「まだまだだなぁ(心磨きがたりないなぁ)」
と、思います。
アミは、よく
「人をサポートする」
というようなことを言います。
本当は、
「自分のこともできているかどうか分からないのに、『人をサポート?』なんて言っていいのか(していいのか)なぁ・・・。」
「疲れた心身にむち打って、なぜ、こんなにたくさんの仕事をしているんだろう・・・?」
と、ふっと思うことがあります。
ここ数年・・・というか、年々、「自分自身のこと」というより、「自分以外のこと」が多くなってきているように思います。
「学校」「学校の地域」「アミのメルマガ・ブログ」「自分の地域」「ご近所」「自分の所属している教科のサークル」「個人的勉強サークル」「若手教師育成」「主人の地域貢献」等々、アミ夫婦の活動の舞台は、広がる一方です。
「学校」以外は、全部、ボランティアです。
でも、たとえ意味がよく分からなくても、アミは直観(内なる声)に従うしかないので、目の前に出てきたことはすることにしています。
「ボランティア的な仕事をするときの表現の仕方」
について、時々、ふっと考えます。
「ボランティア的仕事をするときの表現」に、いくつかのパターンが、アミには、あります。
(1)あまり労力を要さないボランティア
「○○○の仕事を私がさせていただきましょう。」
「○○○の仕事をよろしかったら、私がしましょう。」
(2)労力も要するが、自分にとって重要だと考えるボランティア
「○○○の仕事を私がしましょう。」
※メルマガ・ブログはここに入ります。
(3)たいへんな労力を要し、自分自身の義務ではないが、相手のことを想い、何とか頑張ってしようとうするハードなボランティア
「○○○の仕事をしてあげよう。」
となります。
アミの言葉は、アミの本音を正直に表しています(そうなるように気を付けています)。
例えば、(3)の「○○○の仕事をしてあげよう」というのは、
「とても不遜で高飛車な態度」
に思えるかもしれません。
でも、アミの受け取る感覚は、そうなので、そのまま表現しています。
「さとってない」
「人間ができていない」
と思われても、アミは自分の心に嘘はつけないので、そのまま表現しています。
前号の「求める」のコラムの記述の中の
>彼を助けてあげよう
のところも、アミ的には、(3)のボランティアです。
教職試験合格のお手伝いは、結果がはっきり出ますので、いい加減な気持ちではできません。
多大なる労力が必要です。
サポートする方も、死にものぐるいにならないと、合格しません。
アミ自身、今の時点でも仕事でいっぱいいっぱいの状態なのに、本当でしたら、そのようなたいへんな仕事を入れることは、普通でしたら不可能なのです。
でも、彼と接していて、アミの心の中で声がしました。
「彼らをサポートしなさい。」
と。
だから、します。
でも、その活動内容は、本当に
「・・・して(差し)あげる」
なのです。
彼らの2次合格まで、おそらく・・・
○100時間近い時間を「(差し)あげる」
○大きなエネルギーを「(差し)あげる」
○アミの休み、夫婦の団らん、その他の時間を「(差し)あげる」
○お金を「(差し)あげる」→時間がないので、お金で時間を買うことになる。
等、
たくさんのことをアミの手から若い教師の卵達に「(差し)あげる」のです。
ですから、アミにとって、この(3)のボランティアは、
「・・・して(差し)あげる」
なのです。
この「あげる」には、
「・・・をあげる」
ことと
「・・・をあげなければならない」
という相当の覚悟がこもっています。
自分の心身を削って行うのです。
でも、
「あげる」
と言いながら、
「本当は、このことは人のためではなく、結果的には自分のためになっている。
だから、このようなチャンスを与えてくれた若い教師の卵達に感謝をしなければならない」
ということも、理性では分かっています。
でも、これから展開される
「壮絶な闘い」
を思うと(一昨年も経験しているので予想がつく)、とても
「このような機会を与えていただいて、ありがたい。
アミは、若い教師の卵達のために、お役に立ちたい。サポートさせていただきたい。」
等という言葉は、心の底からは、まだ言えないのです。
本当は、心底から、これから来る苦難も大きな感謝で受け止めれば、
「お役に立ちたい。サポートさせていただく。」
という謙虚な言葉が自然に出てくるのでしょう。
でも、
「今のアミの心のレベルでは、自分のいろいろなものを(差し)上げるという意味と覚悟を込めて、『・・・してあげる』という表現しかできないなぁ」
と、ぽそっと思います。
「どんな大きな困難にも、心から感謝を込めて、謙虚に『・・・させていただく』という気持ちになり、取り組めるようになりたいなぁ」
と、つくづく思います。
ただ、「相手の方を見下す思い」は、全くありません。
アミが
「サポートしたい」
と、思う人は、
「純粋で、前向きで、向上心があり、謙虚に努力できる人」
です。
そのような人に対しては、たとえ、アミより年下であろうとも、アミは、
「素晴らしいなぁ」
と、思います。
だからこそ、
「サポートをしよう」
と、思うのです。
たとえ、そのような資質を備えていない人にも、それぞれのよさが必ずあります。
たとえ、悪人といわれる人にも、いいところは、どこかに隠されています。
◆編修後記◆
