2005年08月20日

◆「変革の時代」を生きる覚悟 【アミの一口コラム 27】

こんにちは。アミです。

ここ何日か、メルマガ、ブログを出さなくてごめんなさい。

仕事がたいへん忙しく、帰宅が深夜近くになってしまい、
「今日こそは、書くぞ〜!」
と、意気込んでパソコンの前に座るのですが、
睡魔に勝てず、少しずつしか書き進めることができませんでした。

やっと、待望の土曜日となり、わくわくと書いています。


さて、最近、
「日本(地球)全体が地震の活性期に入った」
という話を聞きます。

「いよいよだなあ」と、思います。
「心の準備」「物質的準備」、両方をしっかり行っていないといけないなあと思います。

ちなみに、わたしも実家のほうに3か月分の水、食料を用意しています。
テントから、トイレ掘り用のスコップ、(かぶって人前には出られない)ハート模様のヘルメットまで準備しています(ちょっと、用意しすぎ?)。

最近、いろいろあるので、実家じゃなくて自分の家に最低限のものは持ってきて、準備しておかなければならないなあと思っています。


◆「変革の時代」を生きる覚悟 【アミの一口コラム 27】◆

〜物の準備、心の準備〜

世間では、災害が起きたときのために
「体(命)を守るための物質的準備等は大切」
とよく言われます。

「どのような物資を用意しておけばよいのか?」
「家族との連絡の取り方は?」
「仕事場で災害にあったとき、どうやって自宅まで帰るのか?」
などの準備は、大切です。

ただ、このこと以外にも、
「心の準備」
も、しておくことが大切だと思います。

何が起きてもおかしくないこの時代、これから、地球上では、天変地異、戦争、飢饉などが多く起こることでしょう。

日本の場合は、「地震などをはじめとした自然災害」「人為的ミスからくる事故死」「心の病や疲労などからくる自殺」等考えられるかもしれません。

明るい未来の足音は聞こえてきますが、その前に、みんなで「闇の時代」をくぐり抜けなければなりません。

これから、地球上では、たくさんの方々が亡くなっていかれるかもしれません。


〜急に亡くなった魂は?〜

急に亡くなった場合によくあるのですが、急に亡くなると、当然、魂は「何が何だかわからない混乱状態」に陥ります。

ただ、一時期、混乱状態に陥っていても、「正しい死生観」を持っており、「この世の家族の故人に対する強い悲しみや故人の死に対する苦しみなどによる(結果的)引きとめ」や、「故人自身のこの世への心残り」がなければ、混乱状態から早く脱し、本来帰るべき世界にスムーズに帰っていくことができます。

ですから、この激動の時代を生きる私たちは、「正しい死生観」「死に対する基本的知識」を持っておくことはとても大切です。


一参考例として、私は、こう考えています。

【アミの(今の時点での)死生観】

人の体は、必ずいつか滅びる。
遅いか早いかだけ。
自然死か病死、災害死、事故死など、滅び方の違いがあるだけ。

でも、魂は永遠に生き続ける。
滅びるのは、肉体だけ。
魂は、「今回の人生で自らの魂が放った愛(真善美)の質と量」に応じた世界に帰っていく。
そして、「肉体が滅んだ時点での魂の波動」が高まっていれば、よりスムーズに本来の世界に帰ることができる。

だから、心を磨き、波動を高めておけば、いつ死んでも大丈夫。
自分の生き方に自信があれば(「真善美」にかなった生き方をしていれば)、死は怖くない。

死は安らか。


というのが、私の死に対する考え方です。
また、このような「安らかな死」を迎えたいと、「今」を生きています。

「死」から「生」を考えるというのでしょうか・・・。


【死に対する基本的知識 1】

〜死んだらどうなる?(おおまかなもの)〜

☆ 死は、誰もが経験することで、時期や方法が違うだけ。

☆ 死んだらおしまいではない。肉体を脱ぎ捨てるだけ。魂は永遠に生き続ける。さなぎから蝶になるイメージ(肉体という殻を脱ぎ捨てたときに、できれば蛾ではなくて、蝶としてあの世に飛び立ちたいなあ)。

☆ 死んだら、この世での自分の生き方を振り返り、反省して、心を整える。

☆ 死んだ時点で、「自分の死」を自覚し、この世への心残りや執着がなければ、スムーズに自分が住んでいたあの世を目指して帰ることができる。

そして、魂は、「今回の人生で自らの魂が放った愛(真善美)の質と量」に応じた世界に帰っていく。


次回は、
死に対する基本的知識 2 : 亡くなった人をスムーズにあの世に帰してあげるために、この世の人がサポートできることは?】
を書きます。


◆編集後記◆―――――――――――――――――――――――――――

「真善美」にかなった充実した人生を送るためには、「正しい死生観」「死に対する基本的知識」をもって生きていくことが大切です。

アミの書いている内容が
「本当に『正しい』死生観、死に対する基本的知識かどうか?」
は、実際に死んでみないとわからないところですが、アミは、今の時点ではそう考えています。

この現代の日本では、科学や医療技術が発達し、健康に対する知識も普及し、「死」とは、縁遠い感じがしますが、アミはそうは思っていません。

「現代という時代」は(たとえ日本であろうとも)、

「『生』と『死』が隣り合わせになっている時代」

だと思います。

だからこそ、「死」から「生」を考えて、「今」を生きることはとても大切なことだと思います。

050820tambo.JPG
《季節の移り変わり》

こちらは、午前中、雨でした。
自分の前を、季節がすうっと通り過ぎていくような感じがします。


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posted by 女教師アミ at 12:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 見方・考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 飢饉飢饉とは、農作物が不作で、人々が飢え苦しむことを指す。その原因の多くは、自然災害に依るものであり、ついで人為的な原因によるものもある。自然災害による原因を分類すると、#火山の噴火 地震    例:..
Weblog: 災害を知るHP
Tracked: 2008-02-27 17:27
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