が○○○した理由が分かった。」
ということは、往々にしてあります。

アミは、内なる声に従って(エゴを捨てて)動いて、大きな失敗をしたことはありません(と、思います)。
内なる声に従い、決断して動き出すと、本当に導かれるようにことが進みます。
リスクが大きく見えれば見えるほど、エゴが頭を出し、一歩踏み出すのが、いささか恐いこともあります。
でも、勇気を出して、内なる声を信じて決意し、動き出すと、小さな奇跡、大きな奇跡が連続して次々に起きてくるのです。守護霊(ガイド)が必死で裏で動き回ってくださっているのを感じます。守護霊のがんばりに感謝をすると共に、その進み具合や結果をみて、アミは、
「ああ、私の決断が間違いではなかったんだなぁ。」
と、思うのです。


アミは、自分の内なる声を信じています。
内なる声が
「○○○しなさい。」
と、言えば、殆どそうします。

そのとき、周りの人からは、???だったり、白い眼だったり、することも時にはあります。
誰も、理解をしてくれないときもあります。
そんな時、アミは、とってもふか〜い孤独感にさいなまれます。
エゴまみれになり、感謝の足りない心の状態になっているアミは
「ああ、私は、宇宙一の孤独な人間だ〜〜!」
等と、嘆き悲しむのです。

アミの言うことが、即、翌日ぐらいに実現すれば、人は、
「あっ、そうか・・・。 ○○○でよかったんだね。」
と、言うことになります。

でも、実現が2,3日も後になれば、人は、
「偶然ってあるよね〜! ラッキーだったよね! 私、運がついてる〜!」
と、なります。

1ヶ月後の実現になれば、人は自分が言ったことも忘れています。
「自分が頑張ったから、実現したんだ!」
と、いう感じになります。

実現すれば、いいほうです。

でも、これが、一時期でも、実現していないかのように見えようものなら、
「・・さんの判断がやっぱりおかしかったんだ〜! ・・さんがそんなことをするからだよ〜!」
等となることも、往々にしてあります。
結果的にはちゃんとよいことになっていても、その途中が×(バツ)に見えると、恨まれたりします。

「傘を持っていくか行かないか」ぐらいの判断ならいいのです。

でも、その判断がだんだん高度なものになると、そこには、リスクが発生し、利害が出てきます。
人は、誰でも
「損をしたくない。失敗をしたくない。」
と、思います。

自分が内なる声に従って、自分だけにその判断結果がふりかかる場合は、いいのです。
でも、内なる声に従い続けていると、だんだん、高度な判断が要求されるようになってきます。
自分の内なる声にしたがった結果が、他の人にも大きな影響を及ぼすようになってくることもあります。


◆編修後記◆

「アミは、内なる声の聞き間違いはできない(許されない)」
と、ふっと思うときがあります。
(※これは、アミ自身についてのみです。普通は、こんなに堅苦しく考えなくていいですよ。)

そのためにも、自分の心を安定させ、ピュアに保ち続けていかなければなりません。
エゴを捨て、愛で満たさなければなりません。
今からが自分との闘いです。

心と身体は、リラックスさせ、精神は集中させ、心にマイナスの想いや言葉を入れないように、自己管理をしていこうと思います。
イライラしないように、仕事は早め早めに片付けていこうと思います。

アミの周りにいる方々(メルマガ・ブログの読者の皆さん)は、みんなとってもいい方々ばかりです。
自分だけ幸せになり、自分だけ伸びてもあまりうれしくありません。
みんなで幸せになり、みんなで伸びたいです。
みんなで幸せになることが、本当の幸せだと思います。
そのために、できるところで、少しずつサポートし合えばよいのではと思います。
身近なところから、それぞれの日常生活をしながら、愛し合い、信頼し合い、愛の光を少しずつ広げていければいいな・・・と、思います。

世界中にあちこちで、愛に満ちた心の人がどんどん増えていくと、地球は、光に包まれるでしょう。



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posted by 女教師アミ at 21:54| Comment(15) | TrackBack(0) | アミ自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月25日

◆不登校?だった私 【アミの一口コラム 180】

こんにちは。
アミです。

本当にながらくご無沙汰をしてすみませんでした。
ここ1年間、いろいろなことがあり、いろいろな厳しい修行がアミに降りかかってきていました。
「恵まれた人生だけど、とっても厳しい!!・・・」
といった感じです(ただ今も進行中!)。

4月から教頭になったこともあり、家に帰るのが、12時を過ぎることが多かったです。
家に帰ると、主人と遅い夕食をして、そのまま布団(床の上?)にダウンでした。
パソコンを開くことも、ままなりませんでした。
私の場合、自分が疲れて集中をできない状態だと、文章が書けません。
とても気にはなっているのですが、どうしても、ブログを書くことができませんでした。

本当に、本当にごめんなさい。
せっかく、コメントを下さっているのにお返事も書かずに、たいへん失礼をいたしました。

でも、最近、意を決することがあり、このブログを続けようと、考えました。

その原動力になったのが、みなさんのコメントです。
こんな失礼なことをしている私を許してくださり、毎日、アクセスをしてくださる方々。
コメントを入れてくださる大切なお友達。
本当に、ありがとう!!
私は励まされ、ブログを書く勇気が出ました。

メルマガの読者の皆様、お約束をしているにもかかわらず、配信が滞り、本当にすみませんでした。

仕事が忙しくなると、また、滞るかもしれないけれど、アミには、なぜか、どうしてもこのブログを辞めることができません。

前に進んでみようと思います。


◆不登校?だった私 【アミの一口コラム 180】◆

アミは、もともとは人に馴染めない性格でした。

「不登校」「鬱」「対人恐怖症」などの言葉が世間に知られていない時代、アミは、人生に対して、人に対して、拒絶的な態度で生きていました。


今でも、はっきり覚えています。

幼稚園の時のことです。
アミが幼稚園で遊んでいるとき、なぜか母が用事で幼稚園にやってきました。
アミは、母の姿を見つけ、駆け寄りました。

以下、アミと母の会話です。

アミ「おかあさん、私、おかあさんと一緒に家に帰る!」
母 「だめ、幼稚園にいなさい!」
アミ「いや!! 帰る! 私を置いて行かないで。
   私、家がいい!!(母の服に取りすがり、泣き喚く)」
母 「そう、それなら、今日、帰ったらあなたの好きなドーナツを作ってあげるから、
   我慢しなさい」
アミ「・・・うん、わかった。」

