2005年10月04日

◆幸せな患者さん 【アミの一口コラム 45】

こんにちは。アミです。

今日は、「人の生死の場面に立ち会う(ことがある)お仕事」について、アミの想いをお話します。

前回の記事に、meddaywalkerさんが、コメントを下さっています。
その記事に対して、「アミがお返事していること」を元にちょっとお話をさせてください。


◆幸せな患者さん 【アミの一口コラム 45】◆

患者にとって、お医者様(看護士さんも)とのかかわりって大切ですよね。
自分の「健康」、果ては「命」にまで関わるお仕事をしてくださるのですから・・・。

肉体的なことは、横に置いておきますね。
メンタルな面から、お話します。

検診などを除けば、病院に来られる方というのは、ほとんどの方は病気です(当たり前ですが)。
体が病気なだけでなく、気持ちも沈んでいたり、心まで病んでいたりるする場合も、多々あったりします。

病院の先生は、おそらく、体だけを診るのではなく、きっと患者さんのメンタルな部分とも向き合わざるをえない場合が多いのではないでしょうか。

推測ですが、おそらく、病院の先生方というのは、もちろん、知的にも優れていないといけないし、技術が必要なことは基本だと思いますが、それプラス、「強靭な体力と精神力」がいるのではないかと思います。
そして、根本的には患者さんに対する「愛」が必要なのでしょう。

病院の先生というのは、体(心?)を治すだけでなく、「人の死を看取る」「人の死に立ち会う」という大切な役目が、(スピリチュアル的に言えば)本当はあるのではないかと思います。

人の体(心)を治療されるだけでも大変なことなのに、meddaywalkerさんのように、亡くなった方の魂にも優しい心遣いをされるなんて、誰にでもできることではありません。

亡くなった多くの患者さんの魂は、病気との闘いに疲れ、傷ついておられる場合があります。
また、「信じがたい死」のショックを受けておられる場合もあります。
「死んだらおしまいという方」は、まだ、自分の肉体があると思われ、亡くなっても病と闘い続けておられる場合があります。
「死んだ」ということがわからない魂は、いつまでも、亡くなった場所にとどまっていることもあります。

そんな患者さんにお医者様からの温かい一言は、きっと心に染み入るものがあるでしょう。
「霊界への移行に向けて、がんばろう!」
という勇気が湧く方も多いと思います。

私は、meddaywalkerさんのブログを拝見して、
「ああ、こんな素敵なお医者様がおられるのだなあ」
と、思いました。

「スピリチュアル」というのは、何も特別なことではなく、ごく当たり前のことで、(怪しい仕事を除けば)どんな仕事の根っこにも流れているものだと思います。

でも、特に、人の生死、特に死に接することがあるお仕事は、スピリチュアル的には、とても意味があるものだと思います。

以前のブログ、◆お通夜のできごと(2) 【アミの一口コラム 43-2】
で、アミが、Terraさんに 【大きな期待 −Terraさんへ−】 として、お返事した内容にも通じるものがあります。

※今日、このように書いていることは、もしかしたらアミの勝手な解釈で、meddaywalkerさんの想いとは違うかもしれません。そのときは、ごめんなさい。アミなりにとらえた内容ですので、どうぞ、お許しください。


◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――

私も義父が亡くなるとき、お医者さんや看護士さんに本当に励まされました。

人間にとって、「どのように生まれるか」ということより「どのような死を迎えるか」ということのほうが重要なのではないかと思います。

「スピリチュアルな考え」が、特別なことではなく、ごく当たり前のこととして、世の中に受け入れられ、実践されれば、世の中はもっと平和で温かいものになっていくと思います。そんな輪が広がってくれればいいなあと思います。



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posted by 女教師アミ at 23:26| Comment(8) | TrackBack(0) | 死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

アミさん、ありがとう!

でも、僕はそんなに良い医者ではないんです。僕が自分なりの病気の姿を考えるようになって、現代医学と自分の医学の狭間で苦しみました。本当なら僕にかかってくれた患者さんに自分の医学を見せたかったけど、勤務医だから常識の線で診療してきた。だから、心の中では患者さんに謝っていた。悪い言い方だと、見殺しにしてきたんです。

だから僕のことなんか出しちゃったら、コメント減っちゃうかもしれないよ・・・。もし、そうだったら、ごめんね。でもホント感謝しています。
Posted by meddaywalker at 2005年10月05日 01:38


【ありがとう! −meddaywalkerさんへ−】
meddaywalkerさん、コメントをありがとうございます。
とてもうれしく読ませていただきました。

この記事を書いた後も、(私なりには、真剣に書いたつもりですが)時間や紙面の都合や、自分の実力の関係もあり、「十分には言い尽くせなかった」、或いは、「とらえきれていない」ところがあるのでは・・・と、考え不安でした。

でも、「人の生死」、特に「死に接することがあるお仕事」については、急に思いついて書いているのではなく、長年考え続けてきたことです。
本当にいろいろな想い(期待)があります。
「自分に能力があれば、なんとかできれば・・・」
と、思います。
でも、能力もないし、今世の役目は違うようなので、そういうお仕事につかれている方に、期待しています。
ですから、このようなまっすぐで飾らない、誠意のあるコメントをくださるmeddaywalkerさんとの出会いを大切にしたいと思います。

