2008年01月18日

◆◆愛の実践?2(義父母との関係)【アセンションスキル 31】

こんにちは! アミです。

やっと、金曜日になりました。
昨晩というか明け方というか・・・。
やっと、発表原稿の骨子ができあがりました。
土、日曜日に発表内容を作り上げます。

でも、今日は、もう仕事はおしまいです。
今から、メルマガ、ブログ書きです!
やっと、この時間が来ました。


◆◆愛の実践?2(義父母との関係)【アセンションスキル 31】◆◆

今日も、しつこく「愛の実践?シリーズ」を打ち出しております。

今から5、6年前でしょうか・・・。

アミは,主人と娘の3人暮らしをしていました。
主人の母は、早く亡くなっていました。

主人の父は、筋金入りの頑固親父でした。
何事も徹底した考え方をもっておりました。
気性もとても激しかったです。
でも、心の中はホットで、面倒見のいいところはありました。
頭も良く、切れ者で、記憶力も抜群でした。

ただ、「あまりにもの激しさ」と
「自分も・・・だから、人も・・・であらねばならない」
という主義主張で、自分への厳しさを周りにも強く要求する人でしたので、実の子どもとは何とかうまくやれても、嫁とはうまくいくはずもありませんでした。

そんな父と長男夫婦が一緒に住んでいました。
やはり、長男夫婦との折り合いはとても悪かったです。
特に、嫁との折り合いが悪く、嫁と父の激しいバトルの末、長男夫婦は家を出て行きました。

次男の主人と嫁のアミは、その一部始終をつぶさに見ていました。
父は、はっきりとは言いませんでしたが、本当は、私達と住みたかったようでした。
アミは、もう、その頃は心磨きをしていましたので、父にどういう思いをもち、どう対処すべきかについては分かっていました。
ですから、アミは、父には逆らわず、気を利かして笑顔でいそいそと立ち働いていました。
主人も、アミをかばってくれました。
主人は、父にアミのことをいろいろ宣伝してくれていました。
それで、父は、アミ夫婦に対しては悪い印象をもっていなかったようです。

アミは、主人のことを愛していましたし、尊敬をしていました。
ですから、当然、尊敬するアミの夫を育ててくれた父にも感謝をしていました。また、タイプ的にも、父のことは嫌ではありませんでした。
たとえ、ハードボイルドで、人にも厳しくても、壮絶な人生を必死で生きてきて、男手1つで4人の子どもを育ててきた父です。
尊敬するところは、多々ありました。

でも、
「同居!」
となると、ちょっと話は、違います!(と、その当時は思いました)。

その当時、アミの通っている学校は、仕事がハードで、帰りは、毎度、午前様でした。
男性は、泊まりがけで仕事をしている人もいました。
アミも、気がついたら、教室の床で寝ていたということもありました。

「そんなハードな仕事で身も心もぼろぼろになり、家に帰れば、強面の父がおり、気を遣わなければならない・・・。
もし、私が気遣いに失敗すれば、兄夫婦のように、父とトラブり、家庭崩壊の危機にさらされる。」

と、思いました。
それほど、父のエネルギーは、凄まじかったのです。
いくら父を尊敬していても、「父」と「我が家庭の崩壊」とを天秤にかければ、気持ちも引いてしまいます。

そんな中、父が倒れ、病院に運ばれました。

父は、一人暮らしでしたので、発見が遅くなりました。
(同居していれば・・・と、アミは思いました)
でも、何とか一命はとりとめました。
ただ、
「おそらく、寝たきりになるだろう・・・。」
と、言われました。

私は、父が倒れてから、ずっと考えていました。
「私が自分から同居しようと言えばよかったのかもしれない・・・。
そうすれば、倒れた父の発見ももっと早くなっていたかもしれない。
でも、私も極限状況に毎日置かれている。
その中で、厳しくチェックし、言ったとおりにしないと怒る父と一緒にすんでいると、普通の人以上に敏感な私の神経がもつはずがない・・・。
神様は、私達の生活を犠牲にしてまでも、父と同居しろと言われるのか・・・?」
と。

父の看病は、主人と私がリーダーシップをとって、何日間も必死で看病をしました。
その間、私は、ずっと「同居」のことを考えていました。

そして、1週間ぐらいたったときでしょうか・・・。

アミの心の中に、ぱっと、
「ベッドを少し起こして夕日を見ている父とその横に立って夕日を見ているアミと主人の姿」
が見えました。3人とも、穏やかな表情をしていました。

アミは、その時、決意が固まりました。
「父と同居しよう!」
と。
「もう、たとえ家庭崩壊になったとしても、もういい!
これ以上、父を一人にしておくわけにはいかない。
お父さん(主人)も、口には出さないけれど、本当は、同居を臨んでいるのではないかしら?
何とか頑張れば、介護だってできるばず。
やってみよう!!」
と、思いました。

そして、アミは主人に言いました。
「おとうさん(主人のこと)、おじいちゃん(父)が退院したら、一緒に住もう。」
と。

主人は、うれしそうにうなずきました。

それからです。
急に父の様態が悪化しました。
それから、1,2週間後ぐらいでしょうか・・・。
父は、静かに息を引き取りました。

後から、主人がアミに言いました。
「お母さん(アミのこと)が、同居しようと決意できたから、もう、じいちゃんの命は長くないなと、思ったよ。」
と。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


私は、主人の父に心から、感謝をしています。
父には、親孝行を殆どできなかった。
でも、その分、主人が世の中の役にたつ人になれるように、使命を果たせるように、アミは、必死でバックアップしようと思いました。
父は、主人に一番期待をかけていましたから、そんな父の思いにも応えたかったということもあります。

主人という素敵な人を育て、出会わせていただいたご両親の愛に報いるためにも、アミと主人は力を合わせて、自分の心を磨き、少しでも人の役に立ち、使命を果たせるように努力をしようと思いました。


◆編集後記◆

実父母、義父母との関係は、うまくいっていれば、あまり問題はないかもしれません。
でも、うまくいっていない関係だと、そう、何でも「うん、いいよ!」とは、言えなくて当たり前です。

ただ、その関係は、自分で自分にとって心磨きになるからと、選んで用意してきた関係です。偶然ではありません。自分が用意してきたのです。
「自分の心磨き、愛が本物かどうかを試されるとき」
なのです。

ここで、選択を誤ると、かえって後がたいへんです。

アミも、義父母との関係における判断の苦しさは経験済みですので、よく分かります

「その場でできる一番の愛の実践は何か?」
について、何度も何度も自分が納得するまで考えてみるのもいいかもしれません。



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posted by 女教師アミ at 19:56| Comment(18) | TrackBack(0) | 親子関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月01日

◆「原点」に返る −親の生き方に学ぶ−【アミの一口コラム 150】

こんにちは。
アミです。

自分が、
「このような生き方でいいのかなぁ」
「これから、どのように生きていけばいいのかなぁ」
等と、
「今、現在、何か大きな問題が起きているわけではないけれど・・・」
と、漠然とした不安を感じるときは、原点に返ってみましょう。

「原点に返る」とは?

「親子関係」
「親の生き方」
について、今一度、チェックするのです。


◆「原点」に返る −親の生き方に学ぶ−【アミの一口コラム 150】◆

今日は、「親の生き方に学ぶ」ことについて、考えてみましょう。

親子関係において、いくつかのパターンがあると思います。


【Aパターン:考え方、生き方が真善美(宇宙の法則)にかなった親の場合】

親の人格的すばらしさをそのまま引継ぎ、それをよりいっそう発展させ、「愛ある生き方」をすればよいでしょう。

ただ、盲目的に親を信じ込むのではなく、
「これでいいのかな」
「他の親は、どうなのかな」
「もっと、すばらしい生き方をしている人がいるかもしれない、いろいろな人と交流をしよう。
いろいろな本を読んでみよう。」
等と、前向きに考え、実行すれば、より充実した人生がおくれるでしょう。


【Bパターン:よさもあり、???のところもある親】
※「よさ」「???」の比率の違いは、あると思いますが、一般的なパターンだと思います。

「親子関係に特別な疑問をもっていない場合」は、良くも悪くも、「親と同じような考え方や生き方」をすることが多いです。

このような場合、自分が向上しようと思うのならば、Aパターンのように考えると共に、
親の考え方や生き方を分析して、
「親と全く同じような考え方や生き方をして、自分自身、後悔しないか」
について、時々、再確認しながら人生を歩むと、より、充実した人生がおくれるでしょう。


【Cパターン 親にかなりの???なところを感じる場合】
※親の「よさ」もあるが、自分にとってはかなり「???」な部分が多いパターン。
このパターンは、大きく2つに分けられます。

《ア.親を批判しながらも、結果的には、同じような考え方や生き方をする場合》
※ 本当は、親に???な部分があるのに、それに全く気づいていない場合も含む。

このパターンは、けっこう、多いです。

− 子供は親に似る −

いくら、自分が
「???な親のようには、なるまい」
と、考え、決意していても、
「親や自分を的確に分析し、自分の心の状態や考え方や生き方を見つめて、軌道修正を加えながら人生を歩む」
ことができないと、難しいです。