食べ物につられて、アミは母と帰宅することをあきらめました。

でも、今でも、
「幼稚園になんかにいたくない、母のいる家に帰りたい!」
という悲痛な思いと、母においていかれた悲しみが心に深く残っています。

アミは、不登園児でした・・・。

「大嫌いな幼稚園」
「大嫌いな小学校」

「嫌いな中学校」
「まあまあな高校」
「エンジョイした大学」

「苦しみのどん底だった社会人前期」
「人のために喜んで働けるようになった人生中期(今)」

という人生です。


アミの一番苦しかったのは、小学校時代でした。

大嫌いな小学校に毎日行かないといけない。
父や母とも、全く意見が合わない。
地獄の日々でした。
小学校5年生にして胃潰瘍・・・。
胃薬を飲んでいました。

誰にも会いたくない。
一人になりたい。
アミにとって、布団の中だけが安らぎの世界でした。
アミにとって、世間は地獄でした。
生きることが辛かった。
何度も、死にたいと考えました。
小学校時代に・・・。

この感覚は、大人になっても時々襲ってきました。
「本当の心の世界」に触れるまでは・・・。

でも、離婚を契機にアミの人生は、180度転換していきました。

「心の曇りを晴らし、前向きな考え方を身につけよう!
 苦しくても、人生を生き抜こう!
 我が娘に悲しい思いをさせてはいけない。
 娘の手本になれるような生き方をしよう。」

と、思いました。

それから、たくさんの本を読み漁り、自分の心を見つめ、自分の考え方を変え、生き方を変える努力をし始めました。

心の法則に従った考え方をし、行動をし始めると、物事がいい方向、いい方向に進み始めました。
人生がいい方向に向き始めました。
本当に不思議なことでした。

今でも、「独り」は好きですが、「人嫌い」ではありません。
「一人でも多くの方々のお役に立ちたい」
と、考えるようになりました。

本当に自分がいろいろ動けるのは、後、30年間もないでしょう。
自分が死を迎えた瞬間に

「ああ、いい人生だった。
 自分は役目を果たすことができた。
 皆さん、ありがとう。」

と言って、あの世に帰れるように、
「今、頑張らないといけない」
と思います。

主人も、全く気持ちは同じです。

「アミと主人と、親友とその娘さん4人で力を合わせて、自分自身を高めて、世の中の役に少しでも立てるようにがんばろう」

と、考えています。


◆編集後記◆

自分の周りには、不登校の人、離婚した人、借金に苦しむ人、いろいろな方がおられます。
でも、それらの方々は、決して、人生を下降しているのではないのです。

人生の大きな転機に立っている方々なのです。
一発逆転のチャンスをつかんでいるのです。

自分の人生を見捨てないでください。
アミのように、必死でもがき、努力すれば、苦しまない人より、味わいのある深い人生がおくれるのです。

アミは、
「今となれば、あの不登園児時代、学校嫌い時代、人嫌い時代があってよかったのだ」
と、思います。

「全てが必然・必要・ベスト」
です。
全てのことが起こるべくして起きているのです。
それを受け止めるのです。
アミは、あの時代があったからこそ、それらを乗り越えたからこそ、人の痛みや悲しみを感じられる人間になれたのだと思います。

自分の人生を人と比べないで。
たとえ、どんな人生であろうと、自分の人生を大切にしてあげてください。
自分の人生をのろったり、
「自分がこんなことになっているのは、○○のせいだ。」
なんて、「自分の人生の責任」を人や環境に転嫁しないでください。
だって、そういう人生を決めて生まれてきたのは、自分自身ですから・・・。
辛くても、自分の人生と真正面から向き合ってください。

今の苦しみから逃れるためには、心を安らかにさせて、
そして、自分の考え方を変えるのです。
考え方を変えれば、必ず、人生が変わります。
心には法則性があるからです。
心の法則を知る勉強をし、実践をしてみてください。

「その心の勉強、考え方を変える勉強の資料、テキストのような役目をこのアミのブログができればいいな」
と、アミは考えています。

自分、一人が苦しんでいるのではありません。

今、世の中は、地球自体も、そこに住む万物も、自分の膿を大量に出しています。
膿は、出るほうがいいのです。
苦しみは、膿が出るチャンスです。
膿を出し切り、考え方を変え、愛深き人生を送れるようになると、人生は上向きになります。
必ずなります。

一人では苦しくても、どう考え方を変えればいいのか分からなくても、仲間がいれば大丈夫です。

アミのブログが、
「人生を前向きに生きようとしている人々の集いの場となればいいな」
と、思います。

初めての方も、どうぞ、コメントをください。

一人で悩まないで。
アミは、カウンセラーの資格は持っていませんが、心の勉強、修行はしっかりしています。
実体験。実践を通して。
何か少しはお役にたてるかもしれません。

自分の悩みを受け止めてもらえるだけでも、気分がすっきりしますよ。
自分を表現してみてください。

素直に謙虚に自分を振り返り、心を磨いていこうという方へのサポートは惜しまないつもりです。



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posted by 女教師アミ at 07:30| Comment(53) | TrackBack(0) | アミ自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

◆自分を信じること 【アミの一口コラム 86】

こんにちは。アミです。

大きな仕事がありまして、それがやっと、明日、終わります。
ここ数日、その仕事に追われて、記事のアップやお返事書きができなくて、すみません。
コメントとメールのお返事が遅くなってしまいました。
今、まだ、論文を書いている最中ですので、明日、帰宅次第、お返事いたしますね。

