2006年03月31日

◆人生の選択 パートV 【アミの一口コラム 106】

こんにちは、アミです。

異動の発表があり、アミは、教諭として子ども達を担任することになりました。

いろいろありましたが、
「どうぞ、一番、アミが心磨きができ、個性を発揮し、何か少しでもお役に立てる方向に歩むことができますように」
と、祈って出てきたことです。
「必要必然ベスト」
と思って、がんばろうと思います。

異動の決定が出るまで、
「慣れない行政職につかないといけないかもしれない・・・」
「時間が今以上になくなる・・・」
というあせりと緊張の日々が続いていました。
でも、自分が担任に決定したのを聞いて、なんだか、プレッシャーから解放されたような気がしました。

久しぶりに担任をもちます。
子ども達と職場の仲間達とじっくり向き合うことができそうです。
もっともっと、自分から積極的に子どもや職場の仲間達とかかわっていこうと思います。

今までの1日中、机に向かってパソコンを打つ仕事から、生の「人」と、触れ合う仕事に移ります。
スーツから解放されます。
久しぶりに体育をするときに着るジャージを買いに、今日、スポーツ店に行きました。

昨日はやっと家の庭にスノーポールを植え、近所の友達ともゆったりとした気分で立ち話をしました。
今日は、雑貨屋さんをちょっとのぞいて見ました。
今まで、そのような心のゆとりは、ありませんでした。



◆人生の選択 パートV 【アミの一口コラム 106】

〜前々回の振り返り〜

前々回で、3種類の道について書きました。

(1)人生の岐路に立ったときに現れてくる道

ex.「進学」「中退」「就職」「転職」「退職」「結婚」「離婚」「死」等

(2)(1)ほどはないが、日常生活や仕事の中で、選択によっては環境が大きく変わる可能性がある道

ex.「大切な、たいへんな、難しい仕事を引き受ける。」「引越し」「出産」等
   
(3)日々の生活の中で常に出てくる道

ex.「今しようかなあ、後でしようかな。」「どっちの○○がいいかな。」
   
それと、後からふっと思ったのですが、「選ぶ」という感じではないのですが、「やはりこれも入れておかなければ」と思った道をもう一つ付け加えます。

(4)ほとんど選択の余地なく、ど〜んと目の前に出てくる道

です。

今日は、その具体例を少し挙げてみます。

〜(1)の例について〜

≪例1.仕事の選択≫

数年前、アミの前に二つの道が現れました。

ア.「研究的にとってもハードな学校」に赴任する道             ↓
そこに行けば、夜は帰りは12時を過ぎ、男性は家にも帰らず仕事をするような学校。ただ、その学校に行けば、いろいろな意味でとっても勉強にはなる。

イ:今の学校にとどまる道

とても天国的でいい学校。担任している子ども達も保護者との関係もよく、クラス経営もとてもうまくいっている。このまま、担任を継続すれば何の苦労もない。

常識的に考えれば、「イ」です。

でも、アミは、この頃は、

「2つの道が出てきたら、困難な道を選ぶ」
「目の前の環境の変化に抵抗せず、そのまんま受け入れる」

という考え方になっていました。

「研究校に行かないか」という話を校長から聞いたとき、
「守護霊は受けろといっているな」
と、思いました。

主人に相談して、すぐに「受けます」という返事をしました。

その後、数年間の地獄の日々が続きました。
帰宅時間は、明け方の3時、4時というのは、ざらでした。
気が付いたら、教室の床に転がって寝ていた・・・なんてこともありました。

でも、その学校を出たとき、
「ああ、やっぱりあの学校に行ってよかった」
と、思うことがたくさんありました。
その学校を出たというだけで、計り知れない利点があることに後から気が付きました。

今、振り返ると、
「厳しい道(研究校)を選択してよかった」
と、つくづく思います。

≪例2.生か死か≫

本当に「死にたい」と考えたのは、「小学校〜大学時代」の間でしょうか・・・。
何度か「死」にチャレンジしました。
生きることがつらくてつらくて、たまりませんでした。

いつも
「何のために生きているんだろう。自分は苦しむために生きているんだろうか?」
と、思っていました。
でも、結果的には「死」を選びませんでした(「選べなかった」と言ったほうが正確かもしれません)。