子供は、肉体をもった親に育てられます。
「子供の人格の基礎は、3歳までにつくられる」
と、言われます。
子供の人格は、「親」と「その置かれた環境(人、もの、こと)」で、つくられていきます。
(もちろん、もともとの魂の傾向性はありますが)

よく、「家庭」というのは、「心の港」等といわれます。
確かに、
「世の中の荒波に揉まれても、家庭に帰れば、ほっと心を落ち着かせる場所」
が、家庭なのでしょう。

ただ、家庭には、もう1つの側面があるように思います。
それは、家庭は、世の中の激しい流れの中にあり、子供の成長と共に、刻々と変わっていくものだと思います。
つまり、家庭は、「心の港」のように、安定した安らぎの場所であると共に、刻々と変わっていく「川の流れ」のようなものでもあると、考えます。

自分がこの「『家庭』という川の流れ」の中に浮かんでいることを想像してみてください。
川の流れの速さを決めるのは、世の中であったり、親であったりします。
子供は、家庭という川の中で、育てられます。

「家庭川」が、優しく、時には、激しく、適度な緩急があり、子供の成長にとっていい刺激があるような川であれば、ベストでしょう。

「親子関係が???な場合」は、その川の中は、子供にとっては、決して心地よいものではありません。
川の水は冷たく、肌をさすようです。
いつも、速い流れで、足をとられそうです。

子供は、その川を泳ぎきり、対岸について、その川から抜け出したい思いでいっぱいです。
それで、子供は、対岸に向かって力いっぱい、泳ぎます。
でも、川の流れは速く、自分は泳いでいるつもりなのですが、川の流れに逆らえず、結果的には、そのまま流されてしまいます。

よほど、泳ぎ方がしっかりしておかないと、自分は抵抗しているつもりでも、知らない間に流されながら成長し、結果的には、気が付くと、親と同じような考え方や生き方をしているのです。

そして、それが、連綿と親から子供へ、子供から孫へというように、そのような考え方や生き方は、子孫に伝わっていきます。

− 似たくなくても、似てしまう理由 −

このようなことがどうして起こるかといえば・・・

自分の頭の中では、
「絶対に、親のような考え方、生き方はするまい」
と、考えてはいるのです。
でも、
「どうしたら親のような考え方、生き方をしないですむか」
「自分は、どのように考え、生きていくのか」
の具体的なビジョンがないのです。

もちろん、ビジョンがないので、方策も出てきません。
ただ、親を非難するばかりなのです。

「では、どうすればいいのか?」
次の「イの場合」で、お話しましょう。

《イ.親の考え方、生き方を乗り越え、よりクリエイティブな愛ある生き方をする場合》

例えば、このように、考え、実行していきます。

1.自分の親子関係の「よさと課題」を洗い出す。
2.「親の性格、考え方や生き方などのよさと課題」を洗い出す。
3.「自分の性格、考え方や生き方などのよさと課題」を洗い出す。
4.「親と自分の考え方、性格、生き方の類似点」を洗い出す。
5.「類似点を『よさ』と『課題』」に分ける。
6.『課題』の克服方法を考え、実行する。
7.時々、「自分の考え方や生き方が課題を克服する方向にいっているかどうか」の確認をする。

※「心の勉強」をし、「心磨き」をライフワークとして、行う。

この作業を行うと、親のよさを受け継ぎ、課題を乗り越え、自分自身が磨かれていきます。
また、自分だけではありません。
親も、子供の姿を通して、気づきが深まり、変容していくこともあります。
昔から、
「一族の中に『悟った人』が出ると、一族が救われる」
と、言います。
そこまでいかなくても、一家の中に、「正しい心のもち方」をし、心美しく生きていく人が出ると、その周りの家族、友達、職場の仲間等も、いい影響を受けることが多いです。

※話が少しそれますが、「世のため人のため」というのは、何かボランティアをしなければできないというのではありません。
自分が、「宇宙の法則」を知り、それを実践し、「心磨き」をすることで、周りの人々を真善美にかなった生き方の方向へ変えていくことができるのです。
それも、すばらしいボランティアだと思います。


《「親の考え方、生き方を乗り越える」難しさ》

特に、
「4.親と自分の考え方、性格、生き方の類似点」を洗い出す。
「5.類似点を『よさ』と『課題』」に分ける。
この2つの作業は、大切です。

基本的に(根本的に)、親子というのは、「似る」のが当たり前です。
親が子供のモデルだからです。
親の考え方、行動パターンが、親と共に暮らすことで、子供の脳と心に刷り込まれます。
「全く似ていない」といいながら、
「表現方法が違っているだけ」
とか、
「母には全く似ていないが、父に性格が似ている」
などの場合が多いです。
基本的には、何も特別な努力をしなければ、良くも悪くも、「顔かたち」だけではなく、「性格や、考え方や生き方」も、親と似てくるのが普通です。

多くの人は、「自分の目の前に起きた困った現象面」だけにとらわれ、その苦しみから抜け出すために、その「現象面だけ」を解決しようともがきます。
でも、いろいろ起こってくる困った現象のルーツは、
「親子関係」
だったり、
「親から引き継いだ自分の性格、考え方や生き方」
だったりするわけです。

ところが、多くの人は、
「親と自分との類似点の中の課題」
をなかなか見つけられません。
また、見つけても、その真実を認めない人も多いです。
たとえ、見つけても、「親子の類似点の中の課題」を乗り越えるのは、結構大変です。
時には、荒療治が必要になる場合もあります。
でも、その荒療治も、「自分の保身」や「プライド」などが邪魔をし、結局できない場合が多いようです。


◆編集後記◆

《為せば為る》

親を超えていくことが難しくても、「人生のチャレンジャー」は、あきらめてはいけません。

アミのブログやその他、本などで、「心の勉強をし、心磨きをしている人」は、しない人より、親を乗り越えていくことが比較的楽にできるでしょう(最近、この点をクリアーしつつある方が、少しずつ出ておいでのように思います。うれしい限りです!)。

あきらめずに、イメージを持って根気よく努力し続ければ、きっと、親を乗り越え、成長していくことができます。

ただ、「親子関係」が、どんな場合であれ、

「自分を世の中に産み出してくれた親に感謝し、親のよさを誇りに思い、引継ぎ、課題は自分の代で解決するように努力すること」

が大切だと思います。

「親の考え方、生き方を乗り越え、よりクリエイティブな愛ある生き方」

をしたいものです。


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2006年05月14日

◆「親子関係を超えて」 【アミの一口コラム 131】

こんにちは。
アミです。

今、ホテルにいます。
主人と仕事の関係で、月曜日までお泊りです。

パソコンも携帯していま〜す。
寸暇を惜しんで、コメントのお返事、記事のアップをしますよ〜!

◆「親子関係を超えて」 【アミの一口コラム 131】

大人になって、
「自分の心が何か満たされていない・・・。」
「いつも、心がブルー・・・。」
「何か、やることなすこと、うまく行かない・・・。」
等という方は、けっこう、「親子関係のゆがみ」がもとで、「幼い頃に心の傷を負っていたり、感情を抑圧されていたりすること」が多いです。

「宇宙の法則」から考えれば、

「幼い頃(過去世)から積まれたカルマ」
「自分の波動が引き寄せた」
「自分で生まれる前に人生を決めてきた」

等のようなことは、言えるかもしれません。

確かに、「理性」で考えれば、そうかもしれません。
でも、「感情の部分」では、そうそう割り切って考えられるものではありません。

例えば・・・

極端に、
「つよ〜い」「こわ〜い」「感情の起伏が激しい」「ほったらかし」「甘やかし」傾向のある親御さんに育てられた子どもは、「心が屈折したり、自分の素直な感情を出せずじまいだったりして、自分に自信がないまま大人になっている場合」が多いです。

何とか「厳しい子ども時代」を乗り切っても、心に無理をさせたつけが回ってきて、大人になって、「精神的に苦しい状況」になったり、「愛情の代償行為のようなマイナスの現象」が起きてきたりします。

さあ、それを解決させるためにはどうすればいいのか・・・?
ケースバイケースですが・・・。

自分の人生の問題集です。
勇気をもって、逃げないで、チャレンジしてみましょう!

