2009年02月18日

光の世界へ

【光の世界へ】

おはようございます。
アミです。
皆さん、おげんきですか?

コメントへのお返事、なかなか書けなくてすみません。
昨晩は、絶対に書こう!と思って、9時ぐらいには帰宅したのですが、
夕食をとって、そのまま、こたつで寝てしまっていました。
自由な時間がほしい〜〜!
と、アミは、思います。

今、教頭の本来の仕事のみをしているのではありません。
私の1週間の仕事の中味は、
40%:教頭本来の仕事
30%:担任等の仕事
20%:ボランティア的仕事
10%:自分の生活を営む最低限のこと、将来に向けての投資的勉強
です。
30%の担任等の仕事を減らせば、いいのですが・・・。
私ししかできないことばかりのようです。
避けても避けても、目の前に出てきます。
目の前でおぼれかかっている人がいるのに手をさしのべないわけにもいかず・・・。
ジレンマに陥っています。
本当にしたいことをしたい。
と、つくづく思います。
私は、本当にアセンションがあったらいいなあと思います。
食べるためにあくせくしなくて、自分が本当にしたいクリエイティブな仕事ができるからです。
私は、もし、死んでも、もうこの3次元の地球には、絶対に生まれ変わりたくありません。
そのためにも、今、がんばらないとと、思います。
みなさんで、一緒に光の世界に行きたいです。
posted by 女教師アミ at 07:07| Comment(7) | TrackBack(0) | ブログへの想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

◆精一杯生きる 【アミの一口コラム 265】

こんばんは。
アミです。

記事のアップが間が開いてすみません。
実は、パソコンの調子が悪くなったのです。
ただいま、修理に出し中です。
何とか、主人のパソコンで記事をアップしています。

ご迷惑をおかけしてすみません。


◆精一杯生きる 【アミの一口コラム 265】◆


今、このときを大切に・・・。

自分の生活と人の生活を比べなくてもいい・・・。

自分には自分の生活がある。
人には人の生活がある。

どっちがよくて、どっちが悪いということはない・・・。

今、生きている一瞬、一瞬を大切にしたい。
一瞬、一瞬、悔いの残らない生き方をしたい。

残る4年間、力一杯、たくさんの人を愛したい!
そうすることは、私にとって、心地よいこと。

今、自分の目の前にあること・・・。
目の前に、提示されたこと・・・。
人からのお誘い・・・。

全てが縁。

無駄にはしない。

全てをありがたく受け止め、全力投球をしたい。

一瞬、一瞬を力一杯、悔いなく生きることができたら、
もう、後は、どのような形になってもいいのかもしれない・・・。


◆編集後記◆

精神世界系の多くの方々がアセンションを言われていましたが、
「坂本政道さん」は、言われていませんでした。
でも、ついに彼も言い始めました。



本当に起こりそうです。

残り少ない地球での生活。
小さな自分・・・。
小さな生活・・・。

「自分の身を守ることに終始するのは、もうやめたい。
力一杯自己発揮して、後悔しない人生を歩みたい。」
と、思います。

独身の方々は、ある意味、幸いかも知れません。
自分の意思がある程度通りやすいからです。

結婚しようとされる方は、よく考えて・・・。

自分と似たような価値観をもっている人。
向上心のある人。
愛深い人。
等。

いろいろ考えてから、結婚するとよいと思います。

結婚されている方、お互いによく話し合って。
互いが悔いのないように精一杯生きることができるように・・・。


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posted by 女教師アミ at 22:59| Comment(7) | TrackBack(1) | ブログへの想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月28日

◆今、この時代 【アミの一口コラム 182 】

◆◆今、この時代 【アミの一口コラム 182 】◆◆

おはようございます。
今日も、学校へ出勤いたしますが、その前に記事を書いています。

※今日の記事は、【アミの一口コラム 181 】と、絆さんへのお返事を読まれてから、お読みください。

−絆さんのコメントへのお返事より−

・・・・私は、今まで何とか「心」の問題だけに絞ってがんばって書いてきましたが、もう限界でした。

私は、
「超能力」「オカルト」「間違った宗教」等、まったく興味はありません。
ただ、心を磨き、愛深き人生を生きたいだけです。
そして、それを皆さんにお勧めしたいだけです。
できるだけ、間違った知識や考え方は、世の中に広めたくありません。
はっきりした証拠も出せないのに、人を批判をしたくありません。

ですから、どうしても、慎重に、慎重にならざるをえませんでした。

でも、もう限界でした・・・。

心の中の声が
「早く、書きなさい。急がないと間にあわない。皆さんに伝えなさい。」
と、私をせきたてています。

これからは、自由に書いていこうと思います。

ただ、これから書くことは、私が得た知識だけを書くのではなく、私が直感的に
「そうだ!」「そうだろう」「おそらくそうだろう」
のレベルまで感じたことのみを書きます。
私の考え方の基になっている書籍はあるのですが、読んだたくさんの本から、それを探し出す時間がないので、書籍は、時々、まとめて紹介します。

どうぞ、皆さん、私が?なことを書いても、オカルトや超能力信仰などに走らないでくださいね。

一番は、
「心磨き」「愛深き人生を歩むこと」
が基本です。

昨日書いた記事で、書き落としたことがありました。

私が本当に書きたかったことをかこうと思った理由の1つが・・・

PEKOさんや鈴さんが人生と格闘しながら、力一杯生きておられる姿を見て、エールを送ってあげたかったという理由です。
おそらく、私のブログを読んでくださっている方々には、彼女達のように、苦しみながらも前向きに、誠実に必死で生きていらっしゃる方も大勢いらっしゃることでしょう。
その方々に、

「今、している苦労は、決して無駄じゃないんだよ。もうすぐ、報われる時がやってくるよ。それまで、踏ん張って一緒に生きていきましょう。」

という、メッセージを送りたかったからです。

※これからは、記事の中にも、個人のお名前を書かせていただこうと思います。
今までも、何回も、素晴らしいコメントや生き方をされている方を、記事に登場させたいと思いましたが、いろいろ考えて、控えていました。
もう、いろいろ考えている時間がないので、私が感銘を受けたコメントや生き方をされている方は、記事に時々登場していただこうと思います。
また、私のそばにいる友達、主人などにも、記事を書いてもらうかもしれません。
とにかく、
「自由に書こう」
と思います。

(枠や制約をはずし、自由に書けるようになると、よりインスピレーションが鋭くなるという効用もあります。)

いろいろな方のお名前や記事が登場してくるかもしれませんが、あまり気にされないで下さい。
そして、記事にお名前を出させていただくことをご了承下さい。
ここのブログは、私1人で創っていくものではなく、皆さんと共に創っていくものと考えています。
「コメント欄に登場していただいているということは、記事にもお名前を出させていただいてOKということだ」
と、拡大解釈をさせていただいています。
もし、不都合があれば、コメントでお知らせください。
そのときは、お名前を消させていただきますので、遠慮されないでください。


◆編集後記◆


<アミの最近の心のつぶやき>

もう、転生輪廻はもういいんじゃないの?
確かに、今までの転生輪廻は、必要だったのだろう。
魂の土台作りのために。
でも、もう土台作りは、終わった(人が増えている)のではないかしら?

経済、心の問題などで、今、苦しんでいる方々は、カルマの問題だけではなく、世の中のしくみ(拝金主義、人間の支配欲等)の犠牲にもなっているんじゃないの?

そうであれば、世の中自体が変わらないと、ずっと、苦しみの中で生きていかなければならなくなる。

もう、おそらく、そのような理不尽な時代は、終わりを告げるのではないかしら?

おそらく、世の中自体が転換する時期に来ているのだろう。

でも、今、かかえている課題から、逃げないで、目をそらさないで、ぶつかっていこう!
後、一息だもん。
苦しみや困難につぶされないで、みんなで一緒にがんばろう!!



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2006年07月16日

◆使命 【アミの一口コラム 146】

こんにちは。
アミです。

北陸地方の方、大雨ということでしたが、大丈夫でしょうか。
どうぞ、気をつけられてください。


◆使命 【アミの一口コラム 146】◆

昨日、映画「日本沈没」を見に行ってきました。
それなりによかったです。

《アミの個人的な感想》

日本沈没の前評判をチェックすると、
「いいという人、6、7割ぐらいかな〜。」
と、アミは個人的に思いました。

実際に映画を見てみると、
「確かに、場面設定、配役などにちょっと無理はあるかなあ。」
とは、思いました。
でも、時が時だけに、映像には真実味がありました。
アミは、個人的には満足でした。

アミは、映画もその作品の出来、不出来というより、
「いかに自分が映画のテーマに感銘するか」
という視点で見ます。

ですから、アミは、
「自分が感動できればそれでよし。」
「自分がそこから何かを感じ取り、学べばよし。」
としているところがあります。

アミは、その映画を見終わったとき、思いました。
「私は、最初の『わだつみ』に乗って、命をささげた○○のように、使命感をもって生きているだろうか」
と。
※ちなみに○○は、主役ではありません。

私は、「大きく世の中や地球が変わるこの現代」に、たくさんの仲間を押しのけて、「自分ががんばるから」と言って、この世に出てきた。
その自分は、自分がやらなければならないことをやっているのだろうか?

と、考えました。

《孤独》

「時代が大きく変わるこの現代で、一緒にグループの仲間と助け合ってがんばろう!」
と、堅く約束をしてこの世に出てきた仲間も、次々に現れては、去っていきました。
「最後の試し」にみんな敗れていきました・・・。
みんな「自分の最後の幸福」を大切にし、「人より自分」と言って(考えて)、去っていきました。
大変なときは、「心を磨きます」と言って頼ってきても(がんばっても)、「のどもと過ぎれば暑さ忘れる」で、ひと段落すると、「心磨き」なんて忘れて、去っていきました。
また、大変になれば、頼ってくるのかもしれませんが・・・。

私と主人には、何もありません。
何も、守るものがないのです。
守るものがないということは、さびしいことではありますが、自由です。
私達夫婦は、自由に動けます。
二人で孤独をかみ締めれば、何とか寂しさも癒えます。

「使命を果たす」ということは、誰からも理解されず、「孤独な闘い」でもあります。
使命を忘れて「小さな自分だけの幸福?」にしがみつくことを、私はしたくないと思います。
現在、住んでいるこの場所では、私と主人は、心の深いところでは二人ぼっちです。
私の仲間は、みんな自分の生活に帰っていきました。
でも、アミは、生きて、闘っていかなければなりません。
私は、悔いのない人生を送りたいと思います。

《独りになっても闘う》

私の使命は、今現在は、「学校教育」と「メルマガ・ブログ」「主人を助けること(を通して、世に貢献する)」かなと、思います。
でも、この3つは、表現方法は違いますが、根っこは一緒です。
おそらく「人を真剣に愛すること」を学んでいるのでしょう。

でも、今、振り返ると、この3つとも、中途半端な感じがします。
もっと、真剣にやっていかなければならない。
と、思いました。

特に、「メルマガ・ブログ」つまり、「心を伝えること」に関わることは、もっと、本腰を入れてしていきたいところです。
本当は、今、住んでいるところに、一緒にやる仲間も出てきていたのです。
でも、その仲間も、自分の生活に帰っていってしまいました。
私と主人でがんばるしかありません。

仲間がいないから、孤独だから、できないなどという言い訳は、たちません。
映画の最初に「わだつみ」に乗って、死んでしまった○○さんのように、
「たとえ、独りになっても、棺おけに足を突っ込むまで、自分の使命を果たすべくがんばろう」
と、思いました。

そんなことを、映画を見終わったときに考えました。


◆編集後記◆

悲壮感が漂う内容になってしまっているかもしれませんが、本人(アミ)は、けっこう、楽しみながら生きているのです。

「また、アミさん、ストイックなことを言って・・・。
自分の幸せをつかむことのどこが悪いの?」
と、言われるかもしれませんね。
今日は、一般論を書いているのではなく、アミの個人的な想い(特殊な例)を書いているので、お許しくださいね。

アミは、やはり、人とはちょっと違っている、変わり者です。
また、私に実際に関わってくる人達は、本当は、アミと同じく、変わり者で、
「人とはちょっと違った人生を歩まなければならない役割をもっている人」
が、数は少ないのですが、含まれているような気がします。
アミは、それを本人に訴えますが、みんな、苦しみから解放されると、さっさと普通の生活に戻っていってしまいます。

主人と
「またしても、ふたりぼっち・・・だね(苦笑)。」
と、顔を見合せて話します。

現実に住んでいる場所では、心の深いところでは、「ふたりぼっち」でも、心の浅いところでは、共鳴し、助け合い、がんばって一緒に歩んでくれる大切な仲間がたくさんいます。
そのことには、深く感謝をしています。

そして、メルマガ・ブログの大切な心の友達、仲間がいます。
この輪が広がればいいなあと思います。

基本的には、
「自分の人生は、自分で開拓し、自分で歩む」
ものです。
孤独を恐れず、憂えず、苦しみながらも、明るく、楽しくがんばって歩んでいこうと思います。



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2006年06月08日

◆スピリチュアルな学びの大切さ 【アミの一口コラム 138】

こんにちは。
アミです。

修学旅行の引率から昨日、帰って来ました。
子どもにとっても、私にとっても、学び多い、実り多い2日間でした。
この修学旅行の2日間が、「2ヶ月ぐらいの学びの期間」のように感じました。

子ども達のいろいろな面が見えました。
一緒に同行してくださった先生方、スタッフの方々のことについてもいろいろなことが分かりました。
アミなりにいろいろ考えさせられたことがたくさんありました。

最近、「1日」が「1日ではない感じ」がします。
「1日」が「1週間ぐらい」に感じます。
私の目の前を「時間」がさあっと通り過ぎていくという感じです。
世の中が、加速度的にどんどん変わっていっているような感じがします。

「1日1日を精一杯生きないといけない」
と、本当に思います。

今日は、「スピリチュアルな学びの大切さ」についてお話します。


◆スピリチュアルな学びの大切さ 【アミの一口コラム 138】

スピリチュアルな学びが、特に活かされるのは、
「自分が本当に困ったとき」
「自分の生き様を変えよう」
と、思ったときです。

「普段、何事もなく、平凡に暮らしているとき」は、さほどまでに必要感がないかもしれません。

例を挙げてみます。
以前にも、お話したかもしれませんが、大切なことなので、繰り返し、お話いたします。


≪A先生の苦しみ≫

過去、出会った先生「A先生」としましょう。
実際にあった話ですが、プライバシーを守るために、かなりぼかしてお話します。

その先生は、男性でまだ若かったです。
家庭的にも恵まれ、大きな苦労もなく成長しました。
大学にもストレートでとおり、楽しく、部活、サークル活動をしてきました。
教職試験も難関をストレートで通りました。
スポーツマンで、明るく、友達も多く、何事にも積極的で、自分に自信があります。

その先生とアミは高学年の同学年を組みました。
アミは、学年主任です。

A先生のクラスには、かなり厳しい家庭環境に育っている女の子が1人いました。
その子は、幼い頃から虐待を受けていました。
その子の親も、虐待を受けて育ちました。
親は、精神的にもかなり厳しい状況です。
女の子も、精神的にかなり???な面もあります。

女の子は、荒れました。
A先生には、罵詈雑言を浴びせかけ、授業妨害に近い状況が続きました。
A先生は、女の子と闘いました。
女の子は、A先生に心を開きませんでした。
その原因は、いろいろありました。

○女の子とA先生が異性であったこと。
○女の子が、生育環境から、男性に対して恨みをもっていること。
○女の子が、大人に対して不信感をもっていること。
○前担任と、やり方がかなり違っていたこと。

等が原因として挙げられるかもしれません。

一方、アミは、担任ではありませんでしたが、その女の子は、アミに対しては心を少しずつ開いてくれました。
その理由としては、

○同性であったこと。
○担任でないので、女の子をいつも叱らなくてよかったこと。
○アミが、ある程度、カウンセラー的な対応ができること。

等が挙げられるでしょう。

でも、そのA先生とアミの決定的な違いは、

◎「霊的人生観」があるかないか
 ・苦しい立場にある子どもの気持ちが感覚的に分かる。
 ・なぜ、その子が幼くして苦しい人生を歩まなければならないかが、おおよそ見当が付く。
 ・相手の立場に立った、「生かす愛」がある。

です。

そこが大きな違いです。

「苦しいどん底の状態にある子どもの気持ちを感覚的に分かる」だけではなく、
「なぜ、そのような人生を歩んでいるか」
「この今の状態をどう考え、これからどう対処したらいいのか」
が、分かると分からないでは、大きく違うのです。