職種は違いますが、私も教師を長年してきて、命に関わることでは在りませんが、「人の心」を育てる人間として、とても、後悔していることが多々あります。
「ああ、あの時、子どもの心を大きく傷つけてしまった。あの子の心の傷になって残っていないといいけどな・・・。」
などと、ふっと思うことがあります。
でも、後悔してももう取り返しがつかず・・・。
「『あの時は、あれが、自分なりには精一杯だった。』と考え、『経験を未来に生かすしかない』」
と、考えて、がんばるしかない・・と、思っています。

meddaywalkerさんのように、自分の想いと現実の狭間で葛藤しながら、理想に向かって進んでいく生き方は、スピリチュアル的に見れば、素晴らし生き方のひとつだと思います。
結果より「過程(想い)の質」が大切なのではないかと思います。
私も、とても励まされます。

「meddaywalkerさんの思いのままに書かれたブログ」に期待しています。
「難しい話」のときも、アミのない知識を総動員(?)して、読んでみますね。ときどき、素人の???のコメントが入るかもしれません(笑)。
これからも、よろしくお願いします!
Posted by アミ at 2005年10月05日 07:39


アミさん・・・。僕の前でそんなに小さくなる必要なんてないよ・・・。
今まで多くの人を勇気づけて来たアミさんに戻って下さい。人間って不思議な存在で、顔も何も知らなくても気持ちを共有できるんですよ。文章という接点を通してね・・・。だから、アミさん、また、多くの人を励ましてあげて下さい。僕はいつもアミさんを応援していますよ。同じ「にほんプログ村」の住人だもの。
Posted by meddaywalker at 2005年10月05日 22:11


【気付かされました −meddaywalkerさん−】

お仕事お疲れさまです。

今日のmeddaywalkerさんのコメントを読ませていただいて、私は「はっ」と、気付かされたのです。

人は、体を傷つけられれば目立ちますので、いろいろな反応が返ってきます。
でも、「心の傷」は、見えにくいし、傷つけられた本人が表に出さないと、わかりにくいのだと思います。

そう思って、ふっと自分が今まで歩んできた道を振り返ると、アミの(子どもを思いやってのことなのですが)厳しい言葉に傷ついた子どももたくさんいたのではないかな・・・と、思ったのです。

特に、新採の数年間は、ほんとに
「子どもたち、親御さん、ごめんなさい・・・。」
と、いう感じです。

だから、過去の負の遺産を返すために、今、若い先生方のお世話役という仕事をしているのかも知れません(苦笑)・・・。
それなら、「仕事がきつい」などと言わないで、がんばらないといけませんね。

ただ、ひとつ、アミの人生でよかったかなと思えるのは、アミは「つまずきの多い人生」だったので、今、つまずいたり、つまずきそうになったりしている人の気持ちがとてもよくわかるということぐらいでしょうか。

いろいろ書きましたが、meddaywalkerさんの温かい言葉に感謝です!
いつも、えらそうなことを書いているようなアミにみえるかもしれませんが、
「これでいいかなあ・・。」
と、不安になったり、考え込んだりする性質なので、温かいお言葉をいただけると、とても救われるような気がいたします。

話は、変わりますが、マイ ブックマークに
meddaywalkerさんのブログを入れさせてくださいね。
Posted by アミ at 2005年10月05日 22:51


高野山大学にスピルチュアルケア学科というのができます
http://www2.koyasan-u.ac.jp/gakubunew/index.html
先駆的な試みでしょうね

>「死んだらおしまいという方」は、まだ、自分の肉体があると思われ、亡くなっても病と闘い続けておられる場合があります。
「死んだ」ということがわからない魂は、いつまでも、亡くなった場所にとどまっていることもあります。

これ、ほんとですね
感じてるのはアミさんだけじゃありません
Posted by Terra at 2005年10月06日 09:27


【心強いコメントをありがとうございます−Terraさんへ−】

Terraさん、コメントをありがとうございました。
たいへんうれしく読ませていただきました。

Terraさんのブログで「スピリチュアルケア学科」がアップされた時、主人が
「 Terraさんが、高野山大学にスピルチュアルケア学科ができたって、言ってるよ。」
と教えてくれました。
私も、すぐ、Terraさんのブログを見ました。
「とても、意味のある学科だなあ」
と思いました。
主人と
「さすが、密教だね!」
「私も、もうちょっと若かったら、
通って見たいかなあ・・。」
等と、夫婦で話しておりました。

>これ、ほんとですね
感じてるのはアミさんだけじゃありません

ありがとう!
そうですよね。

目に見えないと、人は
「ない!」
と言うことが多いです。

目に見えるものが「虚像」で、目に見えないものが「真実」の場合もあるのですよね。

それが、自分には証明できず、どのようにお伝えしたらいいのか・・・。
と、考えることもあります。

わかっていただけて、とってもうれしいです。
Posted by アミ at 2005年10月06日 21:45


>それが、自分には証明できず

これね、反応しちゃいました
僕はね、結局、あきらめました
これが、僕の悟りです

なんとかメーター、気の流れ、理屈の積み重ね、なんたらかんたら、どうしたらわかってもらえるか

証拠、根拠、なし
感じてください
以上

です、最近は
Posted by Terra at 2005年10月07日 00:34
【Terra さん、うれしい反応ありがとう!】

そうですね・・・。
あきらめか・・・。
そうかもしれないですね。

でも、Terra さんが言われるように、
「感じてください」
は、いいかも・・・。

それと、Terra さんのように、わかる方の発言の積み重ねも、間接的な証明になるもかもですね。

感謝です!
Posted by アミ at 2005年10月08日 12:09
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