さて、今日は、アミの仕事について少し振り返ってみたいと思います。


◆自分を信じること 【アミの一口コラム 86】◆


〜アミの仕事の足跡〜

昨年の8月以降、アミが主にした仕事を少し書いてみます。

日常の事務的な仕事プラス・・・
・学習指導案30本ぐらい添削
・授業づくり数本指導
・研究授業数本指導・助言
・授業実践研究(論文・発表)を指導
・自分の研究論文・発表
・シンポジストとして発表。
・サークルの世話
・県外の研究会2本主催
・資格試験受験

等です。

これらの仕事は、もちろん、勤務時間中だけで終わるわけではなく、家に帰ってからも続きます。
仕事以外にも、メルマガ・ブログ書きや、家事、来客(多いので)の世話等が入ってきます。

もちろん、世の中には、アミよりもっともっとハードな仕事をしていらっしゃる方は、たくさんおられます。
でも、一般的には、教師という仕事というのは、学校に関する仕事だけでも、とてもハードなものです。
このくらいの仕事をやりこなそうとしたら、何らかの工夫なり何なりがないとなかなかできません。


〜アミの心配〜

「自分に降りかかってくるものは、自分が超えられるから降りかかってくるんだ。だから、がんばろう」
と、アミは思い、今まで、がんばり続けました。

でも、本当は、何度も、根をあげかけました。

何度も、
「もうだめだ。絶対にこんな仕事量をこなせない。間に合わない。」
「この仕事をこなすためには、あの仕事を削りたい。そうすれば、楽になる。」
等と、思いました。
何度も、カットできそうな仕事をカットしようと思いました。
でも、だめでした。

いつも、「全て」することになるのです。


〜助け〜

以前にも、記事に書きましたが、たとえば、シンポジストの仕事のときです。


《シンポジストの仕事》

このシンポジストとしての仕事は、主催者のためにも絶対に成功させなければならないものでした。でも、仕事が集中してしまい、「十分な準備ができない!」と、思いました。他の仕事をカットしようと思いました。

すると、心の中から声が聞こえてきました。
「大丈夫です。やりなさい。」
と。

アミは、
「本当に大丈夫なの〜?」
と、思いました。

でも、「その声」を信じました・・・。

そして、発表の前日、忙しくて、とうとう「プレゼンの読み原稿」は、できずじまい。数回繰り返しただけで、ぶっつけ本番のプレゼンとなってしまいました。

アミは、心の中で思いました。
「だいじょうぶって言ったけど、間に合わなかったじゃない・・・。どうしよう。」
と。

でも、プレゼンは、成功でした。
始まると、アミの口からよどみなく言葉が出てきました。
シンポジウムは、大成功に終わりました。


《資格試験》

昨年の秋に、アミは、資格試験を受けました。
これも、とっても大切なものでした。

周りからの大きなプレッシャーがあり、何が何でも試験に合格しなければならないという状態でした。
とても難関でした。

でも、試験勉強は、仕事が終わってからするしかありません。
17:00までの仕事が終われば、17:00以降の他の仕事がどっと入ってきます。
「絶対、無理だよね〜!」
と、思いました。
でも、とにかく試験に受からないといけなかったのです。
またまた、「やるしかない!」の世界でした。

「先にやらなければならない仕事を先に片付けよう」と、がんばりました。
1年間かけて、資料や書籍の準備はしていましたが、実際に勉強ができ始めたのは、試験開始1ヶ月前からでした。
常識で言ったら、そのくらいの勉強量で通るわけがない試験でした。
追い詰められたアミは、
「もう、自分を信じてがんばるしかない!」
と、思いました。

その残された受験勉強のためのわずかな1ヶ月の間にも、サークルの仕事で貴重な土、日に泊りがけで県外に行かなければならない仕事がありました。
普通でしたら、サークルの仕事ですので、断ろうと思えば、断れたのです。でも、その仕事は、私の専門教科の模擬授業の指導でしたので、断れませんでした。
「行くしかない!」
と、いうことで、行きました。

1ヶ月間しかなかったのですが、いい参考書に恵まれたので、勉強ははかどりました。
また、周りからたくさんの方々の応援や、支援をしていただきました。
もう、自分がオリンピックの代表選手になって地域代表で出るような気分でした。
厚い、温かい応援の中、もう、引こうにも引けず、絶対に受からなければならないというプレッシャーが重石のようにアミの細い?肩にのしかかってきました。

そして、試験。
試験の数日後、主人も、私も夢を見ました。
「ぎりぎり受かる夢」でした。
そして、奇跡的に受かりました。

そして、年明けての2次試験・・・。
年末年始、誰もが死に物狂いで準備します。
でも、私の年末年始は・・・。

父母の金婚式の記念旅行、宮崎に神社参り、年始のお客の接待、後輩の論文指導2本、県外のサークルの世話・・・等に追われて、肝心の「試験勉強」は、???・・・。

年末年始の行事等については、「試験勉強があるので、キャンセルさせて」と、言えば、みんな納得してくれたと思います。
アミも、のどまでその言葉が出かかっていました。
「ここまできて、試験に落ちたら、応援してくださった方々に申し訳が立たない」
と、思いました。

でも、だめでした。

「記念旅行にも、神社参りにも、お客の接待・・・も、全て行いなさい。
何とかなります。それぞれ、とても意味のあることです。
我らを信じなさい。
あなたが、本当に自分(守護霊、潜在意識)を信じているのかが試されています。」
と、声がしました。

「あ〜あ、やっぱり・・・。しないといけないのか・・・。」
と、あきらめました。
本当に一か八かの大かけでした。
普通なら、こんな度胸のあることをする人なんていません。