女の子は、アミには、心を開いてきました。
アミは、女の子の相談にのったり、指導をしたりしました。

そして、アミは、A先生には、女の子との関係をつくり、指導ができるようにするために「いろいろなアドバイス」をしました。
極力「霊的なこと」は、入れずに・・・(入れると普通、人は引くことが多いので)。

アミは、いろいろな方にお話をするとき、普通の人には、ほとんど「スピリチュアルな言葉」を使わずに、でも「霊的な真実」をさりげなく伝えるようにしています。
難しい話になればなるほど、「スピリチュアルな知識や考え方」を入れないと、根本的な解決ができないからです。

その女の子の場合、表面的な指導で、どうにかなるような話ではありませんでした。
アミは、決意して「スピリチュアルな話」をし始めました。
A先生は、妙に納得?しながら聞いているようでした。
「飯田史彦さんの本」も薦めました。
A先生は、その本も読んだようでした。
A先生は、必要に迫られてのことでしたが、スピリチュアルな知識を入れ始め、考え方を少しずつ理解し始め、その女の子を温かな目で見られるようになってきました。また、A先生は、「道徳?」の時間に、スピリチュアルなお話をクラス全体に向けてもされているようでした。

また、A先生は、その子との関係を通して「自分自身の生き方、考え方」を振り返るようになりました。
A先生にとって、とってもつらい1年ではありました。

でも、彼にとって、魂修行的には、大きな飛躍の1年だったように思います。


≪スピリチュアルな学びの大切さ≫

「軽い悩みや課題」なら、そこまで「スピリチュアルな知識や考え方」は必要でない場合もあるかもしれません。
でも、大きな課題を解決したり、重要な判断をしたりする必要があるとき、この「スピリチュアルな知識や考え方」があるとないとでは、雲泥の差があります。

「スピリチュアルな知識、考え方」をもち、人生を歩んでいくと、「より充実した価値のある人生」を歩むことができます。

あの世に帰ると・・・。
自分の人生を振り返り、反省し、課題を出し、次の人生の計画を立てます。

その振り返り、反省するときの規準が
「人生で多くの学びがあったか」
「より多くの人を深く愛したか」
「自分の課題を解決し、使命を果たせたか」
等です。

この規準は、「スピリチュアルな知識や考え方の根本」をなすものです。

これを知って努力して一生を終えるのと、その場かぎりの考えで解決して終えるのとでは、結果的には魂修行にとって大きな開きが出てくることは否めないでしょう。

また、今世は、特別な時代です。
「正しいスピリチュアルな知識や考え方をもって努力すること」により、次の時代(霊性を重んじる時代)によりスムーズに移ることができます。

人がどう言おうと、どう思おうと関係ありません。
「人は人、自分は自分」です。
人からどう見られても、どう思われてもかまいません。
「神(或いは、守護霊)から、どう見られ、どう思われるかだけ」を気にして生きていけばいいのです。

ただ、自分だけ神様の恩恵にあずかると申し訳ないので、幸せのおすそ分けというのでしょうか・・・。
必要な方がおられれば、時期がきておいでなら、声をかけてさしあげればよいのではないかと思います。

今、時代は、切羽詰っています。
「ご自分の心磨き」に必死になられてください。

目前に「暗黒の時代」。
その先に、「新しい霊性の時代、明るい未来」が控えています。
明るい未来を目指して、「暗黒の時代」をなんとか乗り切るのです。
そのためには、「スピリチュアルな知識や考え方を駆使し、自分の課題を解決しながら、心を磨くこと」です。

たいへん申し訳ないのですが、今の段階になって「目覚めていない方」「目覚めようとされていない方」は、やはり、手遅れ感があります・・・。
ちょっと、声をかけても無理な方には、その方の人生がありますし、死後、そういう方の行く場所もあります。
無理強いをしないことです。

今、アミのメルマガ・ブログを読まれている方々、共感してくださる方々は、おそらく「本当の意味での幸せ」を求めておられる方だと思います。
そして、「真善美」の方向に歩まれている方々だと思います。

「本当の幸せ」とは、何でしょうか?

目先の幸せ(エゴ的幸せ)にとらわれないで。
周りの人の言うエゴ的言葉に惑わされないで。
ご自分の「心のうずき」にしたがって、行動してみてください。
「心のうずき」は、あなたの守護霊からのメッセージです!

悔いの残らない人生を歩みましょう!



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posted by 女教師アミ at 18:17| Comment(47) | TrackBack(2) | ブログへの想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月06日

◆他人の人生をも生きる(多様な人生を味わう) 【アミの一口コラム 126】

こんにちは。
アミです。

昨日、初めてアミのブログにアクセスしてくださる回数が1日で1000回を超えました。
「皆さんが、きっと、繰り返し見てくださっているんだろうな」
と、思いました。
とっても、うれしいです。
本当に、ありがとうございます。

次の3つは、私の「書くときの大きな励み」になっています。

●「ブログランキングが上がること(注目度があがると、多くの必要とする方に見てもらえる機会が増える)」

●「アクセス数が増えること(たくさんの方が見てくれているのだなぁ、何回も見てくれているのだなぁと感じる)」

●「コメントをしていただけること(「何かを感じてくださったのだなぁ」と感じる、皆さんの学びが広がる機会になる)」


◆他人の人生をも生きる(多様な人生を味わう) 【アミの一口コラム 126】

− メルマガの活用 −

アミのメルマガ・ブログはさっと読み飛ばしてしまうと、あまり心に残らないかもしれません。
どちらかというと、
「何度も繰り返し読むうちに、じわっと心に入っていく種類のもの」
です。
ですから、できれば、ブログと共に、メルマガもお取りいただいて、併用して活用していただくと効果的かもしれません。

お仕事でパソコンを常にお使いの方でしたら、メルマガをちょっとしたコーヒータイムにでも読んでいただくとうれしいです。
また、印刷もしやすいので、必要なところは、印刷してファイリングして、手元においておき、必要なときに見るということもできます。

アミも、できるだけ早いうちに、分類をやり直し、皆さんが活用しやすいようにしたいと思います。


− コメント欄の活用 −

(1) コメント欄の読み方

最近、ブログのコメント欄も、とても充実してきました。

みなさんが、素直なお気持ちや、生活の現状などをそのまま書いてくださるからです。
コメント欄に、それぞれの方々の人生が垣間見えます。

過去のコメント欄にも、コメントが付け加わっていっています。
ぜひ、目を通していただければと思います。

コメント欄の読み方としては、

○一つ一つに目を通していく。
○自分と似たような課題を持つ方のコメントを集中して読む。

等のやり方があります。


(2) 多様な人生を知るために

コメントは、それぞれの方の「生の人生」が描かれています。

コメントを読んで、
「自分ならどうする?」
と、考えることは、とてもいい勉強になります。
コメントを真剣に読むことで、「多くの人生」を歩むことができ、人生の幅が広がるからです。
文学作品を読むことの効用と似ています。

話は少しそれますが、アミは、年の割には、人生経験は豊富な方だと思います。

アミの人生経験には、6種類あります。

ア.生の自分の人生。
イ.文学作品などを多読することで、味わった登場人物の人生。
ウ.教師をしながら見たたくさんの人生。
エ.人の相談にのることで見てきた多くの人の人生。
オ.個性豊かな?アミ側と主人側の親兄弟の人生。
カ.過去世?の人生。

です。

「ア」 「カ」は、生の本物人生。
「イ」 は、本の中のバーチャルな人生。
「ウ〜オ」は、生の他人の人生。

それぞれ、質が違いますが、多様な人生を味わい、他人の人生を見聞きし、一緒に体験することで、ものの見方、考え方が深まったり、広がったりします。

人の伝え方で多少の脚色はあるかもしれませんが、
「人生にはうそがない」
ということです。

「生の人生」、「本物」から学べることは、たくさんあります。
「生の人生」にたくさん触れると、そこにある「法則性」に気付きます。
それが、「生きた知恵」となります。
その「生きた知恵」が「自分の課題を解決するとき」に、とても役立ちます。
また、力が付けば、他人の人生相談にものれるようになれます。


(3) 課題解決の参考になり、励まされる

また、「自分と似た人生を歩んでいたり、同じような課題をもっておられたりする方」もおいでです。
そのような方のコメントを読むことは、参考になる内容が書かれている場合が多いです。

また、
「この広い世界に、自分と同じように、苦しんだりがんばったりしている人がいるんだ。自分もがんばろう!」
と、励まされることもあります。

また、同じ読者の方から、直接、励ましのコメントをいただくこともあります。


(4) 読者同士でも交流を

現在も、読者の方同士で、コメント欄で、体験を語り合ったり、励まし合ったりされておられます。
きっと、勇気付けられることでしょう。

特別に、励まさなくても、
「自分もこんな経験があった」
という経験談を話していただくだけで、元気付けられるものです。

ただ、アミのメルマガ・ブログを読まれている方は、やはり、スピリチュアルな方が多く、とても言葉に敏感で、感性が鋭い方が多いです。
ですから、短いコメントの中だけの少ない情報ですので、人には分からないことも多々あると思います。
今までどおり、皆さんがされているように、さらりと、そっと、温かい気持ちで交流を続けていただければうれしいです。

私宛のときは、宛名は必要ありませんが、読者の方や、主人(義法)宛ての時は、最初に、「○○さんへ」と、お書きくださいね。


◆編集後記◆

私は、学校現場にいながら、学校、行政、大学関係などのいろいろな方々と接してきました。
また、担任した子ども達も、本当に様々でした。
そして、メルマガ・ブログを書き始めてから得た経験は、私の人生経験を大きく広げ、深めてくれました。

アミのメルマガ・ブログは、地味〜なものです。
でも、「宇宙の法則」「いろいろな人の人生」がぎっしりと詰まっています。

活用いかんでは、きっと、「魂の糧」になると思います。
どうぞ、うまく、自分に合った方法で活用をしてください。

今後もどうぞよろしくお願いします。



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2006年05月05日

◆「心の師」は一人一人の心の中に 【アミの一口コラム 125】

こんにちは、アミです。

今日は、朝から私の父母を連れてどこかに行って来ます。
なぜ「どこか?」なのか・・・。
それは、アミに遊びに行く場所を探す気力がなくて、
「好きなところに連れて行くよ。でも、近くて、人の少ないところにね。」
と、言って、父に行き先は任せているからです(冷たい娘ですね。苦笑)。

母の強烈なマイナス波動の言葉にも耐えながら
(なるべく言い返してけんかにならないように、右から左に聞き流し、自分の心の奥底には入れないようにして、アミの心の前をできるだけ、さっと通過させる)
がんばって親孝行をしてきたいと思います。


◆「心の師」は一人一人の心の中に 【アミの一口コラム 125】

〜 精神世界系の人々とのかかわりを通して 〜

(1) 本当のことを言っては追い出され・・・

私達夫婦は、「心の師」を求めて、たくさんの本を読みました。

「この人は!」
と、思うような人に出会えば、2人で遠くまで会いに行ったり、講演会、セミナー、サークルなどにも参加したりして、一緒に勉強をさせてもらいました。

サークルに入っているとき、必ずと言っていいほど、アミ夫婦とサークルの人達との間に亀裂が生じました。

最初はいいのです。
仲良くやっており、仲間達も
「熱心でいい夫婦が来てくれた。すごい夫婦が入ってきてくれてよかった」
などと歓迎してくれました。

でも、アミ夫婦が常に相談しているわけでもないのですが、
しばらくすると、夫婦の間でこんな会話が取り交わされるのです。

アミ : 「なんか、おかしいよね〜。」

義法 : 「ウン。僕もそう思う。言っていることしていることが矛盾しているよ。」

アミ : 「なんか、あのリーダーの人の波動、相当悪くない?」

義法 : 「僕もそう思う。あのリーダーの人、嘘をついているよ。」

アミ : 「ああ、お父さんもそう思っていたの。私もそう思う。

 口では、・・・なことを言っているけど、本心は、×××だよね。
 人のことについて、いろいろ言っているけれど、ご自分の・・・な部分がよくないから引き寄せているだけなのに、それに気付かれていないみたい。

 あのリーダーは、『口ではお世話をさせていただく・・・』なんていっているけれど、根っこは『名誉心』からだよね。

 リーダーだから、影響あるし・・・。
 今度のサークルでそれとはなしに、言ってみようか。」

義法 : 「うん、そうしよう。心の教えというのは、間違った方向へ行くと、他の人の人生まで狂わせてしまうから、まずいよね。」

アミ : 「きっと、心のことを真剣に勉強されている方々だから、アミ達が真剣にお話すればきっと、分かってくれるよね。」

等と話し、さっそく、サークルでその旨をそれとはなく伝えるのです。

私も長年教師をしています。
難しい親との対応もけっこううまくやっていけますので、そんなに下手な伝え方はしていません。
でも、精神世界系の方は、やはり感性は鋭い方が多く、ましてや自分に向けて少しでも批判的なことを言われれば、敏感に反応されます。

たった1回でも、アミ夫婦がそのような本音を言うと、もう、その場で、アミ夫婦の目の前でシャッターがガラガラと下りてしまうのです。

そして、よく言われたのが

「アミ夫婦にサタン(魔)が入った!」
「サタン(魔)が入って、私達のサークルを崩そうとしている!」
「サタン(魔)が離れて行ってくれてよかった!」

などです。

アミ : 「あ〜あ、また、私達、サタンになっちゃったね。
本当に心の勉強をしているなら、自分の心をふり返り、心を高めていくように、精進しないといけないんじゃないの?
自分に厳しくないといけないのではないの?」

義法 : 「今度も、本物ではなかったね。」

アミ : 「また、『そして、誰もいなくなった』だよね〜。」

このようにして、アミ夫婦は、「本当のことを言っては、追い出され」を何年間も、繰り返していました。


(2) 言動を見聞きしただけで?

また、あるときは、とても著名な精神世界の方で、たくさん本も書いておられる方のセミナーに夫婦で参加したこともありました。

狭い部屋で、ぎゅうぎゅう状態でセミナーが開かれました。
その指導者の???なパフォーマンスが行われました。
その後、その指導者が他の会員の方々と一緒に座っていたとき、タバコを吸い始めました。
すぐ隣には、女性がおり、赤ちゃんを抱えておられました。
でも、その指導者は何食わぬ顔で、タバコの煙を赤ちゃんの方に向けて、くゆらせていました。

アミ夫婦は、思いました。

「その指導者は、今しがた、『愛』が大切。『隣人愛を!』 みたいなことを話していたのに・・・。
 はあ〜?」

と。

その晩、その会場に泊まったのですが、朝起きると、なぜか主人も私も強烈な腰の痛みに見舞われました。

アミ : 「おとうさん、まずいよ、ここ。帰ろう!」
義法 : 「うん、今すぐ、出よう!」

ということで、すたこらさっさと、その場所を離れた次第です。

そのようなことを数限りなく、性懲りもなく、繰り返してきました。


◆編集後記◆

〜 気をつけて 〜

例を挙げれば、きりがありません。
アミ夫婦は、このように、多くの精神世界系や宗教系の方々と交流してきましたが、このような経験をすることが多かったです。

ですから、誰か一人の人に集中して学ぼうとするときは、その著者の言動に直接触れたり、その著者のサークルに入って、その教えの中身の真偽を夫婦二人の目で確かめるようにしていました。

今、インターネット時代で、簡単に情報が手に入り、すぐ、「心の教え」に触れられます。
「心の教え」とうのは、宗教のみをさしているのではありません。
精神世界、自己実現系等、「心に関する情報」全てを指しています。
「宗教」というと、みなさん、警戒されますが、「精神世界」「自己実現」系になると、急に警戒心を解かれる方が多いようです。
「心の教え」という面では、ほとんど変わりありません。
いいことを言っていても、微妙にすり替えがあったりします。

本当に、「一人の人のみ」に簡単にのめり込まないでくださいね。
組織が大きくなったり、ファン(信者?)が増えると、インターネットで調べても、その著者の悪い情報が検索上位に表示されないようになっている場合があるのです。

もちろん、良書も出ています。
本を読む場合は、「選ぶ」ことです。


〜 青い鳥は自分の心の中に 〜

私達夫婦は、「どこかに青い鳥(心の師)がいるかなぁ」と、散々探しました。
何年間も・・・。

でも、身近にはいませんでした。
(実際には、この方は・・・という方はおられたのですが、もう、亡くなっていたり、遠く外国におられたりしていました。)

もう、アミ夫婦の「青い鳥みつけの旅」は、終わりました。

「自分たち一人一人の心の中にいること」
が分かったからです。
皆さんも、
「本当の心の師は、皆さん自身の心の中」
にいます。

本やセミナーはあくまでも参考で、問題を解き、それを乗り越えるのは、
「自分自身」です。
問題の答えは、「自分の心の中」に用意されています。



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2006年04月30日

◆アミ夫婦の「(ことの真実は分からない)ぶっ飛び会話」2 【アミの一口コラム 121】

こんにちは、アミです。

今日は、車で高速を飛ばして1時間ちょっとの地方都市に主人と共に本を仕入れに行って来ます。

子ども達に、算数や国語の問題を作成してさせるために、参考になる図書を買いに行くのです。
私が鍛えてやらないと、お家の方は忙しくて、手が回りません。
大切な6年生ですので、何とかしてやりたいと思います。


◆アミ夫婦の「(ことの真実は分からない)ぶっ飛び会話」2 【アミの一口コラム 121】

☆全てを受け入れることの大切さ★

〜 アミ夫婦のぶっ飛び会話 2 〜

≪アミ≫
ねえ、おとうさん、なぜ、おとうさんは、アミを置いて戦いに行ったの?