≪自分の心の傷を癒す≫

ここで言う癒しは、普通に言う「癒し」では、ありません。
傷ついた心に毛布をかけるような癒しではありません(それも必要なときはありますが)。

「真実を知り、自助努力をすることで、自分で自分の心を癒す」
ことを指しています。

「積極的癒し」
です。

例えば・・・

◎「霊的真実」を知り、深く理解し、自分のものにする。

これが一番大切です。
アミは、主にこの方法をとりました。

「霊的真実」「宇宙の法則」を自分なりに理解し、納得すると、
「神(創造主)は愛そのもの」
ということが分かり、たとえ、親からまっとうな愛をもらえなくても、世の中の誰からも愛してもらえなくても、
「神様だけは、自分がどんなにつまらない人間だろうと、愛してくれている」
ということが感じられます。
「神様(創造主)が本当の親」
と、思えるのです。
実際に、「肉体の親は、現在の両親」ですが、「心(魂)の親は、神様(創造主)」です。

それで、けっこう、十分に心は満たされます。

○インナーチャイルドとの対話

瞑想状態に入らないといけないので、霊的敏感体質の方や、波動が低くなって
いる方は、霊的なものを絶ち、ある程度、波動を上げから行ってください。

アミの場合は、この方法を知ったときは、ある程度、自分の問題をクリアーし
ていたので、やってみましたが、インナーチャイルドは元気で、「もうだいじょ
うぶ!」と、ニコニコしていました。

普通は、泣いていたり、おびえていたりします。
そのとき、その子(幼い頃の自分)の気持ちや感情をしっかり受け止めてあげ、
慰め、励ましてあげるのです。
その子がニコニコ笑顔になるまで。

気長にこつこつと繰り返し行うことです。
あせると続きません。

○結婚して、自分の配偶者との愛情関係で補い合う

若干、依存傾向は強くなりますが、

「互いに少しずつ寄り添い、支え合い、心を安定させ、アドバイスし合いなが
ら、互いに高め合っていけるような関係」

が築ければよいと思います。
アミの場合もそうです。

このときのポイントは、結婚する前にできるだけ、自分の波動を高めておくこ
とです。
そして、「自分の人生で一番大切にするもの」をしっかりもっておくことです。

結婚後は、どちらか「心磨き」を意識して始めた方が、先に努力して、自分が
変わることで相手を感化していけばよいでしょう。

≪ためていた、押し込めていた感情を思いっきり出す≫

心の中にたまっている感情は、出さなければ、たまったままです。
心が「よどんだ池」のような状態になります。
「マイナスな思い」は、思いっきり出すことです。

例えば・・・

◎親本人に、はっきり口頭で伝え、表現する。

親は、ショックを受けるでしょうが、本人に伝えるということは、大切かもしれません。
ただし、あまり、親が年をとり、心身が衰えてから伝えるより、できるだけ早いうちに伝えた方が、両者のためになるでしょう。

アミは、幼い頃から、はっきりと親に伝えまくりました。

口論、取っ組み合いなどで、私は自分の感情(怒り、悲しみ等)を親に向かって、よく爆発させていました。
また、「親の心の状態や考え方」を分析し、「このように考え、子育てをしたらいい」というようなことをアドバイスまでしました。
「アミの長期にわたる大反抗期」でした。
親は、「なまいきだ!」と逆上し、ますます戦いはエスカレートしましたが、幼いときから、親と戦ってよかったと思います。

親には申し訳なかったのですが、もし、あの時、親と戦わなければ、私はつぶれていたでしょう。

○「うらみ、つらみ、怒り日記」を書く

幼い頃からの親に対する「うらみ、つらみ、怒り、悲しみ、不安等」を日記に書いたり、パソコンで打ったりします。

このときに、もちろん感謝の気持ちや喜びが出ればそれはそれで書きとめていってもいいでしょう。
ただ、ここでは「自分のマイナスの感情を吐き出す」のが目的なので、遠慮せずに思いっきりマイナスの感情や状況を出すことです。
ここで、「親孝行」「親には感謝」などと言って、自分を抑えないほうがいいです。
あくまでも、リハビリ作業です。
「道徳の勉強」ではありませんので。

書き出すと、それだけでも気持ち的にすっきりすることが多いです。
また、書きながらいろいろなことに気付くこともあります。
いずれにせよ、「書く作業」は、「自分の心を見つめる作業」にもなり、とても大切です。

○思いっきり、泣いたり叫んだりする

誰もいないところで、自分の辛かったことなどを振り返り、思いっきり泣いたり叫んだりします。

アミも、時々ですが、今でも、思いっきり泣いたり、叫んだり(ブツブツ言ったり)します。
格好はよくありませんが、どうしても処理し切れない感情は、ためておくより出した方がいいです。

○思いっきり、新聞紙を引き裂き、びりびりに破る。

処理しきれない怒りの感情などが沸いてきたら、物にあたるのも一つです。

憎しみや怒りの気持ちを込めて、古新聞紙をびりびりに細かく引き裂きます。
アミも、昔、時々しました。
「自分の感情がどばっと外に放出され、消滅していくイメージ」
をもちながら、新聞紙を引き裂いてください。
ごみは、きちんと片付けてくださいね。

お茶碗は投げないでくださいね!

○思いっきり、体を動かし、スポーツなどをする?

スカッとはしますが、この方法は、自分の心を見つめながら行うわけではないので、根本的な解決につながるかどうかは?です。
くら〜い気持ちになったときに、時々するのはいいかもしれませんね。
どちらかというと、ハイキング、山登り、海でのスポーツなどの「自然に親しむもの」がいいかもしれません。

≪親の生育暦、親の感情等を理解する≫

これは、けっこう、重要です。

「歴史は繰り返す」
です。
「親の育った歴史」を見ると、「現在の親の思いや行動」が理解できます。

もし、まだ、祖父母がおられるなら、早いうちに祖父母に

「親がどんな子どもだったのか」
「どんな育てられ方をしていたのか」
「どんな生育環境だったのか」

等について、インタビューしておくといいでしょう。
親の兄弟に尋ねるのもいいでしょう。
親の機嫌がいいときに、直接尋ねるのもいいでしょう。

「親の生育暦に関する情報」は、できるだけ早く仕入れるだけでも仕入れておいたほうがいいです。
知っている人が少なくなるし、これが「問題解決のキーポイント」になることが多いからです。

親の生育暦を知ると、
「ああ、私に、愛情を与えず、物を与えていたのは、親自身が自分の親から、まっとうな愛情を与えてもらっていなかったからなんだなあ。
自分がしてもらったことがなければ、人にもできないよね。」
等と、ある程度、理解できるわけです。

「怒り」は、「相手のことを理解できる」と、ある程度、おさまっていきます。

≪霊的現象を理解する≫

けっこう、見落としがちなのは、「憑依現象」です。

親が逆上しているとき、「親の言葉」とは思えないようなことを親が口にする。
或いは、とても「親の行動」とは思えないようなことを親がする。

という場合があります。
誰がどう考えても「???な言動」です。

私も長年教師をしていますので、いろいろな親子関係を見てきています。
「ああ、この親御さんには、完全にブラックさんがついているなあ。」
という例もけっこう見てきています。

どんなに「???な親」のように見えても、やはり、「親は親」。
「自分の親にブラックさんが付いており、出たり入ったりしている」
とは、なかなか思いにくいようです。
ましてや、親自身や家族にも自覚がないのに「精神性疾患があるかも・・・」とは、とても思えませんよね。
肉体に病気があるように、心にも病気はあります。
そんなに特別なことではありません。

そういうことも考え合わせると、
「ああ、幼いとき、親の表情が急に変わって、普段は口にしないようなものすごい言葉を自分に浴びせかけたのは、もしかしたら、ブラックさんの影響もあったのかなあ」
と、考えると、
「親は、本心からひどい言葉を言っていたことではないかもしれない。ブラックさんが言わせていたのかもしれない」
と、思えないことはないでしょう。

◆編集後記◆

いろいろ例を挙げましたが、まだ、他にもあると思います。
今のご自分に合ったやり方で試してみてください。

もちろん
「親には感謝」
「親には孝行」
です。

でも、もし、「親子関係」に課題があるなら、それを解決しながら、感謝したり、孝行したりすればいいのです。

また、「課題解決」と「感謝・孝行」が両立しなければ、先に「課題解決」をするべきです。

「真の親孝行」とは、何か?
考えてみることが大切です。



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2006年05月12日

◆母との決別(3) 【アミの一口コラム 129】

こんにちは。
アミです。


◆母との決別(3) 【アミの一口コラム 129】

アミと実父母との(一時的)別れ、そして、再会によって、双方の間に様々な変化が起きていました。

どれも、結果的には、「よいこと」が多いように感じました。


(2) アミと実父母との関係の変化

アミと実父母の再会後、以前ほどは頻繁には交流をすることが少なくなりました。

以前でしたら、すぐ、母からアミのところに電話や直接会って、

「○○へ買い物に連れて行って」
「○○へ遊びに行こう」
「○○さんの家の娘は、親孝行で、いつも、・・・をして親を喜ばせている」
「アミは、以前はもっと、優しかった」

等と、「頼み」とも「愚痴」とも、「怒り」ともつかない内容の話を延々と聞かされ続けました。

ところが、再会後は、直接会うことはもとより、電話さえも激減しました。

例えば、「お墓参りには、アミ夫婦が車で親を連れて行く」というのが「有無を言わさず、暗黙の了解」みたいになっていました。

ところが、再会後は、電話が母からかかってこないので、どうしたのかと、お墓参りの前日にこちらから電話をかけてみました。
すると、
「もう、あんた達を当てにできないから(嫌味は変わっていない?)おとうさんと二人で、JRに乗っていこうかと思ってたのよ。」
と、いう具合に、
「できることは父母が二人で力を合わせてしよう」
というスタンスに変わっていました。

「長く父母から電話がかかってこないなぁ」
と思い、こちらから父母に電話をかけて様子をうかがうと、二人であちこちに行っていたり、それぞれ友達がいるので、友達と一緒に、母は「買い物や旅行」、父は「山登り」等によく行っているようでした。