「『死』という楽そうに見える道」を選ばなくて正解でした。

「『困難な現実と闘う道(生きること)』を選んで、本当によかった。」
と、アミは思いました。

「『自殺』をしたら、あの世でどのようなことが待ち受けているか」
という知識を後から知って、
「ああ、自殺なんてしなくてよかった・・・。」
と、心の底から思いました。

もし、「死」を選んだら、「かわいい娘」や「愛深い主人」とも出会えなかったでしょう。
「共に支え合い、心を磨き、愛を広げていこう」という使命を掲げて今世出てきた、「前世からの仲間達」と出会うこともなかったでしょう。
このようにメルマガ・ブログも書けなかったことでしょう。

私は、
「『困難な現実と闘う道』を選んでよかった!」
と、思います。


◆編集後記◆

「楽な道」「困難な道」と表現すれば、重い感じになります。

でも、心の中をもっと深く掘り下げてみると、
「『わくわく、どきどきする道』と、言いかえられるのかもしれない」
とも、思います。

例えば、最初の「研究的にとってもハードな学校に赴任する」という選択は、確かにぱっと見には、「困難な道」です。
でも、アミの心の中をもっと細かく分析するとこうなります。

「今のまんまだと、波風は立たず、平穏無事に暮らせるよね・・・。
でも、あまり進歩がないかもしれない。
研究校に行けば、たいへんな困難が予想される。もしかしたら、自分がつぶれるかもしれない。
でも、乗り切れば、たくさんのことを学べるだろう。
『平穏無事に波風たたない生き方をし、少ない学びしかえられない道』
より、
『困難が多くても多くの学びがある道』
のほうが、私には価値があるように思える(→「未知へのチャレンジ」という意味で、わくわくどきどきするな)。」

と、いうことになります。

「困難な道」→「チャレンジする道」→「わくわく、どきどきする道」なのかもしれません。

ものは、考えようです。




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2005年06月09日

◆なやみ6-4 : 生きていくのがつらい、もう、死んでしまいたい。(4)

こんにちは。
アミです。

サッカー、日本が勝ちましたね。
アミも、早々に帰宅して、家族で応援しました。

でも、応援するほうからすると、
無観客で、声援の声が何も聞こえないというのは、
いろいろな意味で、ちょっぴりさびしいですね。


青く、美しい地球に住む同じ人間同士、同じ地球村に住む村人として、
互いに思い合って、尊重しあって、共に生きて生きたいですね。

個人レベルでも、国家レベルでもそうですが、
「憎しみ」は「憎しみ」しか生まないし、「愛」は「愛」しか生みません。

仲良くなるには、2つのことが大切かなとアミは考えました。

1つ目は、
これから、地球人は、いろいろな障害を乗り越え、
他国(他国の人)の「立場や心」を尊重し、
他国(他国の人)をうらまず、憎まず、利用せず、
「友好の心」でお付き合いすることです。

2つ目は、
仲良くなるためには、遠慮して、言うべきことも言わないのでは、
本当の意味での仲良しにはなれません。
ある程度、自分の思いや考えもはっきり伝えていくことも大切です。
時には、はっきりと主張することも大切です。

この2つは、個人レベルでも、国家レベルでもいえることで、
車の両輪だと思います。

時には、主張がぶつかり合うこともあるでしょう。
でも、互いに、前向きに考え、仲良くなろうという気持ちをもって行えば、
いずれは、愛に満ちた関係になるでしょう。


「自殺について」の最終便です。

《自殺した家族のご遺族の方へ》

自殺された方は、あの世に帰られて、自殺したことをたいへん後悔されています。御家族の方々に、「大変申し訳ないことをしてしまった」と、猛反省されています。本人は、もっと生きてがんばればよかったと、思っています。

もしかしたら、御家族の中には、「家族が、もっと気持ちをわかってあげて、援助してやっていれば・・」と考えている方がおられるかもしれません。

でも、これ以上、御自分を責めないであげてください。
自殺したいという人をとめるのは、並大抵のことではありません。

本人自身が、生きているときに「霊的な世界の真実を知り、自分の心を見つめることができれば、自分の力で苦しみを乗り越えられた」かもしれません。

悲しいお気持ちは、いかほどのことかと思います。

でも、「ご家族の方が、ずっと、悲しみにくれ、打ちひしがれておられる姿」を亡くなられた方が、あの世から見ておられます。
そうすると、「家族の悲しみ続ける姿」を見て、ご本人も、もっと悲しみ、いつまでも、自分を責め続け、暗い世界から抜け出ることができなくなります。