≪主人≫
そんなこと、言われたって・・・。

≪アミ≫
私は、悲しくて、悲しくて仕方がなかった・・・。
分かってはいるけど、いつも、おとうさんは、私を置いて行った。
私は、いつも一人ぼっちだった・・・。

≪主人≫
そんな過去世のことを言われたって、仕方がないじゃないか。

≪アミ≫
でも、アミの胸には、「深い悲しみ」として残っている・・・。
だから、今、こうしてお父さんに依存しているのかも・・・。

≪主人≫
過去世のことは、忘れて現世に生きよう!!

≪アミ≫
今、お父さんは、アミにした罪を今世で償っているんだよね(しつこいアミ・・・)。
おとうさんは、過去世では、私がおとうさんを支えたから、今世は、おとうさんが私を支える役目で出ているんじゃない?

≪主人≫
僕は、このままでは終わらない!
僕には僕の人生がある!

≪アミ≫
でも、今までアミや娘を支え、ここまで育ててくれ、今もこうしてアミを助けてくれている。
これも、大きな仕事、立派な仕事じゃない?

≪主人≫
い〜や、僕は、「お母さんを支えるためだけの人生」では終わらないぞ〜!

≪アミ≫
まぁ、そうだね。
このままだと、発展性が少ないよね。
アミは、今できるのは、ここまでだから、後は、お父さんががんばってくれないと、これ以上の発展は無理だからね。

おとうさん、アミを支えながら、がんばってくださいよ。


〜 解説 〜

皆さん読まれて???と、思われたことでしょう。
このように、アミ夫婦の間では、時々「ぶっ飛び会話」が行われます。
まあ、レクレーションのようなものです。
「このような会話」がごく自然に?できる私達は幸せです(苦笑)。

さて、この会話の解説をします。

アミの心の中に主人と出会った時から、一つのイメージがありました。

それは、もうかなり昔の時代です。
西洋の国です。

白っぽい布をまとったような服装です。

主人は戦士でした。
国を愛する優秀な戦士でした。
私は、妻でした。

主人は、いつも、戦いに明け暮れ、国を守っていました。
私は、いつも、一人ぼっちでした。
子どもはいなかったような感じです。
主人は、戦いが好きなわけではありませんでした。
でも、戦乱の世の中で、戦わないと国が滅ぼされるのです。
だから、主人は、いつも戦いに明け暮れ、遠征に行っていました。
私は、分かってはいるけれど、さびしくて「行かないで」と、言っていました。
でも、主人は行きました。

私は、主(あるじ)のいない大きな家で、家の中のことを1人で切り盛りしていました。
主人は、戦いで死にました。
私は、悲しかった・・・。

そんなイメージがあるのです。
映像として見えるのです。
悲しみが胸につまり、以前はそのようなことはなかったのですが、最近、涙が出て、止まらないことがあります。


〜 現実の生活は・・・ 〜

今、主人は、家で勉強をしたり、パソコンを使って仕事をしたりしています。

ずっと、家にいます。
というか、「なぜか、家にいることになってしまっている」という感じです。

娘も旅立ち、今は、主人と私、二人っきりです。
私は、主人と離れたくありません。
主人を深く愛しています(わがままはたくさん言いますが)。
「絶対に、離れるもんか!」
という感じです。
どこに行くのも、アミ夫婦は一緒です。

主人も、
「今世は、家で自営をする」
と、言っています。

私の本心は、主人と一緒に働きたいのですが、今は、教育現場を離れることはできないようです。

この現実の生活は、別に過去世を意識してそうなったわけではありません。
でも、結果的には、「過去世のイメージ」と「現実の生活」がなんとなく結びついているようです。


〜 現実の全てを受け入れる 〜

このように、過去世でやり残してきたことが、今世で出てくることは多いです。
特に、「今世は、最終チャンス?になるかもしれない」ということで、これでもかというほど、「過去世のやり残し」をやってしまおうと、自分で「いろいろな課題」を背負って生まれてきている人が多いような気がします。

「どうして、こんなに私ばかりつらい思いをしないといけないんだ」
「いつも、苦労の連続だ」
等と、つい、思ってしまいたくなるほど、苦しい人生を歩んでおられる方も多いと思います。

確かに、「波長同通の法則」で、自分が自ら引き寄せた部分もあるかもしれません。
でも、本人には分からない過去世からの課題をもって、今世で解消しようと(カルマの解消)のために、がんばっていることも多分にあります。

「理不尽とも思える環境」も、自らがカルマの解消のために選んだ環境であることがけっこう多いです。

ですから、どんなにつらくても、自分の置かれている環境を疎ましく思わないことです。

「この環境は、自分の過去世から引きずっている『カルマの解消』のための大切な環境なのだ。
 私の『カルマの解消』のために、悪役を引き受けてくれている○○さん、ありがとう。」

と、感謝してもいいぐらいなのです。

「今世の人生劇場」が終われば、あの世に帰って、「憎き○○さん」に、
「現世では、悪役を引き受けてくれて、ありがとう!
 あの時、つらい言葉を言ったり、仕返しをしたりしてごめんね。
 でも、あなたのおかげで、カルマが解消したよ。」

と、お礼を言うことになるかもしれないのです。

「つらい環境」であればあるほど、それを乗り越えれば、「大きなカルマが解消」します。

アミも、ここでは「差しさわりのない過去世」を書きましたが、まぁ、ひぇ〜というぐらい、人にはちょっと恥ずかしくて言えない過去世もあるようです(なぜか、主人と私のイメージがぴったり一致している。宗教系で出ることが多い人は、そのバランスをとるためか、宗教系とは、全く正反対の、人にはちょっと言えない人生を選ぶこともあるような・・・)。

でも、その「ぶっ飛び過去世のカルマ」もしっかり今世で返させていただきました(と、思います)。

「つらい環境」に置かれているときは、
「大きなカルマが解消していく!」
と、思って、前向きにがんばりましょう!

「目の前に出てきている環境」を消し去ることはできません。
ここで、スピリチュアルな知識や考え方を駆使して、「愛の心」「感謝の心」をもって乗り切っていきましょう。
間違えても、カルマの上塗りだけは避けたいものです(来世が・・・)。



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2006年04月28日

◆アミ流簡単「生まれてから今までの反省方法」(3) 【アミの一口コラム 119】

こんにちは、アミです。

さて、前回の続きです。

◆アミ流簡単「生まれてから今までの反省方法」(3) 【アミの一口コラム 119】

〜 アミ流簡単「生まれてから今までの反省方法」 〜

生まれてから、親の養育を離れるまでの人生(学校に行っている間ぐらい)については・・・
→ 反省方法:「親への感謝探し」

※「親への感謝が見つけにくい人」は、とりあえず、「うれしかったこと」「うれしくなかったこと」全てをまず出す。そして、「親の気持ちや立場、生い立ちなどを想像、理解する作業」を付け加えながら、反省するとよい。


〜 アミの例 〜

「心のわだかまりの根っこ」は、「愛(特に両親との関係)」にあることが多いように思います。
ですから、「愛」について幼い頃から反省をしていくと、かなり心的には、すっきりとしていきます。

前回、あげた反省の方法(親への感謝探し)は、どちらかというと、「親に対してさほど不満がない場合」に行ったほうが自然かもしれません。

アミの場合は、悲しいことに「親への不満」がたくさんありました。
ですから、「親の子どもへの接し方、全てに感謝」といっても、うそっぽくなります。
そこで、アミは、「うれしいこと」も「うれしくないこと」も、まず、全て、吐き出すようにしました。

まず、「自分の人生」をいくつかに区切ります。
たとえば、私の「幼少時代」「小学校時代」「中学校時代」・・・「大学の時代」ぐらいまででしょうか・・・。

そして、各時代で、「うれしかったこと」も、「うれしくなかったこと」も、全て、思いつくことをどんどんあげていきます。


≪アミの幼少時代≫

本当は、もっとたくさんの項目が挙がりますが、ここでは省略します。

(1)事実を挙げる

母は、アミにたくさんの洋服やおもちゃを買ってくれました。
また、たくさんの写真を撮ってくれました。
アミが兄弟の中で一番物持ちでした。

母は、アミに手作りのおやつをいつも作ってくれました。
ドーナッツは、特においしかったです。
今でもあの味は、忘れません。

母は、毎日、ご飯を作ってくれました。
いつも、洗濯がゆきとどき、アイロンの利いた清潔な服を着せてくれました。

アミが
「幼稚園に行きたくない」
という度に、母は、そのわけをアミから聞き出し、担任の先生に掛け合ってくれました。
アミをいつも体をはって守っていました。

母は、アミに、とっても期待をかけていました。
アミを立派な子どもにしようと考え、いろいろ厳しいしつけをしました。
「我慢すること」「耐えること」をアミに教えました。

幼い頃、母はアミをとっても愛していました。

アミも、母を愛していました。
母が死んだらどうしようといつも不安でした。

etc.


(2)分析する(小学校時代などの反省も踏まえて)

母は、「物」や「保護」を与え、「我慢することの大切さ」をアミに教えた。
本当は、「そうではないもの」がアミは欲しかったのかもしれない。

でも、母は、母なりのやり方で精一杯アミを愛してくれた。
母は、自分が義理の母に育てられ、「つらい育ち方」しかしていなかったのだから、「人を本当に愛する」というのは、どういうことなのか知らなくても仕方がないこと。
「本当の愛」を受けて育っていないのに、母は、母なりに考えて、精一杯アミを愛してくれた。
母なりの精一杯の愛・・・。
「表現」はまずくても、そこには、「母なりの愛」がこもっていたのだ。

これでいいではないか。
もう、母を責めるのはよそう。

母が良いにつけ、悪いにつけ、「性格が形成される幼少期」にそのような育て方をしてくれなかったら、「今のアミ」はいないだろう。
もし、母が「まっとうな愛」をアミに注いでくれたら、アミは、「苦労なく、明るく、元気で幸せな人生」を歩んでいたかもしれない。

でも、アミは、「今の自分」が好き。
毎日、
「これでいいのか?」
なんて、悩みながらもがんばって生きている自分が好き。

「自分の人生」が好き。
人から見たら、「泥んこまみれのかっこ悪い人生」だけど、「時には人から喜ばれる例が引っ張り出せる自分の人生」が好き。

だから、母に幼少期、そのような育て方をされてよかったのだ。
これでよかったのだ・・・。

「苦労を通していろいろなことを学び、周りに返していけるような性格」
に育ててくれて、ありがとう。おかあさん。

お母さんが、厳しくアミを育ててくれたおかげで、社会人としていろいろなたくさんの方々と気持ちよく付き合っていけるよ。

今の「母の存在」がなければ、今のアミはなかった・・・。


というようにして、「反省」をしていきます。

「反省」といっても、「事実」を挙げ、それについて、「分析」「考察」をしているだけですが、結果的には「反省」になっているのではないだろうかと思います。

「過去の事実」を挙げ、「現在の自分の視点(過去とは比べ物にならないぐらいほど、いろいろな経験を積み、情報を得ている自分の視点)」からふり返ってみるのです。


◆編集後記◆

この後、まだ、本当は続くのですが、今回のシリーズは、けっこうマニアックかもしれません。
一般的ではなく、あまりニーズはないかもしれませんので、とりあえず、このシリーズはここで終わります。

「親の養育を離れてから」は、
「人をどれだけ愛したか」
「どれだけ人の立場に立った言動ができたか」
について、「反省」をされてみるといいでしょう。

ただ、本当に、この「幼いときからのふり返り」は、「心の垢」を落とすのに、最適です。
今、一歩、心磨きを進めようと思われる方は、「生まれてから今までの反省」をされてみてはいかがでしょうか。


〜 追伸 〜

ここ2、3日のブログのコメントにも、いろいろなことが盛り込まれています。
参考になると思います。
よかったら、読んでみてくださいね!



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2006年04月27日

◆アミ流簡単「生まれてから今までの反省方法」 【アミの一口コラム118】

こんにちは、アミです。

昨日は、

「八正道」にそって、生きる。
「八正道」にそって、1日を生きることができたかどうかについて、反省する。

という「心の垢の落とし方(反省の仕方)」をお話しました。

今日は、
「生まれてから今日に至るまでの反省の仕方の一例」
をお話します。

本当は、

☆ 正見(しょうけん):正しく見る。 我の意識を離れ、正しく物事を見る事。
☆ 正思(しょうし):正しく思う。正しく物事の道理を考える事。
☆ 正語(しょうご):正しく語る。真実のある正しい言葉を語る事。
☆ 正業(しょうごう):正しく働く。正しい行為。間違った行いをしない。
☆ 正命(しょうみょう):正しく生活する。正法に従って清浄な生活をする事。
☆ 正進(しょうしん):正しく人と調和する。正しく目的に向かって努力する事。
☆ 正念(しょうねん):正しい目的意識を持つ。 邪念を離れて正しい道を思念する事。
☆ 正定(しょうじょう):正しい反省と瞑想をする。正しく精神を集中して安定させる事。

の8項目について、それぞれ行うとよいのですが、修行僧ではありませんので、これはかなり難しいでしょう。

それで、
アミ流簡単「生まれてから今までの反省方法」
をお話ししようと思います。


◆アミ流簡単「生まれてから今までの反省方法」【アミの一口コラム118】

〜自分に合ったやり方で〜

「反省をすること」によって、「心の垢」を落とし、「心を磨いていくこと」が大切です。
そのための「反省の方法」として、いくつかあります。

a.自分が生まれてから、今までの気持ちや言動を順番にふり返っていく。
b.その時々で、いろいろな経験や体験を通して、自分の心をふり返っていく。

です。

それと、もう一つ付け加えます。
ちょっと、他力的にはなりますが、「初心者の方」や、「なかなか自分の心の奥底を見つめられない方」は、

c.自分の課題を(人を見る目がある)人に指摘してもらう。

というものです。
緊急を要する場合や、なかなか反省が進まない場合は、「c」のような方法もあると思います。

この中で、難易度をあげれば、
「a→b→c」
だと思います。

ご自分に合ったやり方でされたらいいと思います。

ただ、ある程度、自分の心の奥底を見つめたり反省をしたりできるようになれば、やはり、「a」は、お勧めです。


〜アミ流簡単「生まれてから今までの反省方法」〜

アミは、ある程度、八正道にそって反省をしていきましたが、たいへんな作業になるので、「八正道にそった反省」とは言えないと思いますが、結果的には「反省」につながっていくので、よろしかったら試してみてください。


(1)生まれてから、親の養育を離れるまでの人生(学校に行っている間ぐらい)

≪反省方法:「親への感謝探し」≫

※「親への感謝が見つけにくい人」は、「親の気持ちや立場、生い立ちなどを想像、理解する作業」を付け加えるとよい。

「物心ついて、記憶があるときから親の養育を離れるまでの間の人生」の中で、「親からしてもらったこと、言ってもらったことなど」を洗いざらい挙げていきます。
そして、見つけるたびに「ありがとうございます!」と、心の中で親に向かって「感謝の言葉」を心をこめて言います。

これを行っていると、

「今まで親に対して不平不満だらけだった自分」
「親への感謝のかけらもなかった自分」
「自分のことだけしか考えていなかった自分」
「生かされていたことに気が付かなかった自分」
「親の自分への秘められた愛」

等に気が付き始めます。

また、
「親に、感謝ができない???な自分」
に気が付きます。
そして、
「『親に感謝をするためには、どのように考えればいいのか?』についての模索」
が始まります。