案の定、準備不十分なまま、試験に臨むことになりました。
「私は、とんでもない選択をしてしまったのではないか?」
と、内心、大へんあせりました。

心の中で、私は祈りました。
「どうぞ、今日の日のことが(試験)、よきこととなりますように。
自分の心を磨き、世のため人のために少しでもなれる方向にお導きください」
と。

心の中で力強い声がしました。
「あなたは、今まで十分にやってきました。
試験の知識は、不十分であっても、あなたは、試験に受かるだけの資格をもっています。
がんばりなさい。我らがついています。」
と。

そして、試験に臨みました。
すると、どうでしょう。
昨年度までと傾向が変わっていたのです。
試験の内容は、私が答えられるものしか出ませんでした。
昨年度と同じ様な内容が尋ねられたら、私は、きっと、答えられなかったことでしょう。

私は、心の中で、「ありがとうございます」と、手を合わせました。

まだ、試験の結果は、わかりません。
でも、悔いが残らない、さわやかな感じがしました。

「あ〜、今まで、どの仕事も切らず、どれも一生懸命にやってきてよかった。心の声を信じてよかった。
たくさんの目に見える方々、目に見えない方々、応援し、助けてくださってありがとう!本当にありがとう!!」
と、思いました。


◆編集後記◆

思えば、この1年間は、私にとって、「試しのとき」だったように思います。

今まで、アミは、
「『直感〈自分の潜在意識、守護霊からの声〉を信じること』は大切だ」
と、思ってきました。

ですから、アミは、いつも
「心の中にふっと浮かんだこと」は、ほとんど即、実行に移してきました。
その選択は、間違っていなかったと思います。

でも、比較的、「自分の内なる声が伝える内容」は、実行しやすいものが多かったようです。
たとえ、実行してそれがよくない結果になったとしても、そんなに大きなリスクのあるものは、多くはなかったように思います。

ところが、去年の後半から「信じて失敗した時のリスクが大きいもの」が次々に表れてきました。また、肉体的にも精神的にも苦しいものばかりでした。

でも、アミは、「心の内なる声」に従って行動しました。
私の判断は、おそらく間違っていなかったと思います。
自分の「エゴ(楽な道)」を捨て、「自分の心の一番奥から聞こえる声(苦しい道)」に従ってよかったと思います。

今まで、アミは、目の前に「苦しい道」と「楽な道」があれば、「苦しい道」を選んできました。でも、その選択は、間違っていなかったと思います。

「自分を信じること」
「自分の可能性を信じること」
「やればできる」
です。

アミは、今からもっと、ハードな仕事をすることになる予感がします。

自分の表面意識は、「回れ右!」をして、逃げ出したい気持ちでいっぱいです。
でも、表面意識は嫌がっても、このような環境が出てくるということは、おそらく、自分が生まれる前に決めてきたことでしょう。
自分が決めてきたことだから、たとえ、それが、苦しくても、つらくてもがんばるしかないと思います。
「自分の可能性を信じてがんばろう」と思います。

人というのは、今、現在、自分のもっている表面的な力だけで、「できる」「できない」を判断してしまいがちです。
でも、本当は、そうではなくて、今は、まだ、眠っているように見えるけれど、まだまだ、自分の心の中には、表面に出てきていない「無限のパワー」があります。

誰にでも・・・。

それを信じてがんばりたいと思います。

「自分を信じること・・・」
とても、大切です。




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2005年10月17日

◆全てが学び 【アミの一口コラム50】

こんにちは。アミです。

今日で、アミの一口コラムがちょうど50号になりました。
今まで読んでくださった皆さんのおかげでここまでくることができました。
ありがとうございます。
アミは、ちょっと変わり者です。
自分の想いがなかなか言葉で全て表現できないというもどかしさがあります。
「皆さんに誤解を与えたり、不愉快な想いをさせたりしたのでは・・・」
と、心配になることもあります。
でも、皆さん、大きな心で受け止めてくださって感謝しています。
これからも一生懸命に書いていこうと思います。
これからも、どうぞよろしくおねがいします。

今日は、「全てが学び」について書きます。

前回に引き続きの「20年前のアミの交通事故の例」でお話します。


◆全てが学び 【アミの一口コラム50】◆

〜お見舞いに来た女性〜

(前回の)交通事故の後、アミは、しばらく家で休養をとることにしました。
家に戻ってからすぐ、お見舞いのお客さんが来ました。

それは、事故の相手の方でした。
※今回の事故の場合、相手がセンターラインを突破して突っ込んできたので、相手が全面的に「加害者」ということになっていました。

相手の方は、アミより少し年が上ぐらいの女性でした。
聞くところによると、ご主人はおられなく、母子家庭ということでした。
(そのときのアミと同じ境遇でした)

しかし、お見舞いに来られたのは、その女性だけでなく、黒い服を着て黒いサングラスをかけた、やくざには見えない、やくざ風の方を伴っておられました(「誰?この人?」と???がたくさんアミの頭に立ちました)。

アミは、2人を家に招き入れました。
アミの左足は、ギプスをしたままでした。
女性は、アミのギプスを心配そうに見ていました。
女性は、アミに丁重に謝り、お詫びのお菓子を差し出しました。

アミは、
「いいですよ。気にされなくて。
私だって、いつ、なんどき、反対の立場になるかわからないし、お互い様ですよ。」
と、言いました。

その女性は、心からホッとした表情を見せました。

そのそばにいた「やくざには見えない、やくざ風の人のよさそうなおじさん」も、
ご自分の予定していた役割を果たさないまま、
「すみません」
と言って頭をぺこりと下げて、帰って行かれました。


〜病院のベッドの上で考えたこと〜

アミは、退院する前、病院のベットの上で考えていました。

「加害者の女性は、アミと同じ境遇なんだ。
やっぱ波長同通の法則かあ・・・。
母子家庭ということだし、経済的にも厳しそうな感じがする(教師の直感)・・。
車の修理代と病院代だけ、保険から払ってもらったら、もう、それでいいよね。」
と。