残された御家族が、少しでも早く立ち直られて、「元気な姿」をあの世の家族に見せてさし上げてください。

現世に残っているおとうさん(御家族)、あの世に住む息子さん(娘さん)に語りかけてあげてください。
「残された家族は、もう大丈夫。元気でおまえの分までがんばって生きていくからな。おまえも、安心して、もう一度、修行をし直しなさい。今度は、苦しいことがあっても、たとえ、うまく課題を乗り越えられなくても、とりあえず、最後まで生ききるんだぞ。神様(守護霊)は、いつでも、お前のそばにおって、応援しているぞ。もちろん、家族も、おまえのことをいつまでも愛し、応援しているからな」
と、語りかけてあげてください。

体がなくなっただけで、魂は生き続けています。語りかければ、かならず、家族の思いは、ご本人に通じます。

家族の元気な姿を見ることができれば、本人も自分を許し、また、修行をしなおすことができます。

御家族が、1日も早く元気になり、家族の愛で、ご本人を包んであげてください。
次の新しい人生に向けて、がんばれるように安心させ、勇気づけてあげてください。

そうすることが、亡くなられた方の一番の供養になります。


◆後記◆

「生」以上に「死」は、大切なテーマです。

アミは、いつも、「自分の死」をイメージしながら生きています。

「死んで、現世の自分の生き方や心の状態を振り返ったとき、大きな後悔や悔いだけは残したくない」
と、いつも思います。

「どの道、あの世では、神の心を基準にして『自分の人生』や『自分の心』を反省することになる。それらな、今(現世)から、神の心に照らし合わせて反省をしながら、人生を大切に生きていこう。そうすれば、あの世での反省点がいくらかでも減り、後悔する数も減るだろう」
と、アミは考え、生きています。

人生のハードル(課題)を乗り越えるために、皆さんと知恵を出し合い、情報を交換し合い、愛を分かち合って、共に最後のフィニッシュテープをきりましょう。



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2005年06月08日

◆なやみ6-3 : 生きていくのがつらい、もう、死んでしまいたい。(3)

皆さん、こんばんは。
アミです。

前回の続きです。

この一連の「自殺」に関する記事を読まれて、みなさん、どう感じられますか?

「自殺」なんて、考えたことがない方には、
「暗いなあ」「重いなあ」と、感じられるかもしれませんね。

でも、人間いつかは死にます。

今の時代は、特にそうです。

「自殺」という個人的なテーマのようではありますが、
「自殺」を通して、「死」について考えることは意味があることだと思います。
「死」について考えることは、「生」について考えることだからです。

「よりよい生き方をすること」が、「よりよい死をむかえること」につながります。

「心を磨く」というのは、とても地味で、ある意味では大変で、根気のいる仕事です。

でも、幸せをつかむための王道はありません。

地道にこつこつと、様々な人々とかかわりながら、悩み(課題)の解決を通して、「自分の心と姿」を正視して、「自己変革」するしかないと思います。

《人生は「障害物競走」に例えられます》

この世の課題がどんなに重く苦しいものであっても、たとえ、うまく解決ができなくても、とりあえず、何とか最後まで生きぬきましょう。

人生は、障害物競走にたとえられます。

自分の体(心)を鍛え、自分の可能性を探るために、あなたは、守護霊と話し合いながら、コースを決め、ハードルを置きました。

この世に生まれたのが、「障害物競走のスタート」です。

いくつかのハードルを何とか乗り越えました。

1つか2つは、倒してしまいました。

3つか4つは、(本当は越せる力はあるのですが)「自分には無理」と思って、
越さないで、横を素通りしました。

でも、なんとか最後のゴールまでたどり着きました。

フィニッシュテープを切ることができました。

あなたが、ハードルを乗り越えたときは共に喜び、倒したり素通りしたときは、残念がり、常にあなたの横で声をかけ、共に走ってくれた守護霊が、ゴールを喜んでくれています。

倒したり、素通りしたハードルについては、あの世で「なぜ、越せなかったか」について、分析し、再度チャレンジをすればいいのです。

とにかく、ゴールし、フィニッシュテープだけは切りましょう。

途中でリタイアすると、もう一度、走りなおすまで、大変な苦労をしなくてはなりません。

たとえかっこよくなくても、悪戦苦闘しながら何とか最後まで生ききることにも、価値はあるのです。

〜次回へ続く〜



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2005年06月07日

◆なやみ6-2 : 生きていくのがつらい、もう、死んでしまいたい。(2)