「父母がアミから自立した」
というか、
「アミには頼れない。夫婦が一番頼れるんだ」
と、あきらめた?悟った?というのでしょうか・・・。

父母は、夫婦で助け合ったり、それぞれが別々の人間関係の中で楽しんだりしていました。

アミも、父母に頼らず、主人や娘を頼りにするようになりました。

こうして、実父母、アミは、それぞれ分離し、自分達の生活を始めるようになったのです。



◆編集後記◆

「なぜ、このようになったか」について、分析しました。

アミと交流がなくなって、次のような「意識の変化」が実父母に起こったように思います。

○アミには、頼れない → 夫婦しか頼る人はいない。夫婦関係を大切にしよう。

○アミ家族とは遊べない → 夫婦か、友達と遊ぶしかない。夫婦関係や友達関係を大切にしよう。

○アミは、当てにできない → 自分達の健康管理をきちんとして、体をこわさないようにしよう。自分のことだけでなく、互いの健康にも気をつけよう。

○アミを親の期待通りに育てられなかった(絶望) → あきらめて、自分達の人生について考えよう。

等。

アミと実父母の「互いに頼りあい、もたれあっていた関係」を一時、解消することで、それまで、芽が出なかったものが出てくるようになりました。


続く・・・。


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2006年05月09日

◆母との決別(2) 【アミの一口コラム 128】

こんにちは。
アミです。

すみません。
本当は、昨日、記事をアップするつもりだったのですが・・・。
運動会の練習で、くたびれはて、コメントのお返事を書き終わった瞬間!寝ていました・・・。

ごめんなさい。


〜 インターネット時代を生きる 〜

今世は、「インターネット時代」です。

「それは、とっても意味があることだ」
と思います。
「悪いものも、いいものも、世界中に一気に広がるから」です。

また、単にメルマガ・ブログと言えども、そこには「一つの社会」ができています。

普通、
「インターネットの世界 ≒ 仮想社会 ≒ バーチャルな世界」
と、とられることが多いように思います。

でも、アミのメルマガ・ブログをご覧になってお分かりのように、たとえば、「コメント欄に心をこめて、できるだけ具体的に自分の思いや現状を書くこと」で、「その人の生き様」が見えてきます。
そして、「交流」があれば、また、そこに「人と人との関係」ができていくわけです。
アミのメルマガ・ブログの世界は、「本音に近いところで話し合っているという意味」で、もしかしたら、「今の現実の人間関係以上に、深いものがある」のかもしれません。

私は、個人的には、
「過去世やあの世で約束してきた方々が、アミのメルマガ・ブログには、たくさんお集まりなのではないかなぁ」
と、ふっと感じることがあります。

メルマガ・ブログの読者の皆さん、お一人お一人がとても大切な方のように思えてならないのです。


〜 あまり気を遣いすぎないでくださいね 〜

前回の「お知らせのメルマガ・ブログ」で、「アミの表現が強すぎたかなぁ」と、ちょっと、反省しています。

みなさん、どうぞ、お気を遣われすぎないでくださいね。
今までどおり、お気持ちを楽にしてコメントをくださいね。
アミは、感謝こそすれ、決してどなたも責めてなどいません。
一生懸命にコメントを書いてくださる読者の皆さんを責めたりしたら、罰が当たります。
ただ、今後、いろいろあることが予測されるので、ブログの世話役、責任係さんとして、お願いしただけなのです(アミは、ブログの運営に関しても、いろいろな(失敗?)経験があり、思うところもあって・・・)。


「人のお名前を出すときは、ちょっと配慮をしてくださるとうれしいです。」

「基本的には、アミのブログは、『自己変革』『自分磨き』が趣旨ですよ。」

「『体験・経験』『自分の振り返り』を大切にしますよ。」


ということをお願いしたかっただけです。

これらのことから大きく外れてさえいなければ、どしどし、自由にコメントをくださいね!
具体的なほうが、みなさん分かりやすいです。
ですから、詳しく書いてくださってけっこうです。
アミも、詳しい情報があるほうが、コメントを書きやすいのです。

今後とも、今までどおり、どうぞよろしくお願いしますね!

アミのこのメルマガ・ブログも「一つの社会」です。
いろいろなことが起き、そのたびに、いろいろなことを考え、学ぶことができます。
このような機会は、とても大切だと思います。
いろいろなことがあるのが、「人生」です。
いろいろなことがあっていいのです。
「1人で学ぶより、たくさんの方々と一緒に学ぶ意義」がそこにあるんでしょう。

「これからも、皆さんと一緒にアミもたくさんのことを学ばせていただきたいなぁ」
と思います。


◆母との決別(2) 【アミの一口コラム 128

〜 父母とのお別れ 〜

主人は、あまり言葉多く語るほうではありません。
ですが、「主人の一言には多くの意味が含まれていること」が多いのです。

それで、
「主人が『お母さんのところには行かない』と言っているんだから、何か深い意味があるんだろう。」
と、アミは思いました。
それで、アミもしぶしぶ「主人の言葉」に従うことにしました。

それから、アミの「地獄の日々」が始まりました。
娘は、それほどは、祖父母のところには行きたがっていなかったのですが、アミは違いました。

父母との交流を絶って、アミは、「自分が父母が大好きなこと」に気が付きました。

「父母は、今頃、どうしているのだろう」
「一緒に、遊びに行きたがっているよね・・・。」
「弟や妹は、父母のところにはあまり行けないし・・・。アミがぱったりこなくなって、きっと、さびしいだろうな・・・。」

などと、いつも考えていました。

距離は離れていても、「父母の寂しさ」がひしひしと伝わってきました。
「どうして、年老いた父母をこんなに苦しめないといけないのだろう?」
とも思いました。

夢にまで、見ました。
「山歩きの好きな父が、おまえ(アミ)と一緒に山に登りたい。」
と、夢の中で寂しそうにぽつんとアミに言いました。
私には、「父の寂しさ」が胸に突き刺さるように伝わってきました。
アミは、夢の中で泣いていました。

何度も、主人を説得しましたが、主人は「ウン」とは、言いませんでした。
父母も父母で、「アミ夫婦に対するうらみつらみ」を消してくれればよかったのですが、それはありませんでした。
依然として、アミ夫婦を恨みまくっていました。

アミ夫婦と父母の確執は数年間にわたって続きました。
「音信不通」「国交断絶状態」でした・・・。


〜 父母との再会 〜

・・・数年間が立ちました。

主人が
「父母のところに行く」
と、言ってくれました。

アミ夫婦は、娘を連れて、喜んで父母のもとに行きました。
夢にまで見た「再会のとき」です。

ところが、アミの目に映った父母の姿は、一気に10歳ぐらい年をとったかのような感じで、めっきり白髪も増えていました。
目にも元気がありませんでした。

この数年間の深い苦しみや悲しみが見て取れました。
アミは、心の中で、「ごめんなさい!」と、土下座をして謝っていました。


〜 アミ家、父母の関係の変化 〜

それからは、アミ夫婦と父母の交流が始まりました。
母が、よく嫌味をいうので、こちらも辟易しましたが、とりあえず、耐えたり、口論したりしながら、少しずつかかわっていきました。

でも、もう、前ほど頻繁にはかかわらないようになりました。

しばらくすると、「交流を絶つ前と再会後」で、「アミ家」「父母の関係」に変化が起きていることに気がつきました。


(1)アミ家の変化

交流を絶つ前は、
「アミ家と父母の家がごっちゃ混ぜになっているような感じ」
がしました。
ごちゃ混ぜ(同居のような状態)は、一般的には、別に悪くはないのかもしれません。

でも、アミ家の場合は、「再婚」です。

父母と交流を円滑にもつには、「条件」が厳しすぎました。

○父母は、結婚後も反対していた(口にも態度にも常に表現していた)。
○母は、会うたびにアミに嫌味攻撃、愚痴攻撃を連発していた。
○娘にアミ夫婦の悪口をよく言っていた。
○「主人と娘の関係」も築いていかなくてはならなかった。
○「アミ夫婦、娘の3人の家族としての絆」を深めなければならなかった。

このような悪条件のもとでは、
「父母と常に一緒にいると、『アミ家の絆』が深まらない」
ことは、必至でした。

「父母との交流」を絶ってから、アミ家がぐんぐん固まり始めました。

数年間の間に、「アミ家の絆」はしっかりと出来上がりました。

そして、娘も、「母のアミ夫婦に対する悪口」を聞いても、
「おばあちゃん、そんなことを言わないで!
 お父さんやお母さんは、ちゃんと、考えているんだから!」
と、反論できるまでに成長をしてくれました。

交流を再開し、「母の嫌味、愚痴攻撃」に頻繁に遭遇しても、もう、アミ家は、揺さぶられないようにまで、固まり、深い絆で結ばれていました。


(2)父母の関係の変化


次回に続く・・・。



◆編集後記◆

初め、父母との交流を絶ったとき、アミは、「身も心も引き裂かれるような思い」でした。
「どうして自分の親なのに、会ってはいけないのだろう?」
と、何回も自問自答しました。

でも、「父母との交流を絶つこと」により、結果的には、いろいろな「よさ」が出てきました。

その第一は、
「家族の絆を深められたこと」
です。
もし、そのまま、べったりとした父母との交流を続けていたら、「アミ家族」は、ここまでは、固まらなかったでしょう。
もしかしたら、崩壊したかもしれません(それほど母の攻撃はすさまじいのです)。