周りは、
「どう見ても、相手が悪いのだから、もっと強気で言ったらいい」
と、言いました。

でも、アミは、そのとき、波動は悪いながらも、少しずつ「心の勉強」をしていましたので、
「そう考えることはよくない」
と、思いました。

「この場合、常識的に見れば、加害者と被害者の関係。
でも、スピリチュアル的に見れば、フィフティフィフティの関係。」
ということを理解していました。


〜見舞いに来た女性を見て〜

「ああ、この女性は、相談するご主人もおらず、自分を守るために、おじさんを用心棒に連れてきたんだ。」

と、アミは思いました。

肩肘を張って生きているその女性が悲しく見えました。

「もし、自分だったら・・・」
と、考えました。

〜その後〜

アミは、その女性から保険から規定のものをもらいました。
でも、実際には事故にあったおかげで、目に見えないお金も相当かかり、精神的なショックもかなり後まで尾を引きました。
仕事上も支障が大きく出ました。
後遺症もかなり後まで残りました。

でも、

「これでいい。『波長同調の法則』『類は類を呼ぶ』だよね。
同じ立場のもの同士、何かを互いに学べと、神様が言っているんだよね。」

と、アミは考えるようにしました。

この事故をきっかけに、アミの心にたまっていたもやもやしたものが、ばんっとはじけて、消えたような感じがしました。

「すっきり!!」
という感じでした。


◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――


「不幸に見えること」は、誰でも嫌です。

でも、「不幸に見えること」も、受け止め方次第では「幸福への入り口」になることもあります。

「全てが必要必然ベスト」
「全てが学び」

ですね!



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2005年10月16日

◆一人じゃない 【アミの一口コラム49】

こんにちは。アミです。

アミがこの世とあの世を含めて、
「一番、信頼している人?存在?エネルギー?」
のことを書きます。

◆一人じゃない 【アミの一口コラム49】◆

昔、アミは、自分の波動が落ちると、「交通事故」に遭うことが多かったです。
昔は、まだ、アミの波動は不安定でした。
ですから、ぶれるときは、大きくぶれました。

もう20年以上前のことです。

アミは、交通事故に遭いました。
お葬式の帰りのことでした(きっと憑いていたんですよねえ・・・)。

アミは、普通に道路を走っていました。
突然、前から来た車がアミの車に向かって、ものすごい勢いで飛び込んでくるのが見えました。
アミは、それをスローモーションビデオのように見ていました。

「ああ!神様!!」
と、心の中でアミが叫んだとき、
「ガシャン!」
と、音がしました。
車はアミの車の正面にぶつかって、止りました。

アミは、車の中からはいずり出ました。
アミのひざは、大きく切れ、血が滴り落ちていました。
胸も強くうったようです。
でも、アミは痛くもなく、心は妙に静かでした。

周りで何人かの人は見ていましたが、みんな動きません。
それで、アミは、ひざから血を流しながら、自分で近くの家に歩いて行き、
「救急車を呼んでください」
と、頼みました。
その家の人が毛布か何かを貸してくださいました。

アミは、救急車に乗って、病院に行き、治療をしてもらい、そのまま入院しました。
事故のことは、この程度しか覚えていません。

ただ、印象的だったのは、ぶつかる瞬間
「ああ!神様!!」
と、心の底から「神の助け」を求めたことです。

そのときのアミでしたら、
「『お母さん!』とか、主人の名前を言うかな?」
と、思います。
そのときは、まだ離婚をして間もなかったので、呼ぶとしたら
主人の名前ではなく、
「『お母さん!』かな。」
と、思いました。

でも、アミが無意識のうちに助けを求めたのは
「神」
だったのです。
そのときも、特別な信仰があったわけではありません。
でも、「神様」だったのです。

自分が最大の危機に立たされたとき、求めたのは、「肉体の親」ではなく、「魂の親」でした。

事故は大きく、アミの車はめちゃくちゃに前面がつぶれていました。
事故現場をたまたま見た私の友達が
「あの車の運転手さん、即死だよね・・・と、思った」
というほど、ひどかったのです。

でも、アミは結局、ひざを何針か縫っただけだったのです。

アミは、そのとき感じました。
「ああ、自分は一人で生きているんじゃないんだ。
目には見えないけれど、ちゃんとアミには神様(守護霊)がついていてくださっていたんだ」
と。

◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――

そのとき、アミは離婚したてほやほやでした。
まだまだ、心の垢が取れていませんでした。

おそらく、波動が悪く、霊敏感体質のアミは、お葬式の帰り、「お客さん」を背後にしっかり付けていたのでしょう。

でも、この事故のおかげで、アミは
「自分ひとりで生きているんじゃない。自分を守ってくれている何かがいる。」
と、感じることができました。

アミは、心強くなりました。
「よし、この子(娘)のためにもがんばろう!」
と、思うことができました。

この事故をきっかけに、いろいろなマイナスの想いを振り切ることができました。
アミの第2の人生の出発のきっかけになりました。

何が幸いするかわかりませんね。

「不幸へのパスポート」を手渡されたかのように見えることでも、自分の思い方ひとつで「幸福へのパスポート」に交換することができるのですね。
また、
「どんなときにも自分ひとりじゃない」
ってこと。
心強いですね!



