2005年12月12日

◇アミ日記◇

こんにちは。アミです。


◇アミ日記◇

私は、クリスチャンではないのですが、なぜか「マザーテレサ」が好きです。

次の言葉は、マザーテレサのものです。

人々は、理性を失い、非論理的で自己中心的です。
それでも彼らを愛しなさい。

もし、いいことをすれば、人々は自分勝手だとか、
何か隠された動機があるはずだ、と非難します。
それでもいい行いをしなさい。

もし、あなたが成功すれば、不実な友と、
ほんとうの敵を得てしまうことでしょう。
それでも成功しなさい。

あなたがした、いい行いは、明日には忘れられます。
それでもいい行いをしなさい。

誠実さと親しみやすさは、あなたを容易に傷つけます。
それでも誠実で親しみやすくありなさい。

あなたが歳月を費やして建てた(完成した)物が、
一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。
それでも建て(完成し)なさい。

ほんとうに助けが必要な人々ですが、
彼らを助けたら、彼らに襲われてしまうかもしれません。
それでも彼らを助けなさい。

持っている一番いいものを分け与えると、
自分はひどい目にあうかもしれません。
それでも一番いいものを分け与えなさい。
 
−カルカッタの〈孤児の家〉の壁に書かれた言葉より−



私は、後悔する人生を歩みたくないと思います。

特に、今世を生きる私たちは、素晴らしいチャンスに恵まれています。
努力すれば、他の時代よりも、大きな魂のジャンプをすることができます。

自分と向き合うことは「苦しいこと」です。
でも、向き合ってがんばれば、がんばった分だけ、いえ、もしかしたらそれ以上に私たちはジャンプできます。

昨日、アミの家でちょっとしたご近所の飲み会があり、アミの新しいご近所の友達が、なぜか、自分のいろいろな苦しい悩みを話し続けていました。

アミには、わかりました。
「ああ、この方は、明るく見えるけれど、本当は追い詰められているんだなあ。
 でも、今まで、守護霊が必死でサポートをしてきたんだ・・・。
 でも、限界に近付いて来たようだ・・・。
 彼女は、・・・・のように考え方を変えれば、今の体のあちこちの不調も治るのに・・・。」

でも、アミは、今朝、起きて、
「私は、毎日忙しく、いっぱいいっぱいだから、『昨日の新しいご近所の友達のこと』は、流そう」
と思いました。

でも、だめでした・・・。

「マザー・テレサがいくら好きでも、実行が伴わなければ・・・。」
と、思いました。

アミは、さっさと、早く仕事を片付けて、彼女をもう一度、家に招こうと思います。
ずっと、お話を聞いていると疲れるので、十分、睡眠をとって、体調を整えて聞きたいなあと思います。

必死になって、訴えてくる彼女を見捨てるわけにはいかない・・・と、思います。



 
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posted by 女教師アミ at 01:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月21日

◆映画「マザー・テレサ」を見て 【アミの一口コラム 28】

こんにちは。
アミです。

今日(正確には昨日)、オリビア・ハッセーが演じる
「マザー・テレサ」
の映画を見に行ってきました。

「感動!!」
の一言でした。


◆映画「マザー・テレサ」を見て 【アミの一口コラム 28】◆

〜最初の「マザー・テレサ」との出会い〜

思い起こせば、もう10年以上前になります。

私は、娘と一緒に本物の「マザー・テレサ」が出ている実録映画を映画館に見に行きました。
はじめて、映画の中のマザーの姿を見たとき、「感動」を通り越して、「衝撃」を受けました。
「ああ、これが『天使』なんだ! これを『愛の行為』というんだ!!」
と、思いました。


〜「マザー・テレサ本人」と「オリビア演じるマザー・テレサ」との違い〜

「実録映画のマザー」は、男性的な力強さを通り越して「凄み」がありました。悲しみを超越したような「深い慈愛」そして、「ユーモア」のようなものを感じました。

「オリビア・ハッセーのマザー」は、「母性的強さ」と「母性愛」「母親的な悲しみ」のようなものを感じました。
でも、素晴らしかったです。オリビアは、マザー・テレサに生き写しでした。まるでマザー・テレサがのり移ったかのように見えました。オリビアの「意気込み」「祈り」のようなものを感じました。


〜マザー・テレサの光の言葉〜

映画のストーリーは、若干端折って表現されていましたが、実録映画では取り上げられていなかった話がこの映画では多く取り上げられていましたので、興味深かったです。

もっと、詳しい話を知りたい方は、本がたくさん出ていますので、読まれたらいいと思います。(⇒「マザー・テレサ」関連本

映画で出てきた「マザー・テレサの言葉」をいくつか紹介します。

「私は神が手にもつペンにすぎません。文字を書くのは神ご自身です。」
「私たちの行いは大海の一滴にすぎません。何もしなければその一滴も永遠に失われます。」
「組織なき幸せが一番よ。」

この他にも「光の言葉」がたくさん散りばめられていました。


〜マザー・テレサと自分を比べて〜

最初の実録映画を見たとき、私は
「『マザー・テレサ』は、素晴らしい方だということはわかったけど、自分には、とても真似できないな。」
と、思いました。

でも、今日、映画を見て、
「今は出来なくても、マザー・テレサのような『愛の行い』が、少しでもできるように頑張っていこう!」
と、思うことができました。これは、私にとって「大きな収穫」でした。

この映画は、
「『愛』とは何か」
を考えさせられる映画でした。

「日本で必要とされている『愛』の行為とは何か?」
について、考えさせられました。

絶対、お勧めの映画です!!
映画上映期間が短いと思います。上映される地域も限られています(私たちも高速経由で1時間以上車を走らせて、映画を見に行きました)。

下記にホームページのアドレスを書いておきます。
http://www.motherteresa.jp/

よろしかったら、お時間作って、是非見に行ってみてくださいね。
もし、見られたら感想を聞かせてくださるとうれしいです。


◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――

今でも忘れません。
1回目の実録映画を見に行ったとき、映画館の中は、娘と私を入れて、10人もいたでしょうか。

感動したので、もう1回見に行きました。
そのときは、私と娘と、あと数名いたでしょうか。
暖房のスイッチが切られてしまい、震えながら映画を見ました。

それでも懲りず、3回目を見に行きました。
そのときは、毛布をもっていきました。
暖房も切られた中、毛布に包まって、娘と私、2人っきり、貸しきり状態で、涙を流しながら、映画を見ました。

映画館を出るとき、
「みんな関心がないんだなあ。宗派とは関係ない次元のことだと思うんだけどなあ。」
と、悲しい想いがしました。

でも、今日は、40〜50名はいたと思います。

映画が終わったとき、体がふわっと温かくなりました。
館内全体が温かな空気(光?)で包まれたような感じがしました。
主人は、体が熱くなったと言っていました(別にクーラーが切られたわけではありません)。

映画が終わっても、(普通でしたら何人もぞろぞろ立ち上がるのに)誰一人、すぐ立ち上がる人はいませんでした。スクリーンの前のカーテンがおり始めてやっと、みなさん立ち上がりました。

館内にいた人々の心が一体になったような感じがしました。
私は、
「ここにおられる方々に神の祝福がありますように。」
と、思わず祈ってしまいました。

感動的なシーンでした。

「時代は、変わった」
と思いました。


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posted by 女教師アミ at 01:14| Comment(11) | TrackBack(11) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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