そして、
「アミ自身の変化」
でした。

アミは、交流を再開してからは、以前ほどは、「父母のところに行きたい」とは、思わなくなっていました。

それは、なんとなくそんな気持ちになったのですが、もう一つ訳がありました。

それは、
「父母が以前ほど、アミに頼ってこなくなったから、アミ自身も安心した」
ことも、あるようです。

そのことについては、次回、詳しく書きますね。


〜 饅頭のたとえ 〜

「苦しい出来事」を「饅頭」にたとえてみましょう。

「厚い皮の部分」には、からしやわさび、塩などがたっぷり入って、食べられたものではありません。
涙を流し、ひぃひぃ言いながら「厚い皮の部分」を食べます。

でも、その「厚い皮の部分」を食べ続けると、「餡の部分」に行き着きます。
そこには、「よく吟味された良質の小豆を煮た餡」がいっぱい詰まっているのです。

「厚く、ひどい味の皮の部分」を食べ続けていると、この饅頭の「餡」が、そんなに美味だとは予想できません。
でも、「おいしくなく、吐き気がしそうな皮の部分」であっても、「自分の目の前に差し出された饅頭」には、手を出して食べてみるのです。
自分の目の前に出されたと言うことは、「食べなさい」という、「守護霊からのメッセージ」でしょう。

喜んで手を出すのです。
そして、がんばって食べ続けるのです。

そうすれば、きっと、「香豊かなおいしい餡」に行き当たるのです。

その「本当の意味でおいしい餡を味わうことができる人」は、「まずい皮を敢えて食べ続けた人だけ」です。



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posted by 女教師アミ at 21:01| Comment(21) | TrackBack(0) | 親子関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

◆母との決別(1)【アミの一口コラム 127】

こんにちは。
アミです。

今日は、連休最後の日です。

アミは、メルマガ・ブログ三昧でした(笑)。
今日だけは、残っている仕事を片付けようと、メルマガ・ブログの記事のアップと共に仕事を片付けています。

たまっていた仕事を片付けると、なんだか心がすっきりします。
やはり、仕事もたまったものをそのまましておくと、精神衛生上、よくありませんね。

「バリバリ仕事をかたづけよ〜」
と、決意して残された時間をがんばるつもりです。


◆母との決別(1)【アミの一口コラム 127】

昨日、父母と「○○道の駅」に行って、近所の分までと、山のように「100均の野菜」を買い、「○○焼きの展示場」に行って、焼き物を買ってきました。

母は、めずらしく愚痴を言わず、ご機嫌でした。
いつも、しゃべらない(母が邪魔してしゃべれない)父も、母が寝ている間、一生懸命に「教育論」を語っていました。

母も変わりました・・・。


〜アミの再婚への母の猛反対〜

今日は、この母とアミの決別事件についてお話します。

たたけばいくらでもほこりが出るアミです!
「アミの悪戦苦闘記」をこれでもかと、ご披露いたします!
まあ、お読みください。

今から、10年ちょっと前、アミと主人は出会いました。
アミと主人の結婚に対して、父母は猛反対でした。

別に主人の性格がどうというわけではなかったのですが、「主人の方が年がかなり年下」というのが主な理由です。
というのも、前の夫がやはり年下だったからです。
「また、同じことを繰り返すのではないか」
と、両親は恐れたのです。

でも、もう、アミは今の主人とであった時点で、「スピリチュアルな考え方」ができていましたので、父母の言うことには耳を貸しませんでした。
「この人となら、考え方がぴったり一緒だから、きっと、うまくやっていける」と、確信がありました。

「私達は結婚する!」
ということで、籍を入れました。
(たった、1行で終わっていますが、本当は、結婚するまでの数年間、ものすごい母の攻撃があり、二人で乗り越えましたが、ここでは省略します。)

結婚後も、父母との戦いはやみませんでした。
特に、母のアミへの攻撃がすごかったです。
母は、私に会うたびに、私達のことをみそかす、いやみたらたらにこき下ろしました。
ある程度は、私も我慢して黙って聞き流しているのですが、我慢の限界が超えると、母と私の間で猛烈な口論が始まりました。
母は、私に「親不孝者!」と、ののしりました。
「私がこのまま行けば不幸になる」というのです。
「私達がこれでいい」と言っているのに・・・。
と、いつまでたっても平行線でした。


<ここでちょっと一言>

みなさん、「憑依現象」というのは、何か特別、つまり、「霊的敏感体質の方のみに起こる」みたいな感じでとらえておられませんか?
そんなことはありません。
ごく一般の方にもよく憑いています。
そんなに珍しいことではないのです。
何体もかかえて平気で町を歩いている方もおられるようです。
ただ、敏感ではないので、感じないか、そのような知識がないので、わからないだけです。

ですから、(いずれお話をしようと思いますが)、「すごい人(例えば、???なお母さんなど)」がおられますよね。
することなすこと、???なかたです。
そのよう方がすごい常軌を逸した言動を取るとき、大体、ブラックさんがついています。

ですから、「とても親とは思えない」「なぜ、私を愛してくれてないの?」
等と深刻に考えない方がいい場合もあります。
ある意味、「しかたがないのかなあ」という、「達観した感じ方」も必要かもしれません。
なるべく、「ブラックさんの挑発」に乗らないように、冷静に対応することです。
相手は、お母さんじゃなくて、お母さんについているブラックさんの場合が往々にしてあるからです。
なかなか難しいですが・・・。


〜娘への母の愚痴攻撃〜

まだ、私への攻撃は親子ですし、私は攻撃されてもへこたれませんから、だいじょうぶでした。

ただ、一番、困ったのが、「娘への愚痴攻撃」でした。
娘へ、私や主人の悪口をあることないこと吹き込むのです。

これは、教育上、よくないことと思いました。
娘が親を信頼しなくなるからです。
「困ったことだ」と思いました。
それで、母に言いました。
「おかあさん、お願いだから、私達の悪口があれば、私に直接言って。
娘には言わないで!娘が私達を信用しなくなるから・・・。」
と。

でも、母は、聞き入れませんでした。
「あんた達が悪いんだから、悪いものを悪いと言ってどこが悪い!」
と、取り付く島もありませんでした・・・。


〜それでも、父母が好きだったアミ〜

でも、なんだかんだといいながらも、アミは親がとっても好きでした。
父母から一番かわいがられて、期待されていたのがアミでした。
アミは、父母からは、(とてもかなり偏った愛ではありましたが)愛されていました。
一番、反抗したのもアミでしたが・・・。

父母との趣味も合い、結婚する前は、よく一緒に旅行に行きました。
父母はとっても喜んでいました。
母は、私を主人にとられるような気持ちもあったのかもしれません。

私は、どんなに口論をしても、母や父が好きでしたので、よく、父母のところには行きました。
父母は親孝行でしたので、「親孝行は大切」という気持ちが私の心の中にもしっかり根付いており、「何か親を喜ばせないといけない」と、いつも思っていました。

それで、よく父母の家に行き、車で用事などをしてあげていました。


〜主人の提案〜

結婚してまもなく、主人が言いました。
「僕は、お母さんのところには行かない。」
と。

私は、
「なぜ?」
と、尋ねました。

主人は、
「お母さんに会う気はない。これ以上、今の状況で会うことは、お互いのためによくない。アミも、親離れしたらどう?」
と、言いました。

私は、そのとき、まだ、その意味がよく分かっていませんでした。
「なぜ、親孝行をすることが悪いんだろう?」
ぐらいのものでした。
主人は、私に決して強制はしませんでした。
「(親のところへ)行くなら、1人で行ったら?」
と、アミに言いました。

私は、主人の言葉は信じていました。
「よく意味が分からないけれど、やはり、主人が行かないのに、私だけ行くわけにはいかない。」
と、思いました。

とりあえず、母の元には行かないようにしていたのですが、その意味はよくわかっていませんでした。
娘のことは気にはなっていましたが、私にとっては「親孝行」の文字が心の中にどっかと腰を下ろしていました。
親孝行の文字の裏側に、「親離れしたくない」という文字を隠して・・・。

続く・・・。


◆編集後記◆

「アミが、このように、自分のあまり言いたくないこと(あまり格好良くないかなあと思うので)を、洗いざらい言っている意味を受け止めていただけたら、うれしいかなあ」
と思います。

日々の生活の中で、だれでも、落ち込むことはあります。
へこみます。
へこみすぎたら、癒せばいいのです。
少し休めばいいのです。
アミもそうしています。

アミは、皆さんから見たら、とっても順調のように思われるでしょう。
でも、アミの生活を全て御存知のわけではありません。
「人には、解からない大きな苦しみ」をアミも背負っています。
独りで大泣きすることもあります。
「自分の大きな課題から、逃げ出したい」と、よく思います。
いつも、「大きなプレッシャーと責任」に押しつぶされそうです。
本当は、逃げたいのです。
でも、踏ん張っています。

最終的には、やはり、「自分のかっこ悪い過去」や「目の前の課題」に向け合わないといけないことがわかっているからです。
自分のかっこ悪い姿をさらけ出し、プライドをかなぐり捨て、自分の課題を見つめたいと思います。

外に救いを求めることは簡単です。
そちらの方が、たやすいです。
また、優しい言葉にずっと包まれている方が心地よいです。

でも、アミは経験上思います。
「それは、一時の癒しにはなっても、決して根本的な解決にはならない。」
と。


アミは、心配しています。

「心磨きをする」というのは、とても大切なことです。

でも、ここに「実際に課題と向き合い、格闘する」という姿勢がないと「机上の空論」になるばかりか、自分が実態が伴わないうちに「けっこう、心磨きが進んでいる」と、思い込んでしまう危険があります。