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posted by 女教師アミ at 16:42| Comment(4) | TrackBack(0) | アミ自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月13日

◆最近、アミの苦手なもの【アミの詩(うた) 創刊号】

こんにちは。アミです。

今日から、「アミの詩(うた)コーナー」というのを新設しました。

理由は、今までのように、「散文調の文面」ばかりだと、けっこう説明しすぎたり、読者の方々の自由な読み方ができにくかったりするような気がしたからです。
アミも、「きちんと書かなきゃあ」という想いが強くなってしまいます。
「詩」だと、読者の皆さんもいろいろな読み方ができますし、アミも肩肘張らずに自由に感じることを書けます。
あくまでも、「アミが感じること」ですので、「感じる理由や根拠」はありません(説明しにくいです)。
そこのところは、「詩」ですので、ご理解くださいね。

読者の皆さん、どうぞ、自由に読んでください。
読み流してもらってもかまいません。
感想などもよろしかったらお願いします。
感じられたことを自由にお書きください。


◆最近、アミの苦手なもの【アミの詩(うた) 創刊号】◆


【アミと野口英世】

最近、アミの苦手なもの・・・。

それは、「野口英世」。
もっと詳しく言えば、「千円札の野口英世の左目」。

あの左目に見つめられると、アミはぞっと背筋が寒くなる。
あの目は、この世のものでない・・・。

あるとき、アミは、スーパーのレジで、千円札を裏返しにして出した。
・・・でも、失敗だった。

レジのお姉さんは、むっとした顔をして、
わざわざ表替えして、「野口英世」をアミに見せた。
野口英世がニヤッと笑った。

そこで、アミは考えた。

「お金を払うとき、野口英世の目の上に小銭をのせて出そう!」
と。

これは、今のところ成功している。

でも・・・。

お財布の中に、野口英世の目がたくさんあると思うだけでも、やな感じ。
アミは、いろいろな意味で1万円札はくずしたくない・・・。



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posted by 女教師アミ at 07:01| Comment(8) | TrackBack(0) | アミ自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月09日

◆アミの壁 【アミの一口コラム 47】

こんにちは。アミです。

怒涛のような1週間が過ぎ、あといくつか仕事をこなせば、最後の大物の仕事に辿り着く段取りがつきました。
この連休中になんとかめどを立てようと思っています。
「ふう〜 ^^;」
という感じですが、メルマガ・ブログの読者の皆さんのコメントやポチポチを励みにがんばることができました。
とっても感謝です!

さて、今日は、
「アミの壁(心の課題)」
について書きます。


◆アミの壁 【アミの一口コラム 47】◆

《アミが自分の心に?をもった理由》

〜 生け花 〜


アミは、以前、生け花を習っていました。
アミの生けた花は、よく言えば、バランスがよく個性的な感じがし、品よくまとまってます。
Aさんは、正反対で「ぼぉ〜(火が燃える感じ)」と生け花の命が燃えている感じで、野生的で、伸び伸びしています。

アミは、いつも自分の作品を見て、
「けっこう、まとまったな」
と自己満足に浸りながらも、お隣のAさんの生け花を見て、
「なんか、自分に足りないものがあるよね〜・・・」
と、思っていました。

〜 仕事のこと 〜

今まで、個人的なことで先生方にアドバイスを差し上げることは多かったのですが、最近、大勢の人の前で話をする機会が増えてきました。

私の専門教科の助言は難しく、
「授業を変えてください」ということが、
イコール「あなたの考え方(授業観、児童観)を変えてください」
ということになることがあります。
言葉を選ばないと、「授業者の研究授業を行うまでの努力」や「その人の教育に関する信念」までも、半ば否定するような言葉としてとらえられる可能性がなきにしもあらずです。
講師が下手な言い方をすると、相手の努力やプライドを大きく傷つけることになる恐れがあります。

それで、とても気を使います。
「自分の話し方はこれでいいのか(相手を傷つけず、理解してもらえるか)?」
と、自問自答せざるを得ない環境に投げ込まれました。

〜 スピリチュアルなこと 〜

「自分はこれまで持てる能力はフルに使ってやってきた。」
という思いがあります。
でも、ちょっと行くと、この先に壁があるような気がします。

これからも、前に進み続けるためには、自分を新たに変える(壁を突き破る?)必要があるような気がしました。

私のブログにコメントを書いてくださる方々、そのコメントの内容。私が書き込みをしたことに対するお返事。仲間の方々のブログの内容。等を、読ませていただいて多々考えさせられることがあり、大切なことに気付かせてもらうことがいくつもありました。

このことが一番大きいのかもしれません・・・。

〜 自分の心分析(今のところ) 〜

実際には、アミは、「天然ボケ」のところが大いにあります。
家の中では、ボケまくっており、ドジや失敗は数え切れません。
好奇心旺盛で、遊び大すき!子どもみたいなところがあります。
癒し系。直感派。
仕事場でも、よその学校にお話に行ったときにも
「先生は、癒し系ですね。」「心が和みながら、お話の内容がよくわかりました。」
等と言われる事が多いです。

「でも!」

わかる人には、わかるんですね・・・。
そして、自分にも。
教えてくださった方々、ありがとうございます。
本当に感謝です。

アミの心には、???な部分がけっこうあります。

過去世の影響か(おそらく過去世、尼さん、シスターをしたことがあるような・・・)、どこか「真面目で固い」のです。

○ 考え方が固い。
○ 「がんばらなきゃ」「ねばらない。」という思いが強い。
○ 何事にも必死になると周りの様子が見えなくなる。
○ 必死になって、対象に向かい、すごいエネルギーを向けるので、心に余裕がなくなり、カリカリくることがある。
○ 気が短く、時が過ぎるのが待てない(先にビジョンが見え、そこに行き着くまでイライラする)。
○ 先のことを憂え、「なんとかしなきゃ!」と一人であせる(先のビジョンが何となく感じられ、今、うかうかしているときではないとあせって考えてしまう)。

といった傾向があります。
これらのことは、ある程度、自分にも自覚症状があり、かなり改善してきたつもりです。
ですから、表面的にはわかりにくいのですが、実際には、まだ、根強く残っています。

最近のアミの生活環境は、「戦場」のような状態でした。寝る暇もないぐらい忙しかったです。でも、その環境はおそらく私にとって必要なものなのです。だから、受け入れないといけないのですが、自分の心自体がなかなかついていきませんでした。アミの心も「戦場」と化していた部分もあるかもしれません。

たとえ、激務であろうとも「『心は天国』のようなゆったりとした心」をもつことが大切だなあいうことに気付かされました。

そのためには、仕事の段取りを一旦つけたら、未来は見ない(未来についてくよくよ思い煩わない→「前後裁断、今に生きる」)。
「今、目の前にあることのみを見つめて、たんたんと(粛々と)心を込めて仕事をこなしていくこと」
が大切なのかもしれません。

たとえ、
「どんな環境におかれようと、心はゆったりと自然体でいること」
が大切なのかなあ・・・。

「アミのガンバリズム」は、いい面でもあるのだけれど、それが自分の「生き方の固さ」「視野を狭くすること」に繋がっているのかも・・・。
また、「ガンバリズム」の根っこには「恐怖感」があるのかも・・・。

どこか、心のすみに遊びの部分を残しておくことが大切かも・・・。
時の経過を待てる気の長さを養おう!