こんばんは。
アミです。

私の家は、丘の上にあります。
緑に囲まれ、丘の下には田園風景が広がっています。

車で、5分ほど行くと海です。
疲れたときは、海を見に行きます。

夕方は、オレンジ色の染料を一面にさあっとまいたように、海が輝きます。
夜は、大きな星が横一列に並んだような漁火が海の向こうに光っています。
朝は、誰もいない海に、さわやかな潮風が吹き、波のBGMだけが聞こえ
てきます。

この海には、
漁師さん達はもとより、
イカ料理めあての中年のおばさま達や、
釣りめあての男性達、
磯遊びめあてのちびっ子達、
???めあてのバイクの暴走族達
怪しげな密入国者達?

など、いろいろな人々がやってきます。

でも、海は、いつでも、だれでも、分け隔てなく、歓迎してくれます。

この海を見ていると、
「自分は生かされているんだなあ」
と感じます。


さて、前回の続きです。

《自殺した魂は、どのような反省をするのでしょう》

体を脱ぎ捨てた魂の意識は、クリアーな状態になり、反省が進みます。

自殺した魂も、少しずつですが、いろいろなことに気付き始めます。

たとえば・・・

●人間は、自分の心を磨き、魂を成長させるために現世とあの世を行き来している。

●生まれる前に、自分の魂修行に一番適した「父母や家族」を自分で決め、父母や家族役をしてくれる魂に「自分はがんばるのでよろしく」と頼んできた。また、環境(厳しい家庭環境など)も自分で決めてきた。

●自分の心を磨き、魂を成長させるために、人生の道のりの途中に、いくつもの障害(大病、心身の障害、結婚、離婚、破産、リストラ、生き別れ、身近な人との死別など)を自分で考えて用意してきた。

●これらの障害を乗り越えて、魂を磨く予定だったのに、自分は乗り越えられなった。うまくいかない原因を、他の人や環境のせいにして、自分の心のもち方や考え方を振り返り、これらを変えることにより、障害を乗り越えようとしなかった。

●人間として、もっとも大切な「魂を磨く」という修行を勝手に途中でリタイアしてしまった。たとえ、うまくいかなくても、最後まで生きていれば(寿命をまっとうすれば)、それなりの価値は見出せたであろうに。

●自分が、自殺したことによって、家族や友だち、周囲の人を、悲しませ、傷つけ、その方々の人生に暗い影を落としてしまった。

●自分の死後、残された家族が打ちひしがれ、悲しみ、傷つき、「自分のせいだ」と己をせめている様子を見ると、家族になんとわびていいのかわからない。

●死んで、こんな苦しみを味わうぐらいなら、もっと、現世でがんばればよかった。

●「こんな苦しみに満ちた状態」になるなんて思ってもみなかった、もっと、現世で「あの世」や「心」「人生」のことなどについて、勉強をしておくべきだった。

などです。

自殺した魂も、この「反省」で、深く深く打ちひしがれ、後悔をし、自分を責めることになります。自分で心を閉ざし、暗闇の世界にじっと閉じこもってしまいます。その苦しみは、現世の苦しみとは比べ物になりません。

自ら命を絶つという手段で、「苦しみ(課題)」から逃れることは、不可能です。
一瞬、「現世の苦しみ」から逃れられたように思っても、「あの世」で、その何十倍も、苦しみを受けることになるのです。

〜次回へ続く〜


【メルマガにお申し込みいただいた皆様へ】

メルマガにお申し込みくださって、ありがとうございます。

とってもうれしいです。

がんばって、少しでも内容のあるものを書いていこうと思います。

メルマガ発行まで、あと少し、お待ちください。

今週の末ぐらいから、発行いたします。


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2005年06月06日

◆なやみ6-1 : 生きていくのがつらい、もう、死んでしまいたい。(1)