私は、宗教関係者の中で、そのように、「実際には自分が一番向き合わないといけない課題」には向き合わず、「理論や考え方のみ」で、人を導こうとして、あらぬ方向に言ってしまった方々をたくさん見てきました。

そこが、「スピリチュアル世界の落とし穴」です。
どうぞ、みなさん、その穴にははまらないでくださいね。
ご自分の「体験」「経験」を大事にしてください。
「自分の体験、経験から物を言うこと」が、完璧とはいえませんが、安全です。

「みっともない自分」もしっかり愛してあげてください。
認めてあげてください。
そうすると、「みっともない自分」にも、きちんと向き合うことができ、語ることもできます。

でも、今、心が疲れておられる方は、静かに休まれてくださいね。
けっして、無理はしないことです。
人生、山あり谷ありです。
日が照るときもあれば、雨のときもあります。
雨が降れば、ちょっと雨宿りをすればいいのです。
元気になったら、がんばればいいのです。

でも、今、けっこう元気がある方は、自分の課題(自分の心の内)を見つめ、格闘できるエネルギーがあるのですから、がんばって見られてはいかがでしょうか。
答えは、外にはありません。
自分の内にしかありません。
神様も一人一人の心の中にいます。


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posted by 女教師アミ at 23:40| Comment(38) | TrackBack(0) | 親子関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

◆親子の心の磨き方講座(2)【アミの一口コラム122】

こんにちは、アミです。

皆さん、どんな連休を過ごされますか?

アミは、「どっこにも」行きません。
いろいろな事情がありまして・・・。
「いつか、アミもの〜んびりと海外旅行にでも行ってみたいなあ〜!」
と、思いますが、まだまだ先のことのようです。

それで、連休中は、次のようなことを行う予定にしています。

≪アミのすること≫

○たまっていたメールのお返事書き(このお返事書きが最後です)
○返事やお礼を書かずに、ご無礼をしている身近な方々へのお手紙書きやご挨拶
○膨大な書籍の整理
○家の片付け
○庭の手入れ
○主人の勉強の手伝い
○親友の相談相手

等です。

「あ〜あ、みんな楽しい連休をしていいなあ〜!」
と、ため息をついておられる方、どうぞ、ご安心を!
アミは、ず〜っと、家におりますので、よかったら、コメントでも書いてくださいね!

さて、話は、ぐっと戻って◆親子の心の磨き方講座(1)【アミの一口コラム 112】 の続きです。もう、かなり前になりますので、記憶にない場合は、もう一度、クリックして読んでみてくださいね!

いい親子関係を築くためには、どうしたらいいか?
今日は、「親子関係」につまずいている場合に、どうしたらいいかについて、お話したいと思います。


◆親子の心の磨き方講座(2)【アミの一口コラム122】

親子関係のつまずきというのは、やはり「愛」のつまずきです。

「子どもをうまく愛しきれない親」は、やはり、自分も親から「まっとうな愛」を受けて育っていないことが多いようです。

自分が親から「まっとうな愛」をもらっていないので、いくら、子どものことを本当はとても愛していても、それをうまく表現できない、伝えられない場合があるようです。

子どもにしてみれば、「一番愛してほしい親から愛してもらえなかった(と、感じている)という悲しい事実」が小さな胸を痛めます。

その結果、子どもの心の状態としては・・・

・心に「トラウマ」として残る。
・感性が育たない。
・心が不安定になる。
・暴力的になる。
・人に冷たくなる。
・問題をよく起こすようになる。
・人との関わりがうまく築けない。
 ・生きる意欲がわかない。

等のマイナス的な性格が形成されてしまうことがあります。

それは、絶望的なことか?

いえ、そうではありません。
そのような厳しい環境に育っても、いえ、厳しい環境に育ったからこそ、「心の深い立派な人」に育っている方々もたくさんおられます。

確かに、親子関係がうまくいかないという舞台設定は、「人より厳しい環境」かもしれません。
でも、親の意識、子どもの意識がしっかりしていれば、乗り越えられます。
事実、私は教師をしていて、けっこう、そういう方々を見てきました。

「為せばなる!」
です。

それでは、具体的にどのように考えていけばよいのでしょう。

今日は、まず、
「愛情表現が苦手な親に育てられた子ども(成人した子ども)は、どう考えればよいのか」
について、お話します。

次回、「今、子育て中の親としてどう考えればよいのか」についてお話します。

〜A子さんの例〜

※アミの過去の話を元に、若干、加筆修正して書いています。

☆A子さんの悩み★

私には、3人の兄弟がいます。
私が一番上(長女)。そして、弟。そして、妹です。

母は、
「自分が若い頃、大学まで行って勉強をしたかった」
と言っていました。
また、父も、
「大学に行きたかったけど、経済的理由で行けなかった。」
と、言っていました。
それで、長女である私に、大きな期待が寄せられました。
何が何でも、「大学に行かせる」というのが、私が生まれる前から私に課せられた使命でした。

私は、物心ついたときから、
「勉強!勉強!」
と言われ続けました。

また、母は、潔癖症で、また、頑固で、こだわりが強い人でした。
「絶対に○○しないといけない」
という考えをもち、子どもにもどんどん要求をしてきました。
子どもはその要求に応えなければ許してもらえませんでした。

また、母は、「心より物を大切にする人」でした。
私が喜ぶのは、「心」だったのに、「物」をいつも買ってくれました。

思春期、いろいろなことを母に相談しようとしましたが、母は、私の話を半分も聞かないうちに、結論を出し、
「それは、あなたが○○しないからよ。ほら、この前も、××なことを下でしょう!ブツブツブツブツ・・・・・・・・・・・・。」
等と、お説教が始まりました。

私は、母との口論が絶えませんでした。
父は、いつも母の味方でした。
母と戦わなければ、私は、おそらくつぶれていたでしょう。

私は、孤独でした。

私の苦しみは、幼稚園のときから始まりました。
私は、小学校の高学年の頃、思いました。
「私は、苦しむために、この世に生まれてきたのだろうか?」
と。

私は、「生きる意味」「生きる価値」「生きる楽しさ」を見出せませんでした。
人とかかわることに対しても、臆病になります。
自分がどう人から見られるか、とても心配です。
ですから、本当に心を開いて話せる友達はほとんどいません。
人間関係に気を遣って、1人で疲れています。

母のことは、「許せない」という想いがあります。
弟は、不登校になり、成人してからは離婚しました。
妹は結婚しましたが、家庭的にいろいろ問題があるようです。

これから先、自分は、少しでも明るく人生を生きていきたいと思います。
どのように考えていかばいいのでしょうか?


★アミの考えた答え(1)☆

〜親の立場を理解する(理解しようと努力する)〜

≪アミ≫
あなたは、お母さんから「愛されていなかった」と、感じているのですね。

≪A子さん≫
はい、そうです。

≪アミ≫
本当に、そうですか?

≪A子さん≫
はい、そうだと思います。

≪アミ≫
「愛」の反対は、「無関心」ですよ。
お母さんは、あなたに「相当なエネルギー」を使われたのではありませんか?
やり方や内容はまずかったとしても・・・。
それだけのエネルギーやお金を使ってあなたを育てたのは、お母さんなりの「愛」ではありませんか?

≪A子さん≫
はい・・・。
確かに、母は、本ならお金に糸目をつけずに買ってくれました。
私を大学に行かせるために、相当な倹約をし、父母は、質素な生活をしたようでした。
父母は、私達子どもをよく旅行に連れて行ってくれました。

でも、母は、私に「温かな言葉」を投げかけてくれませんでした。
私の顔を見れば、小言でした。
相談しても、馬鹿にされるか、返って叱られるだけでした。
一番ほしいものをくれませんでした。

≪アミ≫
A子さん、お母さんは、どのような生い立ちだったの?

≪A子さん≫
それは・・・。
母は、継母に育てられ、義理の兄弟と常に差をつけられ、差別され、相当、悲惨な生活を送ったようです。

≪アミ≫
A子さん、そのような育ち方をしたお母さんが、A子さんが望む「温かな愛情表現」ができるかしら?

≪A子さん≫
無理ですね・・・。

≪アミ≫
そうでしょう。
自分が受けていないものは、その人が強く意識して、努力しない限り、人には与えることができないものよ。
A子さんとお母さんの立場が逆転していたらどうかしら?

≪A子さん≫
・・・・。

≪アミ≫
A子さん、お母さんは、あなたを愛していなかったのではないのよ。
おかあさんは、あなたをとっても愛していたのよ。
でも、本当の意味での愛され方を自分が受けてきていなかったから、子どもに本当に意味での愛仕方を示せなかっただけなのよ。
お母さんも、つらかったはずよ。
A子さんをとっても愛しているつもりで、とってもがんばっているのに、なぜか子どもは波のように引いていく・・・・。
お母さんなりに苦しんだと思うよ。

≪A子さん≫
でも、私の方がもっと苦しんだ。

≪アミ≫
A子さん、本当にそう?
お母さん、今、幸せそう?