今からのアミの心の課題は、
「どんな環境に置かれても、心は天国!」
ということかなあ。

このように考えれば、自然体で生きられ、自分にとって今から必要とされる能力も、自然に与えられるのかなあ・・・。

等と考えました。


◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――

人は(アミも含めて)、大きな困ったことがないと、だんだん自分の心を見つめることが少なくなってきます。
せっかくここまでがんばってきたたのだから、転落したくないな・・・とアミは思います。

心の世界というのは、
「ここまでがんばって登ってきたぞ〜!」
と、いう(自己)満足状態になっても、常に自分を振り返ることをしないと増上慢になって、ふっと気が付いたら「心の中に地獄絵図ができていた」ということはよくあります(過去、そういう例を多々見てきました)。

「『・・・先生』とか呼ばれ、人に教えることが多くなり、周りの人があまり自分の欠点・短所について教えてくれない状態になる」
と、「要注意!」です。

人が言ってくれなくても、自分が心のアンテナを高く掲げ、広げておき、「自分の心を振り返るための情報」をキャッチすることが大切かなあと思いました。

常に謙虚な姿勢で、柔軟に、前向きに考えていきたいと思います。


◆編集後記2◆――――――――――――――――――――――――――

そういえば・・・。
話は、ちょっと変わりますが、
Meddaywalkerさんのブログに「スピリチュアルな体験談」が載っていました。
よろしかったらのぞいてみてください。

「死生観、研究への基盤」「これで自由に書ける」「死生観、夫婦の絆」です。

Meddaywalkerさんの体験談は、何か、テレビなどでやっているような
「恐怖(字が赤や青色で、流れている)の○○体験!!」というのではなくて、「すごく当たり前で、日常的」な感じがします。
亡くなった方の魂が体を抜け出ても、そのまま「生き生きと活動(生活)している感じ」というのでしょうか。
日常的なだけに説得力があります。

『スピリチュアルな世界』のことって、別に「感じない」という方は、感じなくていいのではと思います。「感じる、感じない」というのは、「体質的なもの」もあります。「修行的なもの」もあるかもしれません。「知識」としてわかって、なんとなく分かっていればOKです!

だからこそ、「スピリチュアルな世界」の勉強って必要かなあと思います。

「海外旅行」をするとき、ある程度、
「目的につくまで、どうやって飛行機に乗り、どうやって行く、行った先はどんなところ・・」
等と、勉強して下準備をしますよね。

アミは、
「どうして、みんないずれ死ぬのに、ちゃんと準備をしておかない人が多いのかなあ。今の時代、誰がいつ、どうなるかわからないのに・・・」
と、思うのです。

「いい死を迎えるために、今をどう生きればよいのか」
を考えながら生きると「人生の充実度」が全く違ってくると思います。


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posted by 女教師アミ at 23:21| Comment(10) | TrackBack(0) | アミ自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

◆アミの反省 【アミのつぶやきコーナー 1】

こんにちは。アミです。

昨日、一昨日とメルマガ、ブログを出さなくてすみませんでした。


◆アミの反省 【アミのつぶやきコーナー 1】◆

〜自分の心を見つめて〜


アミは、今までの人生を振り返ると、「人生前半編」は、自分なりに一生懸命に生きてきましたが、結果的には「超ぼろぼろ ^^;」でした。

でも、「心を変革させ続ける」ことで、「人生後半編」は、おかげで順調に行き始めています。

これも、守護霊や、両親、家族、皆さんのおかげだと感謝しています。

だから、
「アミのこの『超ぼろぼろ人生からの脱出のためのスピリチュアル・考え方やノウハウ』を、必要とされる方に少しでもお伝えしたい」
と、考えました。

アミがつかんだ「考え方やノウハウ」は、実践していただければ、役立つことが、
とりあえずアミの人生で「実証済み」です。
また、「アミの考え方」は、「スピリチュアルの考え方」とも、ほぼ合致していると思います。
ですから、ある程度、自信をもってお伝えしています。

でも、最近、思います。

「何か、『人に伝える』という役割をいただくと、『アウトプット』に必死になり、『自分の心』を見つめることがおろそかになる・・・。」

と。

アミは、最近、「自分の心」をしっかりと見ていなかったような気がします。

娘も自立して外に出ました。
私も、来年は、転勤です。
家族に転換期が訪れています。
このような時、家族全体の運命が大きく変わります。

このようなときにこそ、母であり、妻であり、仕事人であり、
メルマガ・ブログ書きのアミは、
「『自分の心』を、もっとしっかりと見つめないといけないな」
と思いました。

「自分の心の至らなさ」で、家族の足並みに乱れが出ては申し訳ないと思います。

また、「真善美」からぶれた心で、メルマガやブログを書いては、いけないと思います。

アミの心に

「謙虚さ」「感謝」「優しさ」「思いやり」
等が足りなかったのでは・・・。

などと、最近の「家族やメルマガ、ブログの仲間の方々」との触れ合いを通して、反省させられました。

これからは、アウトプットをしながらも、「自分の心」にもきちんとチェックを入れていきたいと思います。


◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――

「自分の心癖」とは、なかなか直らないものです。
でも、アミも、自分の心にチェックを入れながら、
「心のお掃除」をしていきたいと思います。

明日から、また、元気にがんばります!!
まだまだ、修行中のアミですが、がんばります!
みなさん、よろしくお願いします。


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posted by 女教師アミ at 21:41| Comment(8) | TrackBack(2) | アミ自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

◆自分の心を受け止めて(1) 【アミの一口コラム 19-1】


こんにちは。
アミです。

楽しい3日間の連休の2日目です!!