みなさん、こんにちは。
アミです。

数日前のテレビで、
「2004年の自殺者数が3万人を超えた」という話題が取り上げられていました。

私の友達の中にも
「もう、死んでしまいたい」
と言って、相談の電話をかけてくる人がいます。

学校現場でも
「リストカット」
という言葉が飛び交っています。
養護教諭は、生徒の手首のチェックが欠かせないという現実もあります。

なぜ、このようなことになってしまったのでしょう。

アミなりに、考えてみました。

内容は、「自殺したいところまで追い詰められた状況から、どう立ち直るか」ではなくて、今回は、「あの世の姿を知らせることで、自殺したいという人に対して、自殺を思いとどまってもらいたいという気持ち」で書いています。

少々、長くなるので4日間に分けました。

少し、読みずらいかもしれません。

ごめんなさい。

◆なやみ6 :生きていくのがつらい、もう、死んでしまいたい。◆

◆自殺したい人へのアミからのメッセージ パート1】

《残されたご家族は?》


先日、テレビを見ていて、思わず、手が止まってしまった映像がありました。それは、「自殺した配偶者や親、子ども」の遺族の方々の表情でした。

なんともいえない深い悲しみの波動に満ちた表情でした。
私は、生まれてこの方、このような悲しい波動を出す方に出会ったことがありませんでした。

身内の死から、もう何年かたっておられるご遺族の方々でした。
それでも、このようにテレビのブラウン管を通してでさえわかるような、深い悲しみの波動があふれ出しているのです。

私は、その深い悲しみの波動を感じて、思わず涙してしまいました。

確かに、事故や病気で身内をなくされたご遺族の悲しみも深いものです。

でも、「自殺」は、特別なのです。

「自殺」は、悲しみを遺族に残すだけでなく、遺族の心を傷つけたり、追い詰めたりすることにもなるのです。

遺族の方の中には、「本人を自殺させたのは、自分のせいだ」と、自分を責める方もおられます。でも、遺族の方が「自分が悪かった、誤りたい、もう一度、やり直したい」と思っても、もう、相手はこの世にはいないのです。

どこにも持って行きようのない悲しみ、後悔・・・。

「自殺」は、自分が苦しみから逃れるために行うことがほとんどですが、その結果、遺族には、一生大きな苦しみを背負わせることにもなりかねないのです。

その方なりに、精一杯生きてきた御家族の方々に、このような残酷な仕打ちができる権利が、あなたにはありますか?

《死んだらどうなるのでしょう?》

なぜ、死にたいのですか?

理由は、人それぞれでしょう。

過去のアミの理由は、
「これ以上、苦しみたくなかった」
「苦しいだけの世の中なら、死んだほうがまし」
「死んだら楽になる」
と思ったからです。

果たして、その願いはかなえられるでしょうか?

その願いは、叶えられません。
その反対です。

「死んだら、どうなるか」ご存知ですか?

人間は死んだら、魂が肉体から抜け出ます。

魂は、死にません。永遠に生き続けます。

「夢を見ている状態」
「肉体の声が出ない透明人間になった状態」
「天狗の隠れ蓑状態」
をイメージしてください。

肉体がないだけで、後は、しっかりそのままです。
意識もそのまま、この世の人々の姿も見えます。

その状態になったとき、「死後の世界」の正しい知識がある方(Aグループ)は、自分が死んだことを悟り、お迎えの方々と共に、しばらくすると霊界に旅立ち(帰路につき)ます。

「死後の世界を知らない」、或いは「死後の世界はない」、「死んだら、だれでもすぐ天国に帰れる」などの間違った知識を持っている方々(Bグループ)は、この時点で、自分の置かれている状態に仰天します。

自殺をされた方々は、残念ながら、Bグループです。
Bグループの中でも、最も、厳しい状況に置かれることでしょう。

Bグループの方々も、時間はかかりますが、守護霊やあの世の仲間達の説得により、やっと、自分が死んだことを悟ります。

そして、それから「反省」が始まるのです。
あの世に帰れば、みな「反省」をします。

「反省」とは、
「現世に生まれてくる前に自分が守護霊達と決めてきた『人生計画』がうまくいったかどうか。『心磨き』ができ、『魂の成長』がどれだけあったかどうか。
現世で多くの学びを得ることができたか」
等について、「自分の人生」を振り返るのです。

「反省」の基準は、「神(宇宙、大いなる存在)の心」です。

肉体を抜け出た魂は、研ぎ澄まされ鋭敏になります。
現世では、気付かなかった様々なことを思い出します。
現世では、感じられなかった様々な感情を感じることができます。

〜続きは、次回〜



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posted by 女教師アミ at 07:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 自殺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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