※この「模索」は、また、別のアプローチが必要です。


≪反省の準備≫

a.瞑想(心身の調子のよいときに行ってください)
b.ノートに書いたりパソコンに打ち込みながら書いていく(「心のノート」などをつくる)。
c.寝転がったり、散歩したりしながら、ボーっとした状態で、ふり返っていく。
等。

ご自分に合った方法を選んでください。


≪瞑想による反省の方法≫

できれば、波動がいい「朝、午前中」がいいです(夜は波動が落ちています)。
でも、夜しかできない方も多いでしょう。
そのときは、瞑想をする前に、自分の波動をチェックしてください。
いい状態のときに行ってください。

お風呂に入り、体を清める。
(シャワーを浴びたり、湯船に使ったりしているときに、自分の心の汚れが流れ出し、洗い流される様子をイメージするとよい。)
食事は、あまり取りすぎないほうがいい。
消化の悪いものも避け、食後、すぐ行うことはやめる。

静かで、人が来なく、周りにあまりものが置いていない部屋で行う。
アロマなどをたいたり、静かな音楽をかけたりするのもよい。
胡坐などを組む。
背筋を伸ばす。
肩の力を抜き、体をリラックスさせる。

目を閉じ(半眼で)、深く「腹式呼吸で深呼吸」をする。
お腹のそこまで空気を入れる感じ。
汚れた空気(想い)を吐き出し、きれいな空気(想い)を吸うつもりで。
心が落ち着くまで何回も行う。

心が落ち着かない場合は、「自分の心が落ち着くお気に入りの風景」を思い浮かべる。

※映像だけでなく、音や匂いなどもイメージするとよい。
※お気に入りの風景例:「森の中」「静かな湖」「静かな波打ち際」「お花畑」等。

しばらく、その風景の中を散歩する。

心が落ち着いたら、「深い透き通った碧い海の底」に静かに沈んでいくようなイメージをもつ。
海底に静かにたどりついたことを確認する。

自分の頭のてっぺんから「光の太い柱」がど〜んと降りてくるのをイメージする。
「光が頭のてっぺんから下に向かって徐々に体の隅々にまでいきわたっていくこと」
をイメージする。
「足の指の先まで光がいきわたったこと」をイメージする。

その光を「胸か丹田の辺り」に集める。
そこから、体の外に向かって光を放射する。
光で体を包む。
「自分の体がきらきらと光り輝く様子」をイメージする。

「祈りの言葉」を言う。

「守護霊よ、どうぞ、私をあなたの温かな光でお守りください。
私は、今から、幼い○○時代の自分をふり返ります。
どうぞ、このふり返りが、自分の心の垢を落とすことにつながりますように、
よろしくお導きください。」

と。

そして、ふり返り始めます。

続く・・・。


◆編集後記◆

次回は、この続きをお話します。

a,b,cなどのいろいろな方法がありますが、やはり、「瞑想(瞑想に近い状態)を行う」のが一番効果的だと思います。

なるべく、「顕在意識が働かないようにすること」です。
瞑想状態が深くなると、「潜在意識」が活発になり始めます。
「潜在意識」を活用する方が反省が効果的に進みます。

また、この方法は、「毎日の反省」にも使えます。
アミは、この方法で、毎日、反省をしていました。

「1日の汚れはその日のうちにとる」
ことです。

「毎日、お風呂に入って体の汚れを落とす」
のと同じように、
「毎日、瞑想し、反省して心の汚れを落とす」
と、考えられたらいいと思います。

毎日、心の汚れを落とす(落とそうと努力する人)と、そうでない人とを比べたら、長い年月に渡れば、その「心磨き度の開き」はいかほどになるか想像がつくと思います。
毎日ではなくても、「時々」でも、しないよりしたほうがずっといいと思います。

「毎日、こつこつと反省し、心の垢を落としていくこと」
もお勧めです。



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2006年04月26日

◆アミ流「生まれてから今までの反省の方法」(2) 【アミの一口コラム 117】

こんにちは、アミです。

今、家庭訪問で子ども達の家庭を訪問させてもらっています。
昨日、主人と夕飯をしながら、次のようなことを話しました。

≪アミ≫
数年ぶりに、家庭訪問に行ったけど、なんか、全然違う感覚がしたよ。
以前と同じように家にお邪魔して、座って話しているだけなんだけど・・・。
確かに、今までも、家庭の様子や保護者の方と話していると、いろいろな情報が伝わってきたけど、今回は、なんか、違うんだよね・・・。

≪主人≫
どんな風に?

≪アミ≫
う〜ん、うまく言葉にできないんだけど・・・。
保護者の方と話していると、以前に比べて、もっと深いところまで(言葉としてではなく感覚として)私の胸にストレートにいろいろな情報が届いてくるのよ。
そこの家自体の感情?家族の感情?みたいなものが、感覚として届く感じ。
音声にはならないんだけど、心の奥底で、「もう一人の私」と「もう一人の保護者」が話しているような感じ。

≪主人≫
ふ〜ん。

≪アミ≫
どうしてかしら?
私自身は、メルマガ・ブログを書き始めた影響が大きいような気がするんだけど・・・。

≪主人≫
そうかもね。
きっと、メルマガ・ブログを書いたり読んだりしながら、たくさんの方々の生き方を学んだり、相談にのったりすることで、文章の中だけど「たくさんの人生」をアミが生きたことになっているからじゃない?
そうすることで、ものの見方や考え方が深まったのかもしれないね・・・。

≪アミ≫
そうね。
「人の話」や「文学作品」などに触れると、たくさんの人生を生きることになるんだね。
やっぱり、ストーリーというのは大切だよね。


◆ アミ流「生まれてから今までの反省の方法」(2) 【アミの一口コラム 117】

昨日は、「生まれてから今までの反省をする効果」について述べました。

今日は、この続きです。


〜 反省がうまくいったら、どんな感じになる? 〜

自分が今現在、対面している課題(問題)が反省によって解決されたときの感情は、

問題が解決して、
「すっきりした」
「明るい気持ちになれた」
「前向きに生きれるようになった」
「心が穏やかになった」

などでしょうか・・・。

でも、「生まれてから今までの反省」というのは、「課題を解決する」というより、「心の垢を落とす」といった感じになります。

反省によって「心の垢」が落ちると、心の奥底から温かくなってきて、胸が熱くなります。
涙がとめどなく流れ落ちます。
「悔悟の涙」というのでしょうか。

アミも、何回かそのような経験をしました。

それを繰り返していくと、「心の垢」がだんだん取れてきます。

「悔悟の涙」は出なくても、少しでも「心の垢」が落ちると、そのとき、感情が動きます。
感じてみてください。


〜 「八正道」についての簡単な説明 〜

説は、いくらかあるようです。
とりあえず、一例をお示しします。
詳しくは、インターネットなどでお調べください。

釈迦の教えは、「縁起」「四諦」「八正道」から成り立っています。
 
「縁起(えんぎ)」というのは、「物事がお互いに関係しあっている」という意味です。
また、釈迦は、人生は苦である。その苦の根本的な原因としは、
○「無明(むみょう、無知、迷い)」である為に迷うこと。
○迷う為に物事に対して「愛(愛憎の念)」をもち、それに対して「取(執着)」し、執着する事で苦しむ。
と考えました。

「四諦」「八正道」でこの「無明から抜け出す方法」を説いています。

「四諦(したい)」というのは、
「苦という人生の本質、苦の原因、原因の消滅、苦の原因を取り除く方法」
です。
≪四諦の種類≫
苦諦(くたい) :苦に関する真理。人生とは本質的に苦であると説いています。
集諦(じったい):原因に関する真理。人生が苦である事の原因を明らかにしている
滅諦(めったい):原因の消滅に関する真理。苦の原因である煩悩(ぼんのう)の消滅が苦の消滅です。
道諦(どうたい):道=実践(方法)に関する真理。苦の原因を取り除く方法を説いています

≪八正道(はっしょうどう)≫
「道諦」をさらに詳しく説いた八つの正しい道(方法)です。

「良悪」「白黒」「現実や理想」といった、極端な両極を離れた「中道」、つまり「バランス感覚が大切である」と釈迦は説いています。
この「中道の人格完成のための実践方法」が「八正道」なのです。
この8つの規範に当てはめて毎日を生活することが、大切で、釈迦は、これ以下でもこれ以上あってもいけないと、説かれています。

☆正見(しょうけん):正しく見る。 我の意識を離れ、正しく物事を見る事。
 
☆正思(しょうし):正しく思う。正しく物事の道理を考える事。
 
☆正語(しょうご):正しく語る。真実のある正しい言葉を語る事。
 
☆正業(しょうごう):正しく働く。正しい行為。間違った行いをしない。
 
☆正命(しょうみょう):正しく生活する。正法に従って清浄な生活をする事。
 
☆正進(しょうしん):正しく人と調和する。正しく目的に向かって努力する事。
 
☆正念(しょうねん):正しい目的意識を持つ。 邪念を離れて正しい道を思念する事。
 
☆正定(しょうじょう):正しい反省と瞑想をする。正しく精神を集中して安定させる事。

「正見」「正思」「正語」はこれらの中でも最も大切な基本事項です。


◆編集後記◆

「中道の人格完成のための実践方法」が「八正道」です。
この8つの規範に当てはめて毎日を生活することが、大切で、これ以下でもこれ以上あってもいけないと、釈迦は説いています。

ですから、まずは、この
「8つの規範にそって、毎日、生活をする努力をすること」
です。
そして、
「そのような生活ができたかを、1つ1つの項目について、夜寝る前にふり返る」
とよいでしょう。

どうしても、「課題が出てきたときにふり返るだけ」だと、自分が課題だと思わなければそのままになり、なおざりにされます。
でも、このような8つの規範にそって生活し、それについて反省をする習慣をつけておくと、バランスよく心が磨かれます。

さて、もう一つの反省の方法が、
「幼いときから『八正道』にそって生きてこれたかどうかをふり返る方法」
です。

ただ、「八正道」は、細かいので、「幼い頃から」になると、全部について行うのは難しいでしょう。

そこで、アミが行った「簡単反省方法」を次回、お知らせします。
あくまでも自己流ですが、参考になればうれしいです。



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2006年04月25日

◆落ちのない反省の仕方 【アミの一口コラム 116】

こんにちは、アミです。

メールのこと、本当にすみません。

本当は、もっと、メルマガ・ブログをがんばりたいと思っています。
時間さえあれば、できるのですが・・・。
「仕事をやめられたときは、次のようなことをやってみたいなぁ」
と、思います。


〜 アミの夢 〜

ア.メルマガ・コメントを確実に、毎日アップする。
イ.分類をきちんと整理する。
ウ.ホームページを充実させる。
・参考文献、引用文献をしっかりいれ、かっちりした記事も書く。
・読者の方々の年齢、仕事、環境などにあわせて記事を書く。
  ・「お勧め本コーナー」をつくり、目的別に分けて、紹介する。
  ・「光の言葉集」を作る。
  ・「ちょっと、ストイックにがんばりたい人向けの心磨きコーナー」を作る。
  ・「悩み相談コーナー」を作る。
エ.自分自身が、本をもっと読み、瞑想、反省、人との付き合いを広げ、自分を磨く。


〜 現実は・・・ 〜

学校に勤めている限りは、ほとんど、難しい・・・かな(苦笑)。
せめて、ア、イはがんばりたいと思います。

がんばりますので、どうぞ、今後とも、応援、よろしくお願いします。


◆落ちのない反省の仕方 【アミの一口コラム 116】

バランス(2) 【アミの一口コラム 114】で、
次のような内容を書きました。

「心の磨き方」には、大きく分けて、モデル的に示せば、3つあると思います。
ア.「人や自分のよい面を見る(人は本来善であると考える)」「人や環境に感謝する」という方向で全て(ほとんど、おおよそ)のことを考える。
イ.「自分の至らなさ」を反省して、心の垢を取り去っていく。
ウ. ア、イの併用型

「イ.『自分の至らなさ』を反省して、心の垢を取り去っていく考え方」については、
a.自分が生まれてから、今までの気持ちや言動を順番にふり返っていく。
b.その時々で、いろいろな経験や体験を通して、自分の心をふり返っていく。
などの方法があります。

ということをお話しました。

さて、今日は、

「a.自分が生まれてから、今までの気持ちや言動を順番にふり返っていく。」
の反省の方法について、お話します。

これは、「お勧めのやり方」です。

ちょっと、専門的になるかな・・・。
でも、参考までにお聞きくださいね。
やってみれそうでしたら、ぜひ、お試し下さいね。


〜 アミと主人との会話 〜

≪アミ≫
おとうさん、この前、私、メルマガ・ブログに「自分が生まれてから、今までの気持ちや言動を順番にふり返っていく反省の方法」を書いたでしょう。
おとうさんは、いつ、どんなやり方でしてた?
私は、離婚してからだけど、本を見ながら「八正道」にそって反省をしたよ。

≪主人≫
ぼくも、八正道にそってしたな。僕は、小学校の5年生のときだよ。小学校のクラスの担任の○○先生が教えてくれたんだ。

≪アミ≫
ふ〜ん。やっぱり、おとうさんも、八正道にそってしたの・・・。
やっぱり、それが、一番、落ち(反省のやり残し、偏り)がないよね。

≪主人≫
うん、そうだね。でも、普通、一般の人には、「八正道???」って感じじゃないかな。

≪アミ≫
でも、その場その場で反省するのも大事だけど、本当は、この「自分が生まれてから・・・」を一緒に並行して行うと、より効果的だよね。
その場、その場で課題が出てきたときに行うのは、基本だけど、「自分が生まれてから・・・」をすると、根っこの部分に気がつくよね。

≪主人≫
確かにそうだけど・・・。でも、仏教の修行をするわけではないし・・・。

≪アミ≫
でも、そんなに本格的にしなくても、自分なりにアレンジして、できるところからやっていったらいいかもしれないね。

≪主人≫
うん。そうだね。とりあえず、紹介をしたらどう?

≪アミ≫
うん。そうしよう。


〜 八正道について 〜

ホント、「変わり者夫婦の会話」ですよね・・・(苦笑)。
アミ夫婦の間では、このようなやり取りがごく日常的に行われています。
アミ夫婦は、特別な宗教は、何ももってはいません。
しいて言えば、「神は、人間の心の中にいる」という考え方です。
でも、宗教を全面的に否定しているわけではありません。
「よいところ、学べるところ」もたくさんあります。
ですから、アミ自身、「これはいいなぁ」と思う部分は、取り入れています。

「八正道」は、仏教の考え方を取り入れたものです。
その道のプロではありませんので、あくまでも自己流、アミ流にアレンジして行いました。
「八正道」というのは、仏教を勉強されたことがある方は、みなさん、ご存知かと思います。興味のある方は、インターネットで調べてみてください。

アミ自身は、「八正道」を「反省をするときに、落ちのないようにていねいしていくための指標」のように考えて、行いました。
本格的に修行をされている方からすれば、邪道かもしれませんが、アミは素人なので、自分なりにアレンジして、挑戦していました。

この記事を書くにあたって、「八正道」の考え方をヒントにして、だれでも、行いやすいやり方をアミなりに考えました。
もし、よろしければ、参考にしてやってみていただければうれしいです。


〜 アミ流「生まれてから今までの反省の方法」(1) 〜

(1)この方法で反省をする効果

「この反省の方法を行うと、今、現実にある問題(課題)をすぐ、解決!」
というわけではありません。
でも、昔から修行僧がされていたということは、やはりそれなりに意味があることで、「心磨き」にとっては、有効に働くと思います(実際に、自己流であっても、アミも主人も、それなりに行ってよかったと思っています)。

特に、「大きな問題(課題)」というのは、今に始まった問題(課題)ではなく、
「長い人生で(或いは過去世から)育まれてきた心の傾向性」
「なかなか取れない服(心)のシミ」
であることが多いです。
そのような性質をもつものは、今の考え方、行い方をぱっと変えて、ぱっと解決できるものではないことが多いです。
でも、「過去世から反省」というわけにはいかないので、
「生まれて物心ついてから(記憶に残っている頃から)の自分の思いや言動をふり返る」
わけです。
即効性はないのですが、「的確な反省」ができると、根本的なところから、変わっていけます。
また、変われなくても、自分のこれから先の人生の見通しがもてたり、曇りが取れて心がピュアになったり、明るくなったりします(これが「本来の意味での明るさ」だと思います)。
そして、潜在意識(守護霊)のメッセージが聞き取りやすくなり、真善美、愛にそった判断がよりできやすくなります。また、いろいろいな意味で、危険から守っていただけるようになります。

わかりやすくするために、単純にイメージ図で表します。
「心」を二重構造と考えてみてください。

【壁に心の垢がたくさんついている場合】←クリックしてください。

【反省によって、壁の心の垢がとれている場合】←クリックしてください。

※ 紫色までが、「心」を表しています(リンク先の「心の構造モデル」を参照してください)。
一番外の薄青色は、現実、実際に本人がとる言動です。
周りの黒や灰色系の○は、マイナスの想念などです。
黄色は、プラスの想念、守護霊からのメッセージなどです。

一番中心には、潜在意識(守護霊)があり、その外には、顕在意識があります。潜在意識を守るものとして、潜在意識と顕在意識の間に薄い壁のようなものがあります。
この壁のようなものがとても薄かったり、一部破れていたりする人が「霊的敏感体質の方」「霊能者」です。

この壁のような部分に心の垢(マイナスの想い:恨み、憎しみ、悲しみ、怒り、嫉妬など)がたまっていると、せっかく潜在意識(守護霊)が、メッセージを発していても、心の垢が邪魔をして、顕在意識まで届きません。

ところが、反省(生まれてから今までの自分の反省)をして、壁の中の心の垢をある程度落としておくと、壁がクリアーになったぶんだけ、潜在意識(守護霊)のメッセージが顕在意識まで届きやすくなります。
その声が、顕在意識まで届きますので、判断がより「真善美」「愛」にそったものになります。
その結果、行動も「真善美」「愛」にそったものになり、また、自分を守護霊が危険から守ってくれることにもなります。

要は、「反省」というのは、「自分を責める」とかいう類のものではなく、単なる「心のクリーニング」なのです。

※ この図やここの説明は、まだ、不十分だと思います。
時間があれば、もっと、研究をした上でお示ししたかったのですが・・・。
とりあえず、おおよそのイメージとしてとらえていただければと思います。
「顕在意識」「潜在意識」についての説明は省かせていただいています。
ここでは、「心理学的」というより、「感覚的なとらえ」で書いています。詳しくは、インターネットなどで調べていただければと思います。


(2)反省がうまくいったら、どんな感じになる?