朝は、身体のケア。午後から、若い教師の悩み相談。夕方からご近所バレーの練習。夜は、「いろいろあったご近所」をよんで、「これからすっきりいきましょうパーティー」。明日は、運動会で朝、5時に家を出ます。
さすがに、今日は、頭がぼーっとしていました。
今日、読んだ本に書いてありました。
「苦しいときこそ、『感謝』をするとよい。
プラスのパワーが湧きだし、プラスパワーを引き寄せる」
と。
「アミには、心の力を活用するしかないっかぁ」
と、思います。
「どんなにたいへんなことがあっても、一つ一つのことに感謝をして、課題を解決していこう」
と思います。
必要としている、少しでも多くの人に言葉を届けたいのです
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最近、コメントを書いては消し、書いては消している
状態が続いています。おそらく、自分の言葉に、心が納得していないのだと思います。
帰国後、いっぺんにいろいろないい意味でも、悪い意味でも、今までの生活とは違ったしがらみの世界に入り、少しパニックになっています。急に、よくしゃべる状態になっています。今、心がとてもバランスが取れない状態ですから、とってもひとりになりたいです…私、余分なこと言っていないかしら、驕ったこと言っていないかしら…確認する膨大な時間が、今の私には必要です。ましてや、多くの言葉を発するアミさんのご苦労は、とても良くわかります。
日本語は、表現が多彩にある代わり、いっぽ間違えると
誤解も招きます…その前後の表現をよく読んだり、聴いたりするには、とても真剣に、相手のいわんとすることを何度も咀嚼する必要性を、日常生活のなかで、私自身が今、とても感じています。
「自分の一番直したい欠点は、年齢を重ねるたびに、色濃く出てしまう」と、先日、友人とも話をしました。
最終的には、「言葉も人なり」かと思います。
飾る言葉でなく、シンプルな言い方、伝え方が出来れば、本物ではないかと思います。本物は、元来シンプルなものだと、私は思っています。その雰囲気がわかれば、多くの言葉はいらないかもしれないとも、思います。
一時期あんなにコメントを書いていたのに、1月以降ずっとご無沙汰しておりました。忘れておられるかもしれません。5月に入って、久しぶりにアミさんを思い出す出来事が起こり、勝手に2回ほどブログにリンクをしてしまいました。
アセンション情報は、本当にいろいろとあるけれど、私なりに信じた道を進めたらと思っております。やっぱり5次元に行きたいですから。あえて対等に、頑張りましょうと言わせてください。いつもありがとうございます。
日記の内容に関係なくてごめんなさい。
言葉は難しいですね。
パワーがある言葉には短くても、様々な事を乗り越えて来た思いと強さと時間を感じさせて頂けますね。
毎日色々な言葉を聞きますが、大切な言葉を聞き逃さないようにするのには、自分の思いが大切なのかもしれないと感じさせて頂けました。
思いの込められている言葉を自分もアミ先生のように話す勇気が持てればと思っています。まだまだ課題の多い自分です。
PEKOさん、コメントをありがとう。
PEKOさんの深い言葉には、いつも、勇気づけられます。
>「言葉も人なり」かと思います。
>飾る言葉でなく、シンプルな言い方、伝え方が出来れば、本物ではないかと思います。
私も、本当にそう思います。
「言葉」に関する修業は、一生続くのだろうと思います。
今の時点では、私は、
「自分の想いと言葉の食い違いだけはなくそう」
と、思っています。
「偽善」は、心を曇らせるからです。
また、最近努力していることは、
「誰とでも、気軽に話すこと」
「勇気を出して、複数の人の中で雑談をすること」
です。
本来、私は、人見知りが強く、人が大勢いると後ろに後ろに引っ込んでしまうところがあります。
これが、会話にも出てしまいます。
「自分とあわない人であっても、何とか勇気を出して、雑談をしよう」
と、思っている今日この頃です。
人から見れば、たいした修業には思えないと思いますが、これは、けっこうアミにとっては「自己変革」につながるぐらいたいへんな修業の一つです(苦笑)。
pinkgrapeさん、こんにちは!
うれしくコメントを読みました。
リンクをありがとうございました。
新しいブログも読みました。
素直で自然体の言葉がいいですね!
そのスタンス、私は好きです。
これからも、自然体で一緒にがんばりましょうね。
絆さん、コメントをありがとう。
私も、絆さんの言われる
「パワーのある言葉」
に、最近、興味をもっています。
先日、「ご近所ソフトバレーボールチーム」のチームメンバーが発表されました。
3チームできました。
その3チームの中の
アミは、「一番初心者(へた)チーム」の堂々たるキャプテンです(苦笑)!
その中にAさんがいます。
そのAさんは、こう言います。
「私、負ける気がしないのよね〜〜!
みんな、技術はないから、声でがんばろう!!」
と。
メンバーから、笑いが起きます。
Aさんの言葉は、普通の言葉です。
「美しく、清らかな波動!」
と言うわけではありません。
でも、その言葉は、
「人を笑わせ、勇気づけ、開き直らせる?パワー」
があります。
「アミも、そのような言葉が使えるようになりたい」
と、思います。