≪A子さん≫
・・・・。
いいえ。
今、離婚した弟の子どもの面倒を10年ぐらい見続けていました。
そして、いつも、いろいろ愚痴を言っていました。

≪アミ≫
そうでしょう。
10年間も、孫を母親代わりに面倒見るというのは、並大抵のことではありませんよ。
お母さんも、苦しんでいるのよ。
弟さんが、不登校になったときも、きっと、苦しまれたはずよ。
あなたがお母さんを恨まなくっても、お母さんはちゃんと自分のまいた種は自分で刈り取っているのよ。
お母さんの立場を理解し、お母さんを許しておあげなさい。


◆編集後記◆

人は、苦しいと、
「自分のみ苦しい」
と、思ってしまいがちになります。

でも、一方のみが苦しいのではなくて、相手も苦しいのです。

いじめ問題にしても、たとえ、「いじめる側」であっても、その子がいじめることを楽しんでいるように見えたとしても、(本人は気が付かないかもしれませんかが)本人の心の闇は深く、心の状態はどん底状態なのです。

「憎い、恨みがある」という相手がもしいるなら、できるだけ、相手の情報をたくさん集め(特に、相手の生い立ちは大切な情報です)、「相手の気持ちや立場を理解する(しようとする)」と、自分の心にも変化が起こります。

「子どもが親を超える。」
「子どもが親を許し、愛し、感謝する。」

という境地になると、本人の人生に光が射し始めます。


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posted by 女教師アミ at 03:10| Comment(2) | TrackBack(2) | 親子関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

◆親子の心の磨き方講座(1) 【アミの一口コラム 112】

こんにちは、アミです。

最近、お若い方(中学生、高校生ぐらいの方)も、アミの記事を読んでくださる方が増えてきています。
とっても、うれしいことです。

できるだけ若いとき(できれば幼い頃から)、スピリチュアルな知識、心の勉強をしておくことは、とても大切です。
いろいろな問題も明るく、前向きに乗り越えていけるようになります。

ただ、やはり、子どもは親から育てられていますので、「親の考え方や育て方」が大きく影響します。ですから、子育てをする親も「心の勉強」をし続けることがいい子育てにつながっていきます。

そこで、いつも、アミの記事の中では、「真善美」「愛」「心磨き」などという抽象的な言葉を使うことが多いので、中学生、高校生ぐらいの方にも分かりやすく、もっと、噛み砕いて説明をしたいと思います。

中学生、高校生ぐらいのお若い方もどうぞ、コメントをお寄せくださいね。
感想でも、質問でも何でもけっこうですよ。

また、「病気」などについて、記事のリクエストがあっていましたが、この講座の中で、お話したいと思います。


◆親子の心の磨き方講座(1) 【アミの一口コラム 112】

(1)「自分を丸ごと認め、愛すること」の大切さ

心磨きの基本は、まずは
「自分を丸ごと認め、愛すること」
です。

「自分のよいことも悪いことも含めて、丸ごと愛する」
「自分の存在そのものを愛する」

のです。

ここが原点です。

「心がマイナス状態に常になっている方」というのは、けっこう、この原点の部分でつまづいておられる方が多いです。

「自分自身を愛せない」
のです。

ここをクリアーしないと、何をやっても効果が上がりません。

次に、「自分を丸ごと認め、愛せない子どもとその親御さんの心の傾向性」だなぁとアミが感じることを挙げます。

ただ、ここでおことわりをしておきたいのですが、ポイントを絞るために、ここでは「課題のみ」を出しています。もちろん、誰にも、「よさ」はあります。そこは、割愛していますので、どうぞ、ご了承ください。
また、もっと専門的にお知りになりたい方は、心理学の本などをお読みください。
長年の教師生活や、いろいろな勉強、悩み相談などを通して感じた、あくまでも、「アミの個人的な感じ」です。

(2)「自分を丸ごと認め、愛せない子ども」の心の傾向性

○「自分自身の価値」が見出せない。

○何のために生きているのかがわからない。そのため、「生きる喜び」を見つけられない。

○「自分はだめな人間だ」と思い込んだり、「生きる喜び」をみつけられなかったり、いろいろな事をネガティブにとらえたりする傾向が強い。そのことで、自分の心からマイナスの波動を出すため、その波動に引き付けられていろいろな難問が起こってくる。

○「親や周りの人々、環境等」を恨む傾向がある。「自己責任という発想」ができるほど、魂の足腰がしっかりしていない。

○根っこの部分が不安定なので、打たれ弱い。

○親に自分がなっても、同じような子育てをする傾向がある。

などの傾向にある子どもさんが多いようです。

「心明るく、人生を前向きに歩んでいる子ども」は、本人が意識するしないに関わらず、性格には個人差があっても、
「自分を丸ごと認め、自分を愛せる(自分に自信をもっている)心の傾向性」をもつ子どもが多いようです。

〜親御さんのタイプ〜

このような子どもの子育てに関わった親御さんのタイプとしては、次のようなタイプが多いように思います。

ここでは、分析し、わかりやすくする必要から、マイナスの要素ばかり書きましたが、もちろんプラスの要素たくさんあります。例えば、「まじめで、誠実、努力家が多い」など。決してその方の人間性を全て否定するものではありませんので、どうぞ、ご了承ください。

○子育ての理想が高い。子どもへの欲求度が高い。

○愛するものに対して、愛しているがゆえに接し方が厳しい。

○親自身が物事を見るとき、プラス面を見るより、マイナス面を大きく見る傾向がある。親自身が自分のマイナス面を見つめる傾向が強く、自分を否定的に見てしまう。

○子どもを丸ごと受け入れない。子どものよさを見付けるのが苦手。課題ばかり目に付く。

○多少、頭が固く、「○は○。×は×」と、白黒はっきり付けたがる傾向がある。融通がききにくい。

○「子育ては、これでよい」「この子にとっては、一番、これが大切だ」などと、自分の子育てにけっこう自信をもっている。

○子どもに書ける言葉の内容が「注意」「指示」「叱責」「叱咤激励」型の内容が多い。子どもをほめることが少ない。「もっとがんばれ」という内容が多い。

○子育てにゆとりがない。「ねばならない思考」が強い。

○親子の間に温かな会話が少なく、親の表情が明るくない。親自身が笑うことがあまりない。

○子どもに自信をもたせるような経験や体験をさせていない。

○表現が下手で、「親の真意」が子どもに伝わっていない。

○スピリチュアルな考え方を知らない。スピリチュアルな見方、考え方ができず、子育てに対する考え方がこの世の観点だけに立っている。

等です。

このようなマイナスの要素ばかり書き連ねましたが、裏を返せば、
「ここにあげられていることと反対の子育て」
を行えばいいわけです。


◆編集後記◆

次回は、「改善策」についてお話したいと思います。
心の問題を抱えている方というのは、ほとんどの場合、この「自分を愛する」「自分の人生を肯定する」というのが難しい方が多いように思います。
そして、「親子の葛藤」を抱えたまま成長して大人になった方が多いように思います。そして、そのような方の苦悩は大きいようです。

人を木にたとえれば、
「自分」は、「幹」です。「親」は、「根っこ」です。
「根っこ(親)という自分のルーツ」を愛せない人は、「そこから成長した自分」も愛せません。

「自分を丸ごと認め、愛する」の部分で引っかかっていないかをチェックしてみることが大切です。



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posted by 女教師アミ at 20:53| Comment(15) | TrackBack(0) | 親子関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

◆親離れ子離れ 【アミの一口コラム 21】

こんにちは。
アミです。

少し、間が空いてすみません。

ちょっと、緊急の用が入ってしまい、どうしてもパソコンの前にすわることができませんでした。

今日は、「親離れ子離れ」について書いてみようと思います。


◆親離れ子離れ 【アミの一口コラム 21】◆

今から書くことは、一般論ではないかもしれません。
アミ家だけのことかもしれません。

そんな考えもあるんだなと、コーヒーでも飲みながら、読んでみてください。

以前の記事にも書きましたように、アミは小さな頃から、家族の中で一人、プカプカと浮き輪のように「浮きながら」生きてきました。
その原因として考えられるのは、次のようなことです。

アミの家族は、きわめて「物質的なこと」「常識的、儀礼的、形式的なこと」等を重視し、「安定志向」であるという傾向が強かった。ところがアミは、「精神的」「神様が好き」「自由奔放」「形にとらわれない」「冒険好き」「独立独歩」等の特徴をその性格にもっていました。

家族ですから、根本的にはそっくりの部分もあります。

しかし、上記に書いたことは、いかんともしがたい違いでした。
ギャップを埋めようとしましたが、無理でした。
アミにとって、「家族がよりどころ」でもあり、「苦しみの原点」でもありました。

さて、今のアミの家族を見てみましょう。
アミ夫婦は、「似たもの夫婦」です。
きわめて「精神的」きわめて「現実的」きわめて「合理的」きわめて「向上心の強い」夫婦です。2人は、同士のように硬い絆で結ばれています(と、感じています)。

ところが、娘は違います。

娘は、アミ夫婦の子どもですから、「スピリチュアルな部分」はありますし、「スピリチュアルな価値観」も本人なりに大切にもしています。

ただ、娘は、アミ夫婦とは全く違う部分もあります。

娘は、「とてもピュアな部分」と「どろどろした部分」とを併せもっています。
ピュアな部分は、アミはとても愛しています。本当に陽だまりのように温かでかわいいところがあります。