については、次回、お伝えします。


◆編集後記◆

このメルマガ・ブログも、個人的に、アミが好きで、楽しくて書いていることなのに・・・。
前回の記事で、いろいろ私のぶっちゃけ話を書いたものですから、みなさんにいろいろご心配をおかけしてすみません(でも、皆さんの温かいメッセージが心にしみました。勇気づけられました。ありがとうございました。)

メールのご相談をされる方は、みなさん、真剣に悩んでおられ、それをお断りするのがあまりにも申し訳なくて、アミの現状を正直に書いてご理解いただくしかないと考え、書きました。

アミは、やはり、記事には一般的なことを書いていますので、自分に当てはめたときに、当然、ずれが出てくると思います。
そのような時は、どうぞ、コメント欄にご質問と言う形で書いていただければ・・・と、思います。

また、どうしても、自分の力で解決ができないことがあれば(課題が大きくなればなるほど、長期になればなるほど、自力で解決が困難な場合もけっこうあります)、遠慮されずに、ブログの適当なところに、ご相談内容を書いてください。ちょっと見方を変えるだけで、解決の方向へ向かうことは、よくあります。何年間も解決できず、悶々として生きるより、勇気を出してご相談ください。
限られた情報を基にして、コメント欄に書ける程度ですので、十分な答えにはならないと思いますが、何かの参考にでもしていただければと思います。

今後、もしかしたら、コメント欄に書かれたご相談内容について
「メルマガ・ブログの記事に取り上げさせていただいてよろしいですか?」
と、ご相談するかもしれません。
そのときは、コメント欄でとどめてほしいときは、その旨を、遠慮なくおしゃってください(時期もありますので)。

記事に取り上げると、詳しくアミが分析します。
また、読者の方々も、問題を具体的にイメージしやすく、学びが深まると思うので、もし、ご協力いただければうれしいです。
取り上げるときは、そのまま内容をお出しするときもあるかもしれませんし、その内容をもとにして、アミが別にストーリーを作ってお示しする場合もあります。
ただ、アミが勝手に記事に取り上げることはしません。必ずご相談をしますので、ご安心ください。

できるところまでは、
「コメント欄に対するお返事は、第2ブログとしての位置づけ」
で大切にしていきたいと思います。
どうぞ、ふるって書き込みください。

また、コメント欄もじっくり読んでいただければうれしいです。

あっ、それと、コメント欄には、「正直に、そのまんま」書いてくださって、けっこうですよ。気負わないでくださいね。
「成功談」「気付き」「考えたこと」でもけっこうですし、「失敗談」「悩み」「不安」「心配」なども、大いに結構です。
けっこう、「失敗談」「格好悪い話」も、皆さんの参考にとってもなるのです。
「おも〜い内容」も、大歓迎です。
もともと、アミのメルマガ・ブログは量も、内容も、「おも〜い系」だと思いますので、ご遠慮なく。
メルマガ・ブログは顔も見えません。
恥をかいても、だれも、指差して笑う人はいません。
アミのメルマガ・ブログの読者の皆さんは、心ある優しい方ばかりです。なぐさめ、励ましはしても、人を馬鹿にする方などはおられませんので、ご安心ください。
アミのように、堂々と、「失敗談」や「恥かき話」も書いて下さいね!

皆さんのおかげで、体調もなんとか元に戻りつつあります。
コメントやメールへのお返事も、少しずつ書いていきます。

アミは、今、6年生の学年主任をしています。
昨日、アミが「体調が悪い・・・。」というようなことを同僚達に話していたら、みんな口々に「私も!」「僕も!」と、言っておりました(はぁ〜・・・!苦笑)。
同学年の先生も
「土曜日からおなかの調子がずっと悪いんです。別に悪いものを食べたわけでもないのに・・・。」
と、暗い顔をされていました。

新学期は、たいへんですが、やはり、年々、「たいへん度」が増していく感じがします。
親も子どもも疲れている感じです。
もちろん、教師も・・・。

今の子どもの姿は、未来の日本の姿です。
未来がとても不安です。

でも、アミは、元気にがんばっていきたいと思います!
みなさん、一緒にがんばりましょうね!



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2006年04月22日

◆アミの特技? 【アミの一口コラム 115】

こんにちは、アミです。


「今回の話がどう、前回と関連しているのか?」
と、思われる方も多々あると思いますが、アミの心の中ではつながっているような気がするので、どうぞ、お許しください。

???と、感じながらも読んでいただけたらと思います(ヘンな前置きになってごめんなさい)。

アミも、結論がどうなるのか自分でも分からないのですが、とりあえず、直感?に従って、書き始めてみます。


◆アミの特技? 【アミの一口コラム 115】


〜 「流行や問題」を人よりちょっと前に感じるアミ 〜

アミは、おしゃれや流行に敏感なわけではありません。

でも、なぜか、幼いときから、世間で流行?問題?になるちょっと前に、
「自分自身がその流行や問題を感じる」
ということが多々ありました。
そして、流行や問題は、「アミが感じたときと同じぐらいのとき」か、「その後を追うようにして」大きくなってくるということがよくありました。


〜 「自然環境」「公害問題」について小学校の頃、悩んだアミ 〜

例えば、アミは、「公害の町のさきがけと言われるような町」に生まれました。
アミは、(おそらく公害のために)小児喘息にかかっていました。

そして、アミが小学生の頃、父の転勤で「新しい工場ができたばかりの地方」に引越しました。
そこは、
「アミの父達の大きな工場」と、「魚の豊かな港」「フルーツの実る自然豊かな環境」が混在していました。

「アミ達、団地族の子ども達」は、ことあるごとに、「漁業を営む家や農業を営む家の子ども達」から、

「あんた達が来たせいで、魚が獲れんようになった!」
「あんた達の工場の煙で空気や水が汚れて、果物の実りが悪くなった!」
「あんた達の工場の煙で、じいちゃんが喘息になった!」

などと、責められていました。

「公害問題」が日本でも大きくなり始めたときでした。
アミは、幼いながらも、父と一緒に「工場のことや自然のこと」について、話し合いました。
「自然って大切。でも、人が生きていくためには、どうしたらいいんだろう・・・。」
等と考え、幼い頃から、「自然環境保全と人間の生き方」に興味をもつことになりました。


〜 アトピー問題で悩んだアミ 〜

アミは、生まれたときからアトピーがひどかったので、幼い頃から、

「アトピーってどうしてなるんだろう」
「アトピーって、なぜ、病院に行ってもなかなか治らないんだろう」
「体にいい食べ物って何だろう?」

と、よく自問自答しました。

そして、「アトピー改善」に向けての努力が始まることになります。
昔のことです。その頃はアトピーは、まだ珍しかったので、アミの考えや努力など、周りの人には理解されませんでした。もちろん、参考になる本などもそんなに出ていませんでした。
でも、自分なりにあれこれ考え、試しました。

やがて、成人し、結婚し、妊娠しました。

アミは、子どもをアトピーにしないように、妊娠当初から、食べ物に気をつけました。
その頃は、まだ、そのような考えは世の中に普及していませんでした。
でも、アミには
「食べ物に気をつけることが大切」
というのは、体験を通して分かっていました。
だから、周りからどんなに白い目で見られようと、
肉、卵、乳製品、精白された塩や砂糖等はとらないようにしました。
米と野菜中心の食事に1人、黙々と取り組んでいました。
周りが
「お腹の子どものためには、栄養をつけないと・・・。」
と言って心配をしてくれるのですが、我が子の為にと、一切受け入れませんでした。
そして、出産後、1年間、きれいな母乳を飲ませ続けました(ちなみに、おっぱいのケアにも、1年間、片道1時間かけて助産婦さんのもとに通いつめました)。
おかげで、娘は、二十歳を過ぎていますが、伝染病には全くかかったことはなく、ほとんど病気らしい病気もせず、アトピーもほとんど出なくて済みました。

アミは、まだ、世間には関連する本もほとんど出ていなかったときから、「アトピー問題」「自然治癒力」「食」について考えざるを得ない環境に置かれ、それらについて感じ、考え、実践することになりました。


〜 流行に敏感?なアミ 〜

とりとめもないことですが、昔はやった「ミニスカート」「ホットパンツ」「ディスコ」(年がばれますね)なども、地方にいたにもかかわらず、特別におしゃれでもなかったのにもかかわらず、なぜか、「はやりだす、ちょっと前」に始めていました(遊んでいた?)。

10年以上前でしょうか・・・。
「悪魔のイラストがついたTシャツ」や「悪魔グッズ」が世の中に出始めたとき、アミは、

「ああ、魔の力がどんどん強くなる(反対に光の力も強くなるだろう)。
これから、世の中は、二極化していくだろう!」

と、思いました。

というようなわけで、アミはなぜか、特別な能力があるわけではないのですが、世の中で流行になったり、問題がクローズアップされる前に、なんとなく、それを周りの人よりは、ちょっと早めに感じるところがありました。

「時代の雰囲気、流れを感じる」というのでしょうか・・・。


〜 何を言いたいの?アミさん! 〜

今までお話したことは、(人は言ってくれないので・・・)アミの特技??のコマーシャルということにしておきましょう。

このように、

「世間よりちょっと前に何かを感じるアミという変わり者の人間が、これから先、『かなり日本にも大きな変化が起きることを感じる』ので、みなさん、心磨きをしっかりしていきましょう」

ということを、言いたかったのかもしれません。

「変化に対応していくためには、確かに『お金』『もの』『助っ人になる人』なども必要でしょう。
でも、一番、守ってくれる(或いは、死後もスムーズに元いた天国に帰れる)ためには、『自分の心を磨いておくこと』が一番大切ですよ。」

ということを言いたかったのです。


〜 心を磨くとは? 〜

「スピリチュアルな知識を身につけ、活用できるようにする」
「困難や課題が目の前にあるとき、真・善・美、愛にそって考え、解決していくこと」
「いつも、前向きに考え、明るく、元気に、にこやかに、感謝して生きていくこと」

は、大切ですし、「心磨きの方法」でもあるでしょう。

ただ、私は、基本的には、

「『自分の至らなさ』を反省して、心の垢を取り去っていく考え方

は、常に心がけておかなければならない」


と、思います。

「心の垢」をとること、これが、「この世、あの世の運命の分かれ目」になるのではないかと思います。


◆編集後記◆


〜「明るい」とは?〜

よく、反省をすると、「暗くなる」「落ち込む」と言う言葉を聞きます。
「心が明るくなくなる」と言うことでしょうか・・・。

では、「明るい」というのは、どういう意味でしょうか?

いつも、ニコニコしていて、さっぱりしてこだわらないこと?
暗い話などをせずに、ジョークを連発すること?
心が暗くなったり、落ち込んだりせずに、常に明るく、ポジティブに考えること?
いつも、感謝、感謝で、自分は幸せ!って、思えること?

「笑顔」「感謝」「ユーモア」「ポジティブな考え」などは、とっても大切です。
アミも、そのようにも心がけています。

ただ、アミがたくさんの方々を拝見していて思うのは、

「自分はこれでいい」
「自分は幸せだ」
「いつも、笑顔いっぱい」

という方々の中に、「オーラが暗い方」もけっこうおられるということです。

つまり、

「いくら、『自分はこれでいい』『これで満足だ』と、考えていても、本人が気付かない(気付こうとしない)心の闇(課題)を抱えている場合は、けっこうある」

「解決されない課題がそのまま残っており、心の片隅に闇をつくっているから、オーラが暗くなる」

のです。

アミが考える「本当の(理想の)明るさ」とは、

「『光の子』としての自信をもち、大きな課題が解決され、心の曇りがとれ、使命感をもって生きている人がかもし出す雰囲気」

だと思います。

一言で言えば、「心がピュア」と言うことでしょうか・・・。

マザー・テレサの映画では、(演技をする人、オリビアのとらえだと思いますが)マザーには、けっこう悲壮感が漂っていました。

でも、「実録映画の生のマザー」は、
「どんなに大変なときにも、ユーモアを忘れず、明るい人」
という印象でした。

アミは、その生のマザーの姿を見て、

「ああ、『真の明るさ』というのは、こういうことを言うんだなあ」

と、思いました。


〜自信と勇気をもって〜

「心の闇の部分(課題)は、やはり、避けて通れない解決していかなければならない部分」

です。

「今世」で解決できなければ、「あの世」「来世」に持ち越されます。

ですから、やはり、どんなにつらくても、落ち込むかもしれなくても、「明るい部分」を見つめると同時に、

「自分の心の闇(課題)の部分も見つめ、課題を解決していくこと」

が大切だと思います。

「心の闇」と言えば、おどろおどろしいように思えますが、言葉を変えれば、「自分の課題」です。

「自分の課題」を見つめ、それを分析・修正していけばいいだけです。

怖がることも、傷つくこともありません。
みんな、だれでも「課題」はもっているのです。
誰もが、課題をもっているから、それを解決して心を磨くために、この世に生まれてきたのです。

課題がないなら、この世に生まれてこないのです。

人間は、「神の子」「光の子」です。

もともとは、「光輝く存在」から生まれ出てきたのです。
私達の本当の親は、「光、愛の存在」です。

そんなすごい親の子どもなのですから、私達人間は、自信をもっていいのです。
「自信をもって、自分の課題は課題として見つめ、分析し、修正すればいい」
のです。

確かに、

「○○ができる」
「○○が得意」
「自分は親から愛されている」
「周りの人から愛されている」

と、いったことも大きな自信につながります。

でも、
「○○ができなくても」
「親や周りの人から愛されていなくても」

「大いなる光の子どもであるという紛れもない事実、光の子としてのあなたの存在そのもの」が、「自信」なのです。

「時代の緊張感」が高まっています。

自分を守るのは、「自分の心」です。

勇気をもって、謙虚になって、自分を「光の子」と信じ、自信をもって、課題を見つめ、心磨きをしていきましょう。



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2006年04月20日

◆バランス(2) 【アミの一口コラム 114】

こんにちは、アミです。

こちらは、ものすごい風です。
まさしく「春の嵐」です。
庭のマリーゴールドの花も風で引きちぎれていました。
皆さんの住んでおられるところはいかがですか?