と、言いたいところですが、アミは
「イソガシー、くら〜〜い3日間・・」
という気分でした。


◆自分の心を受け止めて(1) 【アミの一口コラム 19-1】◆

そこで、「暗くなる気持ち」を分析して見ることにしました。


【暗くなる表面的理由】

○ 花火大会にお客が我が家に20人以上押し寄せる。
  1グループは、「バーベキュー派」。
  もう1グループは「ベジタリアン派」。
  この2グループを別メニューでもてなすための準備や連絡調整。

○ 来客に備えて、巨大化した雑草を抜き、庭の芝を刈り、とってつけたようにお花を植えるなどの、(今までサボっていた)庭のお手入れ活動。

○ 花火大会とともに先生方の研修会が我が家であるので、その準備とアミの(いつの間にかアミが発表者となっていた)発表準備。

○ (急に入ってきた)25日までの急ぎの研究論文プロットの原稿締め切り。

 ※ 花火大会:アミの家は小高い丘の上にあり、近くに上がる花火が目の前に見えるので、アミの家に来たお客が「来たい!」と、言っていたので、招待したのです。


【アミの本音】

今朝、町をぐるっと一回りすると、なんだか楽しそうに洗車する町の人々が目に付きました。

『あ〜あ、いいよね〜!みんな、連休どっかに行くんだろうね。ねえ、おとうさん、私達もどっかにいきたいなあ〜!』
と、アミは主人にぼやきます。

『花火大会さえなければ・・・。』
などとも思ったり・・・。


【自分の心の分析〜アミの心の中の会話編〜】

アミの心が多少よどんでいる感じがしましたので、自分で心の中を分析してみることにしました。

Q(もう一人の心の中のアミ):なぜ、暗い気持ちなの?

A(アミ):体がきついのに、3日間休めないから。他の人は、楽しそうに見え、いいなあ〜という気持ちになるので。

Q:なぜ、3日間忙しくなるの?

A:主には、花火大会のときにたくさんのお客さんがどっと押し寄せるから。

Q:なぜ?

A:アミ達が「来てもいいよ」と言ったから。

Q:なぜ?

A:1グループ目の住宅会社のスタッフについては、アミたちの経済的実力では到底建たなかった家をアミ家族とスタッフとみんなで力と智恵を出し合って、いい家を建てることができた。これからも末永く付き合っていこうということで、感謝の気持ちでご招待する。

  2グループ目は、アミがお世話役をしている純粋でマジメな先生方の勉強会だから。(※「指導力不足の先生をなくし、先生方に力を付けてもらいたい」という心意気で、手持ち弁当で遠くから来てサークルのメンバーの指導をしてくださっているある大学教授を囲む会)

  アミたちは、守護霊(潜在意識?)の導きのおかげで、周りの人々に支えられてここまでくることができ、「幸せな生活」が送れている(と、自分たちは思っている)。「幸せ(花火を目の前で見ながら、わいわいビールを飲むこと)」は独り占めにしないで、みんなで分かち合ったほうが、もっと楽しい。
  だから、お世話になった人や大切な人々をできるだけたくさん招待したい。

Q:自分が納得して招待したのだからそれでいいんじゃないの?

A:でも、仕事が重なり、忙しさで体がきつくなると多少、嫌になる。

Q:じゃあ、「仕事」をやめればいいんじゃない?

A:そうしたいのは山々だが、そうすると「いい仲間」も増えない。

  それに、アミの場合は、「仕事」を通して自分を鍛えないとなかなか自分の心は磨けない。頭の中、文章だけだと、自分に甘くなるから。人とのかかわりを通しての学びはアミには必要。

  もう1つは、自分が学んできた「スピリチュアルな学び」も自分の実体験を通さないと本物かどうかわからない(スピリチュアルな世界というのは、目に見えない評価しにくい世界だから)。メルマガやブログに載せる文章は、アミの学んだ「スピリチュアルな学び」が本物かどうか(科学的とはいえないかもしれないけれど)、できるだけ自分なりに実体験を通し、確認がとれたものを載せたい。

  「スピリチュアルな学び=宇宙の法則
    →その法則に従えば、自分の人生を創造できる
    →実践して、創造できたという結果を出せる
    →自分の『宇宙の法則』に対する考えは正しかった」

  の証明になるのでは?
  と、アミは考えている。

  「感覚」だけでものを言う、つまり、「見える」「聴こえる」「感じる」だけでものを言うのは、とても危険。スピリチュアルな内容は、きちんとどこかでチェックを入れないといけない。

  「仕事が成功する」「人間関係が良好になる」「経済的にも豊かになっていく」「心身ともに健康になる」などの現象面でも、ある程度の成果が出てこないと説得力のある内容にはならない。「スピリチュアルな生き方の大切さ」を、アミは実体験を通して、実証していきたい。

  だから、「実証の場である仕事」はどんなに大変でも今は、まだやめられない・・・。

zzzz・・・・

というところで、アミは疲れてパソコンを打ちながら眠りこけてしまいました。


【アミの見た夢】

眠りこけたときに見た夢の話から、次回は始まります。


〜次回に続く〜


◆編集後記◆---------------------------------------------------------

最近仕事が天から降ってくるように、アミに振りかかるので、少々ばて気味でした。

体がばてると、心もばてます。

今日は、自分の心のメンテナンスをしてみました。



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posted by 女教師アミ at 01:36| Comment(0) | TrackBack(0) | アミ自身 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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