でも、どろどろした部分は、わが子ゆえに、正直言って「後ろに倒れるぐらい」のけぞります。

よく、そこのところでぶつかります。

でも、最近思います。

「アミと家族の関係もそうだったように、血のつながりがあり、縁がある家族といっても、魂は別なんだ」
と。

娘は、ある意味でかわいそうです。アミ夫婦は、同士的強いつながりがあり、根本的な価値観は同じです。

でも、娘は、アミ夫婦とは若干価値観が違うのです。兄弟もいないので、どうしても、家族の中で孤独感が強くなるのでしょう。

無理をさせて、アミ夫婦の価値観に娘の価値観を合わさせるのは酷だと思うようになりました。

わたしも、自分の価値感を家族のそれに合わせることができなかったのですから。

これからは、「ピュアな部分」も「どろどろした部分」も丸ごと受け入れて、娘を愛そうと思います。「どろどろ」が少しずつでもなくなればいいなとは思うけど、長い目で見守ろうと思います。

「家族だから・・・」「親子だから・・・」といって、親の価値観を押し付けるのはやめようと思います。

「縁は深いが魂は別」
この真実をしっかり踏まえて、子育てや家族生活を送っていこうと思います。

その子の魂の特性を見極め、その子の魂が、その子なりに、成長できるように、家庭教育をしていかなければならないなあと、最近つくづく思います。


◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――

アミにとって、「子育て」は大きな課題です。

一人っ子ということもあり、アミ夫婦は娘がかわいくてかわいくてたまらないのです。

だから、どうしても、アミ夫婦が一番大切な価値観としている「スピリチュアルな考え方」を、娘に押し付け気味になってしまうのです。

いくらよくても、人には人の都合がありますよね(笑)。

「スピリチュアルな考え方」は、とても大切だけど、それが相手には押し付けのように感じられたり、「言うことはわかるけど、今の私には実践は無理!」と感じさせたりすることもありますよね。

相手の魂の性質、相手の思いや必要感、時期、などをきちんと見計らいながら、伝えていかないといけないなあと思います。

人間、最初から「完璧!!」だったら、世の中に生まれてくる必要がないのです。完璧じゃないから、この世に生まれて、少しずつ、魂を円熟させていくように、努力していけばいいのです。
そこのところの考え方さえ、はずさなければ大きく人生的にぶれることはないかもしれませんね。

アミにとって「子育て」は、大きな課題のひとつです。今日の記事は、アミ自身に言い聞かせるつもりで書きました。


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posted by 女教師アミ at 21:06| Comment(6) | TrackBack(0) | 親子関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

◆母が嫌いな私。どう自分の気持ちを整理すればよいのか?(3) 【なやみ10-3】

こんにちは。
アミです。

今日は、先日書いた
◆母が嫌いな私。どう自分の気持ちを整理すればよいのか?(2)【なやみ10-2】
の記事について、追加です。

書き終わった後、
「ああ、『あのこと』に触れていなかった。
 でも、一応、まとまったからいいかなあ。
 『あのこと』を書くとなれば、また、たいへんだし・・・。
 しつこくなるかも・・・。
 読者の方も興味ないかもしれないし・・・。」
などと、考え、
「『あのこと』は、もう書かなくていいよね。」
と、私の心の中で結論をだしていました。

そう思っていた矢先、記事についてのコメントをピロコさんからいただきました。

そのとき、
「ピロコさん、私の書いた記事を一生懸命に読んでくださったんだなあ。
 やっぱり、私も、心残すことがあれば、ちゃんと書かなければ・・・。」
と、思い、再び加筆することにしました。

よろしかったら、お付き合いください。


◆母が嫌いな私。どう自分の気持ちを整理すればよいのか?(3)【なやみ10-3】

◆母が嫌いな私。どう自分の気持ちを整理すればよいのか?(2)【なやみ10-2】
の「〜アミの場合:スピリチュアルな本との出会い〜」の前に挿入される文章です。

実は、「母との確執」を乗り越えられた理由のひとつが、「スピリチュアルな本との出合い」以外に、もう1つあります。

それは、「母の人生を振り返る」ことです。
それは、心理学関係の本の内容や宗教関係の方のお話がヒントになっています。

【母の人生を振り返る 〜母の生い立ち・アミの育った環境から読み取れること〜】

〜母の生い立ちの分析〜

○ 母は、幼い頃、母のお母さんが早く亡くなり、後妻が来た。後妻は、自分の子どもばかりをかわいがり、母をかわいがってくれなかった。母のお父さんもやがて事故で亡くなり、母は後妻の手で育てられた。

→アミの気付き
「ああ、お母さんは、愛されて育ってこなかったから、気持ちはあっても、本当の意味で子どもの愛し方がわからなかったんだ。」

○ 没落して、家にはお金がなかったし、後妻からは母だけ何も買ってもらえなかったことが多かった。

→アミの気付き
「だから、お母さんは、私に(温かい言葉のかけ方がわからずに)温かい言葉をかける代わりに、物を買ってくれていたのかなあ。」

○ ある宗教関係の方からの助言により、母の家系を振り返る。

《宗教関係の方の言葉》

「あなたの人生は、大きくマイナスからの出発です。それを埋めるまでにたいへんな思いをされるでしょう。あなたの家系は、早くして亡くなっている方が多いのではありませんか。特に、母方のほうに。お墓の横に立っている墓標?(故人の名前と亡くなった年月日が書いてある)を見て御覧なさい。あなたは、先祖の分まで努力しないといけない。先祖があなたに頼っている。あなたは、人の何倍も努力しないと幸せになりません。あなたが、今ここで頑張っておかないと、同じような人生を娘さんも歩むことになりますよ。」
と。

運命の図(バイオリズム?)まで書いて、ごていねいに説明をしてくださいました。

『傷心の思いでいっぱいの幼子を抱えた若き母親になんと冷たいお言葉・・・。』
と、アミは・・・思いませんでした。

「そうかもしれない!!」
と思いました。

さっそく、母方のお墓に行き、墓標?を確かめました。なんと、本当に亡くなった先祖は、けっこう早死になのです。時代が時代だから・・・とも考えられますが、父方に比べるとやはり多いのです。

→アミの気付き
「確かに私は、人生的に厳しい家系に生まれたのかもしれないし、先祖が私の肩にしがみついているのかもしれないし、私は女性としての生き方に問題もあるのかもしれない。しかたがない! やるしかない!! 全部まとめて(先祖の分も自分の分も)、自分の心を改善するしかない。かわいい娘がいるんだから、私のような今までの人生を繰り返させたくはない。今から、娘にいい生き方のお手本を示そう。ようし、がんばるぞ〜!!!」


〜結婚後の母が置かれた環境の分析〜

○ 母は、勉強好きで大学まで行きたかったが、お金がなくていけなかった。アミの父も、頭はとてもよく、勉強好きだったのにお金がなくて夜間大学に行きながら、働いた。アミの育った社宅は、アミ一家を除いて、みんなエリートの人ばかりが入っていた。

→アミの気付き
「父母は、社宅のエリートの人たちといろいろな意味で常に差を見せ付けられていたのだろう。自分たちができなかったこと、将来の経済的な安定を考えたら、何が何でも子どもには勉強をさせたいと、考えたのかなあ」

○ 母が強すぎる性格で、自分を曲げないこともあったが、父が母に甘すぎた。母に教育を任せすぎた。 

→アミの気付き
「教育面で、家では母が絶対的な権限を持っていたよね。母のやり方だけに問題があったのではなくて、父のやり方の問題もあったよね。母だけを責めたらかわいそうかも。」


このように、「母の人生を振り返る」ことが、「母の思いや願いの根本を知ること」にもつながり、母への理解を深めることができました。

「嫌いな相手」「憎い相手」と思える人の立場に本当に立つことができれば、その憎しみも軽減されます。

そいういった意味で、
「相手の生い立ちや生きてきた環境を知ろうと努力すること」
も相手との確執を乗り換えるための有効な手段かもしれません。


◆編集後記◆----------------------------------------------------------

相手を非難したり、憎んだりすることをなくしたいのなら、「現在や過去の相手の立場」に立つことは(立とうとすることは)、とても大切です。

肉体を持っている期間(現在、過去)を中心として振り返るだけでも、大いに効果があるし、価値があります。

「過去世、未来世を知る」ということもあるかもしれませんが、せっかく、目隠しをして、「さあ、今世でどれだけ頑張れるか」というチャレンジャーとして、今世に出てきているのです。

この世で、今、自分のもてる力を駆使して解決していこうとすることは、とても大切です。

スピリチュアルな知識を活用しながら、「真善美」の方向に向かって、

「今もてる自分の力で考え、自分の力で解決していく。」

まず、そこが基本です。

最後の解決策は、「自分自身の心の中」に眠っています。

SH510017.JPG

今日の夕方、家から車で5分ほどの漁港に行き、撮ってきました。

夕日で赤く染まった海の方へ、少しうつむき加減の1組のカップルが歩いて行きました。
何を話しているのでしょう・・・。


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posted by 女教師アミ at 22:14| Comment(4) | TrackBack(0) | 親子関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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