昨日の続きを書きます。


◆バランス(2) 【アミの一口コラム 114】


〜昨日、お話したこと〜


「心の磨き方」には、大きく分けて、モデル的に示せば、3つあると思います。

ア.「人や自分のよい面を見る(人は本来善であると考える)」「人や環境に感謝する」という方向で全て(ほとんど、おおよそ)のことを考える。

イ.「自分の至らなさ」を反省して、心の垢を取り去っていく。

ウ. ア、イの併用型

アミは、「ウ」です。
見た目は、若干、「イ」が強いかもしれません。
でも、根本的には、強烈な「ア」とも言えます。

アミは、
「『ア』『イ』の両方のバランスがとれてこそ、心磨きは進むもの」
と思っています。

ということを、昨日お話しました。


〜「イ.『自分の至らなさ』を反省して、心の垢を取り去っていく」考え方について〜


今日は、
「イ.『自分の至らなさ』を反省して、心の垢を取り去っていく。」
ことについて、お話します。

一般的には、「反省」と言うのでしょうか・・・。

これには、2通りあると思います。

a.自分が生まれてから、今までの気持ちや言動を順番にふり返っていく。

b.その時々で、いろいろな経験や体験を通して、自分の心をふり返っていく。

です。

アミは、2つとも行っています。


「a」は時間がかかります。

「a」の考え方は、「生まれてから今までの自分を少しずつチェックしていく」
というものです。
アミは、「瞑想」をしながら行いました。

この「a」の反省は、「落ちがかなり防げる」と思います。
一度、されてみる価値はあります。

ただし、「瞑想」は、心の波動がある程度、安定していないとしないほうがいいです。
「波長同通の法則」で、低い波長のブラックさん(波長の低い、霊的存在)に憑依されてしまう危険性があるからです。

でも、瞑想をしなくても、
「静かに自分を見つめ、ふり返る時間や場所を確保してする」
といいでしょう。
また、
「ノートなどに、日記のようにつけてみる」
のもいいでしょう。

「b」は、アミがよく言っている「困難から学ぶ」ということです。

「自分が出会った困難」から、「自分の課題」を見つけ、それを改善することです。
この「b」の考え方、やり方は、霊的に見てそんなに危険はないのではないかと思います。

この「イ」の考え方は大切です。

自分の課題を知り、それを克服していくためには、「積極的反省」が必要です。
「反省して落ち込む」のではなく、「反省して課題を解決し、立ち上がっていく」のです。


〜「イ」の考え方のはまりやすい、3つの落とし穴の例〜


安全で、心磨きの効果の高い「イ」の考え方ですが、こだわり過ぎると、落とし穴にはまります。

次に落とし穴の例を3つ挙げます。


(1)自己嫌悪感を増す場合がある


この考え方のみにはまることは、「心が不安定、心に傷を負っている方」には、ちょっと、厳しいです。

そういう方の思考は、どうしても、「マイナス思考に傾いていること」が多いです。
「反省」というのは、「自分の悪いところ見付け」を行うのではなく、
「困難に陥っている状況をできるだけ客観的に分析し、(誰にでもある)自分の課題を見つけ、それを改善する」
ことなのです。
でも、「心が不安定な状況にある方」が、このような反省ばかりをすると、「自分をだめな人間、だめな存在なんだ」と、とらえ、ますます落ち込んでしまうという、ジレンマに陥ってしまいます。
ですから、心が弱気になっているときは、あまり、このやり方のみにとらわれない方がいいかもしれません。

もうちょっと、明るい方を見る、「ア」のやり方を併用されるといいでしょう。


(2)セルフイメージが低くなり、自信がもてなくなる場合がある


もう一つのこの考え方のみにとらわれるとはまる「落とし穴」は、

「自分のセルフイメージが低くなり、自分に自信をもてなくなる場合がある」

ということです。

徹底的に反省するなら、その一方で、
「人みな神の子、光の子」という考え方をしっかりもち、「人間(自分)」をどこかで、温かで、肯定的な目で見ることが大切です。


(3)批判魔になる場合がある(一種の過渡期かも)


自分の心を徹底的に分析すし出すと、人を見る目も、厳しくなってきます。
特に、反省を始めた最初のうちは、この傾向が強く出るようです。
ある意味、「心を見る目」が備わってきた証拠でもあるのですが・・・。

アミも、一昔前、そんなことがありました。
まあ、次から次にと、人のよくない面が見え、つい、口に出して批判をしてしまうのです。
しかも、痛烈な批判です。
さすがに相手には言いませんでした。
愚痴の一つとして、主人に話していました。

いつも、批判ばかりしている自分が嫌なのですが、「もう、とまらない」と言う感じなのです。

でも、それも、年月がたつと、影を潜めてきました。
自然に批判が少なくなってきました。
今は、あるとしたら「分析」かな・・・。
それと、
「そういうこともあるよね」
「時期もあるよね」
などの「受け止める姿勢?」
でしょうか・・・。


◆編集後記◆


この「イ」の「反省」という考え方は、霊的に見て危険性は少ないので、「心磨き」をされ始めたばかりの方には、お勧めです。

でも、ここで大切なのは、

「自分の精神状態を考え、反省だけに偏らないで、『ア』の考え方も併用し、前向きに考えるようにすること」

「反省の基準となる『正しいスピリチュアルな考え方・知識』を勉強し、それらをもっていること」

です。

追伸:

ブログのぽちっをありがとうございます。
おかげ様で、ブログランキングが10位になりました!

できるところまで、がんばって書いていきたいと思います。
アミの記事でも何か役に立つのであらば、1人でも多くの方に読んでいただけたら、本望です。

どうぞ、今後とも応援よろしくお願いします。



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2006年04月19日

◆バランス 【アミの一口コラム 113】

こんにちは、アミです。

ほんとうは、「親子の心の磨き方講座(2)」を書く予定でしたが、急に予定変更して、他のテーマで書かせてくださいね。

以前から、書きたかったことです。
でも、
「うまく表現をしないと、誤解を受けるかなぁ」
と、ためらっていて、今まで、書く勇気がありませんでした。

でも、
「もうそろそろ書かないといけないのかなぁ」
と、いう感じがします。
時が熟したというのでしょうか・・・。
「みなさんに受け入れてもらえるかなぁ」と、思えるようになったというのでしょうか・・・。

この前文を読まれて、皆さん、
「どんな衝撃的な内容が書かれるのだろう?」
と、期待をもたれるかもしれませんね。
でも、ごめんなさい。
いたって普通っぽいことです。

あくまでも、アミの一個人的意見と思って読んでください。
けっして、自分の意見を押し付けるつもりはありません。
参考までにしていただければと思います。


◆バランス 【アミの一口コラム 113】

〜 アミの「心磨き」に対する考え 〜

「心の磨き方」には、大きく分けて、モデル的に示せば、3つあると思います。

ア.「人や自分のよい面を見る(人は本来善であると考える)」
  「人や環境に感謝する」という方向で全て(ほとんど、おおよそ)のことを考える。


イ.「自分の至らなさ」を反省して、心の垢を取り去っていく。

ウ.ア、イの併用型

アミは、「ウ」です。
見た目は、若干、「イ」が強いかもしれません。
でも、根本的には、強烈な「ア」とも言えます。

アミは、
「『ア』『イ』の両方のバランスがとれてこそ、心磨きは進むもの」
と思っています。

※最初の前文で、ここに書くのは、あくまでもアミの一個人の意見といいましたが、本当は、この意見を述べる裏には、アミ自身のたくさんの経験や学びがあります。本当は、具体的に言うと、分かりやすいのですが、あまり具体的に言うと、いろいろな方や団体への批判と受け取られそうなので、ここでは控えます。直感だけで述べているのではないことをご理解いただけたらうれしいです。
次に述べることは、あくまでも、一事例です。実際には、挙げた事例の裏には、たくさんの事例をアミはもっています。


〜 ア.「人や自分のよい面を見る」「人や環境に感謝する」という方向で全て(ほとんど、おおよそ)のことを考えるについて 〜


昔、アミは、この教えを説いている宗教団体(そんなに変な団体ではありません。開祖はすばらしい方のようにお見受けします)の書籍などを読み、信者さん達のお話もたくさん聴きました。

いつも、「自分や人のよい面を見る」「全てのことに感謝」と、言われていました。

確かに、この2つは、とても大切な気持ちの持ち方だと思います。

私も、自分が接するクラスの子ども達や大人の方々の「よい面」を必ず見つけます。そして、伝えます。人からは、「アミさんは、いつもいいところを言ってくださるから勇気付けられる」と、言っていただくこともよくあります。

「全てのことに感謝」も、アミの根本思想の一つです。

ただ、この2つのみにはまってしまうと、どうしても、「自分を客観的に見つめられなくなる傾向」が強くなるようです。

人だけでなく、自分のよい面しか、目に入りにくくなり、「自分の課題」や「自分が回りの方々に???と、実際に思われていること」に気付きにくい面があるようです。
また、「人の課題を見つめる習慣」がないので、やはり、「人を生かす立場」になると、「よい面を見て、感謝するだけ」ではなかなか厳しいところがあるようです。

人は、生まれてくる前に、
「自分の課題を決め、それを解決するために、この世に修行に出てきている」
ということは、真実だと思います。

ですから、「自分の課題」を深く見つめる習慣がないというのは、やはり、課題解決をするためには、厳しい部分があるのではないかと思います。

具体的には、こんな感じです。

「○○さん、いつも、感謝、感謝といっているし、自分は幸せ!って、言っているよね。
 でも、○○さん、いつも、私たちとお昼ごはんを食べるとき、他の人の話をよく聴かないで、自分ばっかりしゃべっているよね。
 あれって、いつも、○○さんが言ってる『愛』なのかしら・・・?
 ○○さんは、『自分は幸せ』と言っているけど、聴いているみんなは、幸せな感じがしないよね。
 みんな、人がいいから、黙って聞いているけど、実際には引くよね・・・(苦笑)。
 でも、○○さん、みんなが本当は嫌がっていることに気が付いていないみたい・・・。
 言ってあげたいけれど、○○さん、『絶対に自分が正しい』って思っているから、受け入れてもらえないよね・・・。」

この「ア」の考えにはまる方は、自分にけっこう自信がある方が多いようです・・・。

決して、「ア」の考え方がよくないと言っているのではありません。

この
「よさを見つめ、感謝あるのみの考えが強くても、OK!」
の「心の段階」というのは、あるように思います。

それは、「自分の心の反省行」「大きな課題解決」がほとんど終わり、「自分の心の垢がほぼ取れたとき」です。

霊的真実は「光のみありき」なのかもしれません。
ですから、この考え方はけっして間違ってはいないというより、正しい、真実のようにも思えます。

ただ、この考えを活用するためには、ある程度、「心磨き」が進んでからの方がいいように思います。
「この考えにはまると、人や自分の課題を客観視できにくいから」
です。

すばらしい考え方なのですが、「この考えのみでいく」というのは、簡単なように見えて、けっこう、危険性がある「上級者向けの考え方」のように思います。



◆編集後記◆


次回、イとウについて、書きます。

途中でいろいろシリーズが入り乱れてすみません。
直感で書き綴るアミのスタンスをお許しください。

「ブログの応援のポチッ」をありがとうございます!

本当は、
「地道にこつこつぼちぼちと自分のペースで書いていけばいいかな・・・」と、考えていましたが、そうもいかないような気がしています。

アミも、がんばれるところまでがんばります。
どうぞ、今後も、応援よろしくお願いします。


追伸:

教育現場に帰って思います。

「子どもの姿」を通して、「大人の疲れ」が感じられます。
大人たちは、「いろいろな面で余裕がありそうな感じ」があまりしません。
みんな、
「経済的?肉体的?精神的?に苦しくても、精一杯生きているって感じ」
です。
スピリチュアルなことを知らなくても、「現実の苦しい体験や経験」の中から、たくさんのことを皆さん、学ばれているのだと思います。

私は、直接、「大人の方々の学び」をお手伝いすることはできませんが、せめて、目の前にいる子ども達に「先を見通した温かく、厳しい愛」を注いでいきたいと思います。

クラスの中にも、???と、見える子どももいます。
でも、???な言動をしながらも、精一杯生きています。
その子は、「???の言動をせざるをえない環境」に生まれているのです。
その子なりに精一杯なのです。

この前も、クラスの子ども達に話しました。

「みんなの中に???と、思う人がいるかもしれない。
 例えば、いつも、忘れ物をしてくる人。
 忘れ物をすることは、よくないよね。だから、忘れ物をよくする人は、もう高学年なんだから、自分で用意できるものは用意する努力はしないといけないよね。忘れ物をしたら、人にも迷惑をかけるよね。

 でも、周りの人は、『あいつ、いつも、忘れ物ばかりしてだらしがないやつ!』と、決め付けたり、いじめたりしてはいけないよ。
 忘れ物をそこまでいつもするには、する理由があるのよ。
 人には人の事情があるの・・・。
 みんな、忘れ物をよくする人のお家の事情とか知っている?
 もちろん、お家の事情とかは、尋ねてはいけないよ。
 でも、事情は確かにあるのよ。

 それを知りもしないで、忘れ物をするのは、悪いことで、それをする人間はよくないなんて、決め付けるのはおかしいでしょう。
 想像してみて。もう、高学年なのだから、「人の気持ち」とか、「人の事情」とか、想像できるでしょう。
 人の思いや立場を想像できない人は、本当には、人には優しくできないよ。

 先生、いつも、『心が大切』と言っているけど、人の気持ちを想像して、人の立場に立って、考えられることが、人に優しくすることでもあるのよ。

 忘れ物をよくするからっていって、その人の全人格まで否定するような言動をとってはいけないよ。」

と。

明るく、元気に生きている(ように見える)子どもにも、暗く沈んでいる子どもにも、私は公平に愛を注いでいかないといけないと、いつも自分の心に言い聞かせています。



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2006年01月02日

◆今年はどうなる?【アミの一口コラム 84】

みなさん、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


メルマガ・ブログにもたくさんの方が集ってくださり、心温まる、充実した交流が生まれ、アミもとっても嬉しいです!
これも、メルマガ・ブログの読者の皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます。

また、いつもていねいなコメントを書いてくださる皆様、ありがとう!
とっても励まされ、また、次の記事を書くときの参考になります。
この記事は、自分のためにも書いていますが、「読者の方々のお役に少しでも立てればいいなあ」と思って書いています。ですから、「読者の方々の思いや願い、ニーズ」を受け止めながら、書いていきたいと思います。そのためにも、「コメント」は大切にしています。

今年も、またまたアミは忙しくなりそうですが、何とか時間のやりくりをして書いていきたいと思います。
急用や仕事で、アップの間が空いたり、コメントのお返事が遅くなったりしてご迷惑をおかけするかもしれません。また、「メール問合せ」は受け付けていますが、どうしてもお返事が遅くなります。アミが書く順番としては、「メルマガ・ブログの記事のアップ」 → 「コメントのお返事」 → 「メール問合せのお返事」の順番となります。「お返事を急がなかったり、個人的にという場合」はどうぞご利用下さい。
極力皆さんにご迷惑がかからないようにしていきたいとは思います。


◆今年はどうなる?【アミの一口コラム 84】◆

『アミの予想(推測)』です(「予言」ではありません)。

これから、世の中と世の人々の間で、ますます「浄化」が早まると思います。
地球も限界がきています。

「正直に誠実に生きてきた人々」は、がんばってきた分だけの「成果や成功」を手にすることができるでしょう。

でも、お金持ちであっても、頭がよくても、「真善美」にかなわない「不実な心」で生きてきた人々は、それなりの「報い」を受けることでしょう。

皆さん、次のような情景をイメージしてみてください。

「あなたは、地面にかがみこんでいます。そのあなたの体の上に、何枚もの白いベールがかかっています。この一人一人の人の体にかかっている何枚ものベールが、見えない手で次々に剥がされます。そして、強い太陽のサーチライトを浴びて『自分の姿』が照らし出されます。『真善美』にかなった美しい部分が現れたとき、あなたは太陽のサーチライトの中でますます輝くでしょう。『真善美』にかなわない醜い部分が現れたときは、その部分をさらけ出したままでは太陽の光が強すぎて生きていくことができません。醜い部分を改善するか、太陽の光を避けるために暗いところに1人で非難するしかないのです。」

それが、「今の時代」です。

ベールを剥がされるのは、人だけではありません。
役所、企業、国レベル、地球レベルでも起こります(自分を守るのは、「自分の心」です)。

「正直者は馬鹿を見ない」
のです。
「正直に真善美の心にそって生きてきた人」は、ベールを剥がされるほどに、今まで磨いてきた「心の光」が輝き出していくことでしょう。
一方、「たくさんの『真善美』にかなわない言動を取ってきた人」は、その姿がそのまま太陽の下に浮き上がってくることでしょう。

今からの生き方には、ごまかしが効きません。
全て、今までしてきたことが白日の下にさらされます。
一人一人の覚悟が必要です。

ただ・・・。
「ベールを剥がされても大丈夫!私の心はピカピカ!言動に自信あり!」
なんていう人は、めったにいません。
アミも、全く自信はありません。

ベールを剥がされて、
「ありゃあ〜!しまった〜!」
ということになれば、それを改善すればいいのです。

どんどん改善していくのです。

せっかく、太陽がサーチライトを当てて、「自分の課題」を照らし出してくれるのです。
気がついたところから、感謝しながら、どんどん改善していきましょう。

なぜ、このように「浄化」が行われ、早まっているのか・・・?
おそらく何かの理由があるのでしょう。
アミには、本当の理由は分かりません。

ただ、目の前にある環境から読み取ると、守護霊、宇宙の大霊は
「急いで心を磨けよ!」
と言っていることが分かります。

今の時代でなければ、もっとのんびりと、ゆっくりペースで人生を楽しみながら、心を磨いてもよいのです。

でも、「今の時代」は違います。
「特別な時代」です。
この時代をわざわざ選んで生まれてきた私達は、真剣に生きなければ、死んでから後悔しそうな気がしてなりません。
アミは、そう考え、そのように生きています。

アミは、みなさんに自分の考えを押し付けるつもりは毛頭ありません。
でも、アミがここに書く言葉は、アミの心の奥底から湧いて出てくるものです。
「皆さんにお伝えしたい!お伝えしなければ!」
という思いに駆られて書いています。


◆編集後記◆


「真善美」にそった考え方をし、行動をし、「心を磨き」をして、決して損なことはありません。

アミは、自分としては、いつも「心磨き」をしているつもりです。
「頑張って、一生懸命に人生を生きている」つもりです。

でも、いつも「ガンバリズム」ではありません。
「遊び大すき」「食べるの大すき」「おしゃべり大すき」「パーティー大すき」「未知のものを探検するの大すき」「冗談大すき」
です。
私の家族等、私の事をよく知る人は、私ほど「遊び好きはいない」と言われます。

毎日、ヨレヨレになるぐらい頑張っていますが、仕事は順調で、教育界にもある程度は貢献していると思います。おかげで回りからの評価に押され、ステップアップもしています。

夫婦や家族関係、その他人間関係も順調です。
回りの方はとてもよくしてくださいます。

「することいっぱい」で、毎日ヨレヨレにはなっていますが、アミの回りは天国的だと思います。

なぜか?

それは、
「守護霊(潜在意識)の力を借りながら、真善美の方向へ自分が伸びていけるように、努力したから」
です。

頑張って心を磨いてくると、どんどん直感が高まり、回りが自分を高める方向へ高める方向へと動き出します。環境がどんどん変化していきます。そのとき、エゴを出さずに、苦しくても踏ん張って努力して、課題をクリアーすると、ますます高まります。その繰り返しです。

気がつくと、「マイナスからの出発だったアミの人生」は、大きくプラスに転じていました。今は、お世話になった神様や世の中の方々への恩返し人生を歩んでいます。

今、世の中は、「真面目」「頑張る」「必死で」等の言葉を疎んじる傾向があります。
でも、アミは今までの経験から言って、そのような言葉を使うか使わないかは別にして、やはり
「世の中、頑張った分しかない」
と思います。

神様は、「真面目なこと」「必死で頑張ること」を「善し」とされていると思います。

基本路線は、
「真面目に、必死で生きること」
だと、思っています。

後は、そのときそのときの状況で多少、アレンジをすればいいと思います。

アミの場合は、今年の目標は、
「真面目に、必死で生きること」は基本ですが、その他・・・

《仕事》 −キーワード「段取り力」−

○前もって準備をし、余裕をもって仕事をすること
○アンテナを高く、広くしかかげ、情報を入れ、インプットすること
○こだわり過ぎず、仕事を段取りよく、手際よく片付けていくこと
○自腹切ってでも勉強にお金をかけること
○人前に立つために、見た目にも上から下まで磨き上げること
○苦手なことに対して引かないで、積極的にアタックすること
○記憶力、表現力などを高めること

《生活》 −キーワード「コミュニケーション力」−

○人とのコミュニケーションを積極的にとること
○バランスのよい生活をすること
○両親との関係を楽しむこと
○娘をしっかり手放すこと
○夫婦の絆をより強固にすること
○自然を大切にし、いとおしみ、感謝すること
○どんなに忙しくても、「遊ぶ」こと
○気の利いたジョークが言えるようになること

《心磨き》 −キーワード「感謝」−

○苦手なタイプの人をよく観察した上で、よい人間関係を築けるように自分自身が努力すること
○いろいろな人の立場に立って考え、理解しようと努力すること
○自分が気がつかない感謝のネタを見つけ出し、しっかり感謝すること
○どんなに忙しくても、メルマガ・ブログはぼちぼちでも書き続けていくこと

ぐらいでしょうか。
皆さんは、どのような目標を立てられましたか?
目標は、抽象的なものではなくて、達成できたかどうか評価できるように、ある程度、具体的なほうがいいです。
このように書いてみると、目標が意識化されていいですよ。
そして、できれば目に見えるところに書いたものを張っておくとか、時々、達成度をチェックしてみるとかすることが大切です。




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posted by 女教師アミ at 07:34| Comment(25) | TrackBack(2) | ブログへの想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月24日

◆たくさんのありがとう

こんにちは。アミです。

24日の夜、旅行から帰ってきました。

本当は、クリスマスイブですので、いろいろな想いを書きたかったのですが・・・。

今日は、私の想いを短い言葉にして、皆さんへのクリスマスイブの感謝のプレゼントにさせていただきたいと思います。


◆たくさんのありがとう◆

私の想いを聞いてくれなくてありがとう!
私は、おかげで「受け入れる愛の大切さ」を知りました。
そして、「あなたが本当はたくさん私を愛していてくれたこと」を知りました。

私に悲しい想いをさせてくれてありがとう!
私は、おかげで「つらい立場の人の気持ち」を知りました。
そして、「あなたが本当は悪気がなかったこと」を知りました。

たくさんの「苦しみ」や「悲しみ」をありがとう!
この経験が、「いたらぬ自分」を振り返らせ、改善、進歩させてくれました。
これらの経験がなければ、「今の私」はなかったことでしょう。

何百人、何千人の方々、潜在意識(守護霊)よ、ありがとう!

今まで、いろいろな迷惑をかけてきたのに・・・。

私の気がつかないところで・・・
私のことを心配してくれて、ありがとう!
私に励ましてくれて、ありがとう!
私を応援してくれて、ありがとう!
私の小さな成功を喜んでくれて、ありがとう!

今の小さな成功は、私一人の努力だけではありえませんでした。
自分がよく知っています。

「もし、イエス様が生きていらっしゃったら・・・。
きっと、『愛』を語り、『愛』を実践しなさい。
といわれるのではないかしら・・・。」

私は、そう考えました。

だから、私も、生まれてから今まで、何百人、何千人の方々からいただいた「愛」を、今から少しずつ、世の中へお返ししていきたいと思います。

「小さな愛の実践」ですが、神様は「心のこもった実践」ならば喜んでくださるかもしれません。
posted by 女教師アミ at 23:45| Comment(6) | TrackBack(0) | ブログへの想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月06日

◆霊的人生観をもち、スピリチュアルな視点から見ることの大切さ 【アミの一口コラム 65】

こんにちは。アミです。

昨日のメルマガ・ブログでは、
「心を磨くこと」の大切さについてお話しました。

「心を磨くこと」は、やはり「自分の心を磨く」ということだけでなく、
「子どもを大切にし、家族を大切にし、日本を大切にし、世界を大切にするという愛の行為」につながります。

というようなことをお話しました。

このように、
「物事を一つの方向、自分の立場だけ」から見るのではなく、「いろいろな角度から見ていく」と、より自分の考えが鮮明になったり、幅広いものの見方ができるようになります。

「自分の心を見つめる作業」には、
「自分がどうしようもなく譲れない部分、譲りたくない部分、変えたくない部分」
を譲ったり、変えたり、修正したりしないといけないような作業が出てきます。

特に、自分が「かたくなに持ってきたもの」であればあるほど、修正する作業は大変です。

そのとき、その作業を楽にするのが、
「自分の置かれている状況をできるだけ客観的に見る」
ということです。

「客観的に見る」とは、

○心の中のもう一人の「善なる自分」が、「現実の自分」を見ているという視点。
○「自分の立場だけから見ていた」物事を、「あらゆる立場、角度から見る」という視点。
○「霊的な真実に照らし合わせて見る」という視点。

等の視点をもって、もう一度、今まで「自分の立場だけから見ていた物事」を見つめなおすことです。

つまり、

「霊的人生観をもち、スピリチュアルな視点から見る」

ということです。

「人生の苦労の宝庫みたいなアミ」は、御多分に洩れず、「学校社会」の中でも、幼い頃から今まで、多くの苦労をしながら生き抜いてきました。

また、「教育現場」に立たされたときも、「苦しい生活の中を懸命に生きている子どもたちが多い学校」から、「経済的にも環境的にも恵まれた子どもたちが行く学校」にまで、行きました。そして、今は、少し、間を置いて、広い視点から学校の様子を見れる立場にいます。

と、いうような過去をもつアミです。

守秘義務等がありますので、詳しく具体的なことは言えません。

ただ、「同じ教育現場といっても、違うんだなぁ」ということをなんとなく感じていただければいいかなと思います。


◆霊的人生観をもち、スピリチュアルな視点から見ることの大切さ 【アミの一口コラム 65】◆

《アミとA子と、B子の会話》

※ A子は、都会に住んでいる。B子は、アミと同じところに住んでいる。
 と、します。

〜学校、教師にもいろいろ〜

A子 : アミさんの住んでいるところは、いいねえ。
先生たち、とても熱心みたいね。

アミ : うん、そうね。いろいろな先生たちいるけど、けっこう、うちの市の先生たちは、とても真面目で熱心な先生が多いよ。
「全国を回っている何人かの大学の先生方が、○○市の先生方は、みなさん、とても熱心ですね。」と、言われていたよ。実際に、先生方は、自分のクラスの子どもたちの苦しい状況をなんとかしようと、研修を受けに来られているのがよくわかるよ。取り組みも、すごく前向きだもの。現場でも、子ども達のために、一生懸命に仕事をしている姿を見ることが多いよ。

A子 : でも、うちのところ(都会)では、先生方、けっこう、サラリーマン型の先生が多いみたい。5時になったら、「ハイそれまで」って感じだし、親身に子どものことを考えてくれない人が多いみたい。

B子 : そうよ。アミさん、ここでも進学塾に通っている熱心な家庭の親の中には、「先生には、期待していない」って、言う人も多いわよ。

アミ : そうね。確かに、うちの市内の先生方も、みんながみんな、熱心というわけにはいかないものね。

全国を回っている大学の先生が言われていたけど、日本全国を回っていると、やはり、地域によって、教育事情もかなり違うと言っておられたよ。
○○の地域は、もう、学校が荒れ放題になっているっていっていたよ。その具体的な話をいろいろ聞いて、私も研修に参加されていた先生方も「本当にそんなことあるの?」と、驚いていたよ。
かと思うと、地方の○○県は、とても落ち着いているって。先生方も子どもも保護者も、とても落ち着いて生活しているって、言われていたよ。不登校の子どもも、少ないって言われていた。あまりにもの「落ち着いた状態」に、これまた、私も参加者も「へえ〜、そんなに落ち着いている県が、あるんだ・・・。」と、驚いたのよ。

A子 : 一口に「教育」「先生」と言っても、いろいろあるんだね。

アミ : でもね、アミの目から見ると、苦しんでいる先生たち、けっこうおられるよ。

「子どもや親を(意識していなくても)傷つけてきた先生」は、今、反動のように、「クラスが荒れて窮地に立たされている人」が多いよ。
反対に、「子どもや親を大切にしてきた先生」は、周りのクラスや学校の中がどんなに荒れても、自分のクラスは、最初は少々大変でもやがて収まり、充実した学級経営をし続けているよ。他の先生のフォローに入っている人もいるよ。

B子 : 先生は先生としていいけど、じゃあ、「自分の子どもが弱い立場にある子どもやその保護者の方々」で「先生から理解されなかった子どもや親」は、どうなるの?

アミ : 「子どものことを理解できなくても、理解しようと努力し、子ども一人一人のよさを認め、引き出すのが教育者」だと思うよ。
子ども一人一人に必ず、「よさ」があるんだから。
そこは、基本だと思う。アミもそうしてきたつもりだよ。
でも、「知識」は、何とか入れられても、「心を変える」というのは、すぐには、難しい面があるみたい・・・。

アミの見てきた範囲の中では、「理解のない先生に出会ったとき」でも、やはり、お父さんやお母さんが、お子さんのよさを引き出し、しっかり支えてあげ続ければ、その子は、その子なりにりっぱに成長していっているよ。

先生の影響は大きいけれど、やっぱり「親の愛」にはかなわないもの。お父さんやお母さんがしっかり、子どもを愛し、理解し、支えていけば、子どもは大丈夫だよ。ちゃんと育つよ。
  
実際にアミの弟もそうだった・・・。

アミの弟は、精神的に傷つきやすかったの。
そんな弟が、進学高校に入って、「(アミから見たら)冷たい先生」に当たってしまったの。
弟は、理解されず、不登校になって大荒れに荒れたの。
家族中が苦しんだよ。
父は海外出張で、アミは大学で家におらず、母と妹は、高校生になった弟と共に格闘したの。
まだ、そのときは、「不登校」という言葉は、使われておらず、「登校拒否」という言葉で表現されていた。今でこそ、理解されてきているけれど、その当時は、「登校できないあなたが悪い」という感じだった。
アミから見れば、その先生にも、「心の面」で、多分に問題はあったとは思うけど・・・。
アミは、家にいなかったので、時々、母の話を聞いてあげることぐらいしかできなかった(でも、アミも他人事とは思えなかった。アミも、もう少し、心がデリケートだったら、きっと、不登校になっていただろうと思う)。
でも、母は、高校生の弟を抱え、病院のカウンセラーの先生に援助してもらいながら、一人で乗り越えた(妹はいたけど、まだ、そのときは幼かったので、おそらく頼りにならなかったはず)。
  
学校の先生は、全く頼りにならなかった・・・。
というより、頼られても、
「どう弟に対応していいのか」
がわからなかったかも・・・。
「心の力」的に無理だったのかもしれないね・・・。

母は、一人で闘った。
母は、がんばったと思う。
母自身、かなり心にいろいろな問題を抱えてはいたけど、母は、やっぱり「母親」だった。

何年間もかかったけど、弟は、立ち直り、今は自立し、立派に仕事もしているよ。

心理学的にだけじゃなくて、スピリチュアルな面から見ると、「不登校になった理由」は、いろいろあると思う。それはそれで意味のあることだったんだと、今は思える。でも、苦しんでいるその当時の私達家族の気持ちからすれば、やはり、「冷たい担任の先生」を恨みたくもなるよね。
もともと、「学校嫌いのアミ」だったから、ますます「学校不信」に陥ったよ。

でも、時が経過し、「精神世界」の勉強をし、今、冷静になって振り返ると、
「すべてのことに意味があったんだ」って、今は思えるよ。

母も、当時は、すごく「担任の先生」を恨んでいた。確かに、その先生の言葉や態度がきっかけで、弟は学校に行けなくなったんだものね。恨むなっていうほうが無理だよね。

でも、今、母は、時々言うよ。
「○○(弟)は、あの大変な事件に出会い、それを乗り越えたから、今、人に優しい思いやりのある子に成長した。あれがなければ、ここまでは、これなかったかもしれない。」
って。

私もそう思う。

アミは、弟のことも含め、
「なぜ、自分はこんなに人がしないような苦労ばかりするんだ。なぜ、心優しい弟があんな目にあわないといけないんだ。」
って、自問自答し続けた。

自問自答してもわからなかったので、
「アミが苦労ばかりする原因」
を探ったの。
心理学、哲学、宗教、精神世界、自己実現、etc.
いろいろ勉強しまくった。
何年間も・・・。
失敗を繰り返しながら・・・。

そして、行き着いた結論が

「全ては必然、必要、ベスト」

「『人生で起きる問題』は、自分が決めてきたり、自分が引き寄せたりした『自分の魂を磨くためのもの』に過ぎないんだ。その問題自体が、不幸なことでも、幸せなことでもないんだ。」

「目の前の事実をあるがままを受け入れ、乗り越えていく」

「どんなにひどい人でも、状況でも、自分を生かし、自分を鍛えてくれる人(もの)に感謝する」

「感謝が自分への愛につながる」

と。

スピリチュアル的に見れば、

「弟を不登校に追いやった先生」も、自分が人生で計画して準備してきた人なんだって。自分を窮地に陥れ、自分の魂の足腰を鍛え、心を磨く機会をあたえるために、自分が生まれる前にお願いした「意地悪役の人」なんだって。

自分の課題も、「自分が乗り越えられる範囲」でしか、決めないんだって。
つまり、「大きな苦労や課題を背負っている人」は、それだけ、「魂の足腰が強い人」なんだって。
 
アミは、いろいろ求め、考えてきて、その結論に納得できた。

そうすると、「自分の心」から、人を恨んだり、人のせいにしたりする気持ちがすっと消えて、自分の心自体がとても楽になったよ。

「ああ、あの時、アミをいじめたあの人は、アミに・・・なことを気付かせる役目だったんだ。」

「ああ、あの事件は、どう考えてもアミは悪くないと思ったけど、それは、アミに・・・・な力を付けさせるためのものだったんだ。だって、あの事件がなかったら、今のアミはなかったもの・・・。」

と、次から次にと、「今まで起きてきた数々の事件の意味」が解けてきたの。

今は、いえ、今からずっと、少々どんなことが起きても、きっと、「必然、必要、ベスト」と、思え、「環境や人のせい」にせず(客観的見れば、環境や人のせいであっても)、「自分の問題集」の「問題」として解いていけるなぁって、思うよ。

 
◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――

思わず、一気に書いてしまいました・・・。

「弟のこと」は、書くつもりはありませんでした。
が、パソコンを打ち始めると、書いていました。

弟のこと、実話です。

本当に、「霊的人生観」に納得できると、人は「深い幸せ感を味わうパスポート」を手にした状態になります。

そして、さらに「心磨き」が進みます。

もう、お読みになった方もおられるかもしれませんが、皆さん、よろしかったら「飯田史彦さんの『ソウルメイト』」を読んでみられませんか。

アミの「超おススメ!」です。

ただ、とても人気で、売り切れが続出しているようなので、地方の方は、ネットで頼んだほうがいいかもしれません。
都会なら置いてあるかもしれませんが、アミの住んでいる地域の本屋には、置いていませんでした。



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2005年11月05日

◆大人は自ら変われる 【アミの一口コラム 64】

こんにちは。アミです。

アミのメルマガ・ブログを読んでくださっている方々の中には、「お子さんをお持ちの方」も多くおられることでしょう。
また、将来そうなるであろう「お若い方」も。
また、「お孫さんのおられる方」も。
お子さんも、お孫さんもおられなくても、「ご近所に子ども達がおられる方」も。

今日は、シリーズは、ちょっとお休みして(ちょっと関連しているかな)、「教育」から見た「心磨きの大切さ」について書いてみます。


◆大人は自ら変われる 【アミの一口コラム 64】◆

〜「心がすさんでいる子ども」が増え続けている〜

アミは、教師生活ウン十年を送ってきました。
振り返ると、年々、「子ども」と「子どもを取り巻く家庭」「社会の状況」は大変になっていくばかりです。

「家庭、社会の状況」が大変になったというより、「人」です。

「人の心」が大変になってきたのです。

最近の教育現場を見ていると、やはり、「子ども達が大変な状態」にある状況をよく見たり、聞いたりします。
「心(こころ)的」にも、「学力的」にも、「体力的」にも。
具体的には記述しませんが、驚くような状態が現場では起き続けています。

特に、「心」がとても気になります。
子どもなのに、表情が暗く、オーラがすすけて黒ずんでいる感じの子どもが多いのが気になります。

「本当の愛に飢えている子ども」が多いのが気になります。


〜 「心のすさんでいる子ども」が増え続けている原因は? 〜

原因は、大きく言えば「社会」にもあると思います。
「政治の貧困」も、大きな原因のひとつだと思います。
「教育」にもあります。

でも、もっと小さな単位に落とすと、やはり、
「家庭」です。

同じ「日本社会」「地域社会」「教育環境」の中に育っても、「心まっすぐに育つ子ども」もいれば、かなり「苦しい状況のまま育つ子ども」もいます。
「この違いは?」
と、考えると、やはり、「家庭」なのです。

つまり、「家庭」を構成している「人」つまり「親」なのです。
もっと、細かく言えば、「親の心」です。

家庭にいるお父さんやお母さんの「心」「考え方」がしっかりしている家庭の子どもは、少々、環境が悪くても、順調に育っていくことが多いようです。
反対に、ご両親の「心の状態」がいい状態でないと、子どもも「善くない状態」で育ってしまう傾向があるようです。

「子どもが危ない」「心が危ない」という危機意識は、行政も政治家も、もっており、何とか解決しようとがんばっているようです。
でも、行政や政治だけに任せておくのではなく、気が付いた人から、一人ひとりが努力していく(自分の持ち場を固めていく)ことが、遠回りのように見えますが、早く、確実なように思います。


〜 大人なら変われる 〜

未来の日本を担う大切な子ども達。

その子ども達を育てる「親」が、或いは親になるであろう「若い人達」が、孫の世話をする「おじいちゃん、おばあちゃん」が、また、子ども達を支える「ご近所の大人」が、しっかりしていなければ、「子ども達」、ひいては「明るい日本の未来」もないでしょう。

「子どもに本当の意味での愛を与え、子どもを教育できる大人」が必要だと思います。

子どもでも、「生き方(考え方)」を変えれる子は、変えれます。
でも、苦しい状況に放り出され、その渦中にいる子ども自身に「変われ」と言っても、かなり無理な場合があるのも事実です。
また、「自分を見つめ、自分の考え方を変える」というのは、まだ、年齢的に無理な場合もあります。

でも、大人でしたらできます。
「思考力」もあり、「経験」もあるからです。
大人なら、「やろう!」という「意識と覚悟」さえあれば、できます。

私の個人的な感覚でいうと、個人差はあると思いますが、早い場合は、小学校高学年頃ぐらいから、50歳前後ぐらいまでは、「思考力」「分析力」「心の柔軟性」があり、「変わりやすい」と、思います。

50歳以降は、うまくいけば・・・
「今まで培ってきたものを円熟させていく時期」。

うまくいかない場合は・・・
「かたくなになって自分の考えや生き方に固執する時期(子どもに帰っていく時期)」
になるのでは、と思います。

もうひとつの50歳以降のパターンは
「円熟させつつ、自分も進歩発展をさせ続ける時期」(←アミの理想)
です。このパターンであれば、「一生、自己変革し続けられる」と思います。

ということで、大人でしたら、自分がその気になれば、変容していくこと、自己変革(心を「真善美の方向」に向けて、磨いていくこと)が可能だということなのです。

遠回りのように、思われるかもしれないのですが、
「大人が自分自身の心をより善い方向へもっていくこと」
が、ひいては、子どもの心身を健やかに育て、日本や地球の波動を高め、天国的な世界にすることにつながるのではないかなと思います。


◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――

今の日本(世界)の状況は、スピリチュアル的に見ると、「暗闇」と「光」が入り混じった、混沌とした状態です。
一人一人の心の「光」を強くし、「暗闇」の場所をなくしていくことが必要です。

教育現場は、「悲惨な状態」が進みつつあるように思います。
教師も、親も、子どもも「疲弊しきっている姿」を多々見受けます。

世の中のひずみは、最終的には、「一番弱い立場の子ども」に大きく出てくるのではないかと思います。子どもは、ある意味、「うまくいかない世の中の犠牲者」でもあるのかもしれません。

「心を磨く」ことは、人がもって生まれた「魂修行の課題」であるわけですが、私達、一人一人のがんばりが、夫婦関係をよくし、親子関係をよくし、友達関係、近所関係をよくすることにつながり、ひいては、日本全体、世界全体をよくしていくことにまでつながっていきます。

すべては、一人一人の「心」が出発点です。

「大人の心磨き」は、「自分の魂修行の課題」を果たすだけでなく、「ぴかぴかの心の子ども達の育成」にもつながっていきます。
子どもは、大人の言うことに耳を傾けないことはあっても、「大人の後ろ姿」は真似します。

大人が、子どもに「真善美にかなった心の持ち方、考え方」を、「自らの姿」で示すと、子どもはそれを見て、真似します。そして、より善い方向へ歩むことができます。

「大人一人ひとりが心を磨くこと」が、自分にとって役立つだけでなく、「現在の子ども達、未来の大人達のため」に、ひいては、「日本や世界、地球のために役立つこと」にもつながります。もちろん「自分のため」にも・・・。

話は、大きく広がりましたが、アミは、そう思います。
「『一人ひとりが心を磨くこと』は、いろいろな意味でとても価値のあること」
だと、アミは思います。

今日は、「声にならない(特に弱い立場にいる)子どもの声」をアミが代弁してみました。


〜 追伸 〜

ここでアミが書いたことは、「一人の教師として思うこと」と、「アミ自身、母親として反省の意味も込めて」書いたものです。

「世の中のお父さん、お母さん、がんばれ!」
というエールを送りたいと思います。



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posted by 女教師アミ at 15:41| Comment(8) | TrackBack(0) | ブログへの想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月29日

◆スピリチュアル世界の未来のために 【クローズアップ 波動 5】

こんにちは。
アミです。

最初にお礼を申し上げます。

いつも応援していただいて、感謝していますが、ここ何日かたくさんの方々にランキングで「ぽちっ」と押していただいているようです。

本当にうれしいです!!

今、アミの書いている「波動シリーズ」はそんなにおもしろかったり、おかしかったりするものではないと思います。
けっこう「マジメ系」です。

書きながら、
「皆さん、引かないかな〜?」
などと考えたりもします。

でも、これらのことは、アミ(夫婦)が、昔から、とても言いたかったことの1つです。
それを評価していただいて、本当にうれしいです。

眠気と戦いながら(?)書いた甲斐がありました(^.^)。


◆スピリチュアル世界の未来のために 【クローズアップ 波動 5】◆

〜アミの「スピリチュアルな世界」への想い〜

今まで書いてきた「波動シリーズ」を読まれて、読者の皆さんは、どんな感想をもたれましたか?

「アミは、スピリチュアル系のブログに登録しているくせに、『スピリチュアル世界』を否定しようとしているのか?」

と、疑問に思われた方も、ひょっとしたらおられるかもしれませんね。

アミの答えは
「ノー!!」
です。

アミは、「スピリチュアルな世界」をとても大切に思っています。

〜「スピリチュアルな世界を探求する(心を磨く)大切さ」を伝え、広げていくために〜

今、世の中の方々が、少しずつ「スピリチュアルな世界」に目を向け始めています。

今こそ、「スピリチュアルな世界を探求する大切さ」を伝え、広げるチャンスです!!

「スピリチュアル世界を馬鹿にしている方々」にも、目を向けて欲しいと思います。
地球上で「スピリチュアルに生きる人々」が増えることで、「あの世」にも「この世」にも平和が広がっていきます。「あの世」の人々も切に願っています。

日本の状態、世界情勢、地球の状態を見てもわかるように、事態は急ぎ気味です!!

「スピリチュアルな世界を探求する大切さ」を伝え、広げていくためには、まず、今、それに気付いている私達自身が、胸を張って

「スピリチュアルな世界の探求をすることとは、・・・・ことです。
 このように探求をし続ければ、・・・・な自分になれますよ。
 本当の意味で幸せになれますよ!」

と、言えるようになることが大切であると思います。

「スピリチュアルな世界の探求をしておられる方々」の中には、目立たなく、でも地道に「心磨き」をされ、自分を磨くことを通して、周りの人々に幸せの輪を広げていっている素晴らしい方々もおられます。

でも、一方では、
「あの人は、スピリチュアルな勉強をたくさんして、言うことはいつもいいけど、やっていることは???だね。」
と、陰で言われている人々もおられることも事実です。

学問や芸術などの世界は、地位や知名度があったり、本やマスコミ関係にも出たりすることも、ある程度、その人の実力を推し量るための目安になるでしょう。

でも、「スピリチュアルな世界」では、必ずしも、「知名度」や「本やマスコミ関係での活躍度」が、その人の実力を知る目安になるとは、限らないのです。

案外、「名も知れぬ人」であったり、「一流といわれる経済人や芸術家、職人さん、スポーツ選手など」の中に「スピリチュアルな世界」においても、(本人が意識するとしないとにかかわらず)磨きをかけている方々もおられます。

また、
「霊的な自分の能力を使う場合は、お金はとらない」
という方針で、ボランティアで活動している方もおられます。

私達、スピリチュアルな世界にいる人間が、

「スピリチュアルな世界に生きるとは、こういう心をもち、こういう生き方をすることなんだ」

と、まずモデルを示し、

「スピリチュアルな世界を探求することは、何かいいことがありそうだ!」

と、無関心だった人に関心をもってもらうことが大切だと思います。

完璧でなくていいのです。
「一生懸命に、『真善美』にかなった形で生きていく姿を示すこと」
でいいのです。

そのためには、スピリチュアルな人々が「怪しい霊能者」にころっといったり、自分が「怪しい霊能者」になったりすることは、避けたいところです。

それで、アミはしつこく
「『霊能力』のみにとらわれないで」
と言いました。
他にも「自分の心の中に棲む魔」というのもあります。
でも、今回は「(オーラを視る)霊能力」に絞りました。
「視える」から、わかりやすいからです。

〜自分を守護してくれている霊は「自分の心の中」に〜

よく、
「自分を守護してくれているのは、○○○の霊です」
ということを言います。

さて、「自分を守護してくれる霊」は、どこにいるのでしょう?

「自分に智恵を与えたり、サポートしてくれたりする存在」は、「自分の心の中」にいます(在ります)。
心を清らかにし、耳を澄ませば、「心の声」として、その声が聞こえてきます。

「自殺した霊」が守護してくれているというのは、考えられえないことです。
それは、「守護」じゃなくて「憑依」しているのです。

「守護」と「憑依」は、違います。

「誰が守護してくれいてるか。」「自分についているのは、守護霊なのか憑依霊なのか?」の真実は、本当には誰にもわからないのです。確かめようがありません。
たとえ、分かったとしても、「その人の現時点での個人的な想い(感性)、霊能力で判断した結果」でしかないわけです。

「オーラが視える」「自分を守護してくださっているのは○○○の霊だ」という「霊能力」を探求するために力を注ぐより、「自分の心を見つめ、自分の心と対話する時間を割く」ほうが効率的だと思います。
あまり、試行錯誤する時間がもうないからです。

一生懸命、自分の心に語りかければ、きっと、何か答えが返ってくるはずです。
もしかしたら、すぐには返ってこないかもしれませんが、根気よく続けることです。

「スピリチュアルな世界を探求する」とは、自分の心の外にあるものを探求することなのではなくて、「自分の心の中」を探求することです。

「一人一人の心の奥に在る善なる自分(存在)」の声を聴いてください。

〜正しいスピリチュアルな世界の探求(心磨き)は、よい結果を生む〜

このように、「正しいスピリチュアルな世界の探求」を行っていく(「真善美」にかなった自分の心磨き)と、結果的には、物事がうまくいき、仕事関係、人間関係などが充実し、経済的にも安定を得るでしょう。

アミも、徐々にそうなってきています。
アミだけではなく、だれでも、考え方と方法を間違えずに、こつこつと努力をし続ければそうなります。

「スピリチュアルな世界」を探求することで、幸せになっていく姿を自らが示すことで、今まで、「スピリチュアルな世界」に関心をもっていなかった人が関心をもつようになるのです。

「霊的な世界とこの世の世界のことをしっかり結びつけること」で、「スピリチュアルな世界の探求のよさ」をアピールすることになるでしょう。

皆さんで、気をつけ合い、教え合い、励まし合って、まず、自分で自分の心を磨きましょう。
そして、それを周りの人にまで広げていきましょう。

次回に続く・・・。


◆編集後記◆-------------------------------------------------------

以前にも言いましたように、アミのメルマガ・ブログの中で書かれている内容は、ほぼ、「一般の方々」を対象にしています。

その道の専門職の方、本格的修行者の方などにつきましては、若干、ニュアンスが違いますので、その点については言及しておりません。ご了承ください。

皆さん、よろしかったら、ブログのコメントが入っているときは、そちらもご覧くださいね。

皆さんのコメントのおかげで、中身が深まったり、次の記事への橋渡しになっていたりなどして、とてもおもしろいです。

アミは、勝手気ままに記事を書いているようにありますが、けっこう、ブログのコメントなどを参考にしながらも書いています。

皆さんの声を知りたいので、よろしかったら、コメントくださいね!


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posted by 女教師アミ at 06:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログへの想い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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