2006年05月04日

◆「死んだらどうなるの?」 【アミの一口コラム 124】

こんにちは、アミです。

みなさん、楽しい連休を過ごされているかもしれませんが、アミは、家にこもっています。
あまり、こもりすぎて頭が痛くなりそうだったので、主人と一緒に、近くの生協に行って、サンドイッチを食べてきました(豪華な連休だなぁ〜苦笑)。

さあ、今日は、突然、「死んだらどうなるの?」についてお話したいと思います。
以前にも、お話をしたことがあると思いますが、大切なところですので、少し、詳しく例を挙げながらお話したいと思います。

読み物を読むようなつもりで、お茶でも飲みながら、リラックスして読んでいただければと思います。


◆「死んだらどうなるの?」 【アミの一口コラム 124】

〜 はじめに 〜

今日からお話をすることは、もうご存知の方も多いかもしれません。
でも、復習と思って読んでくださいね。

私は、「臨死体験」を経験したことはありませんので、これが絶対に真実かどうかはアミ自身は、確かめたことはありません(当たり前ですよね)。
ただ、多くの文献などから共通点を引っ張り出したり、臨死体験者の話を読んだりしながら、アミの直感でまとめたものです。
(臨死体験・死後体験について、詳しくお知りになりたい方は、「坂本政道さんの本」をお読みいただければよく分かると思います。)

他の方のお話と若干違いはあるかもしれませんが、おおむねこんな感じだろうと思います。
「臨死体験についての研究」も進んでいます。
また、新しい情報を入れて、今後も、この臨死体験については、加筆修正をしていきたいと思います。
今回は、「おおむねこんな感じ」という感じでとらえていただければ、いいかと思います。


〜 死んだらどうなるの? 〜

私達の魂は、肉体と「シルバーコード(霊子線)」でつながっています。
普段は、魂は肉体の中にすっぽりと納まっています。
でも、「寝ているとき」や「死ぬ間際、生死をさまよっているとき」は、シルバーコードにつながれたまま、魂は、肉体を離れたり戻ってきたりしながら、この世とあの世を行ったりきたりしています。

死ぬときは、この「シルバーコード」が切れるのです。
そして、魂は肉体を離れ、あの世(元いた世界「霊界」)に戻っていきます。

今日から、「2つのタイプの方の死」について、お話したいと思います。

最初は、
「『死後の世界などない。人間は死んだら無になる』と考えているAさんの死」
についてです。


〜 交通事故でなくなったAさんの場合 〜

≪Aさんの意識≫

(1)事故現場で

Aさんは、60歳の男性。
奥さんはもう亡くなっています。

子どもは3人います。
長男、次男、長女の順番です。
みんな結婚をしています。
今、Aさんは、次男と暮らしています。

Aさんは、散歩の途中、道路を横断中に信号を無視してきた車にはねられ、大怪我をしました。

Aさんは、ふっと気が付くと、横断歩道の上空にいました(シルバーコードではつながっているが、魂が体から抜け出て、自分の体を自分の意識が見ている状態)。
目の前には、「血だらけになった自分の体」が横たわっています。
自分の体の前に止められた車から、運転手が青ざめた顔をして、車からAさんの体の方に向かって飛び出してきました。
そばで見ていた人が
「救急車!救急車!」
と、叫んでいます。
やがて、救急車が来て、Aさんの血まみれになった体を運んでいきました。

「自分の血まみれになった体は、自分の眼の前にあり、自分がそれを眺めている? いったい、何が起きたのか?」
Aさんは、「何が何だか分からない状態」になり、大混乱状態です。

Aさんは、霊的知識が全くありません。
「死後の世界などない。人間は死んだら無になる。」
と、日ごろから考えていました。

このため、Aさんは、「自分の置かれている現状」を理解できません。
もう大パニックです。


≪病室で≫

Aさんは、病院に運ばれましたが、出血多量で亡くなりました。

「残念ながら、ご臨終です。」
という医師の声が病室に静かに響きました。

Aさんは、ふっと気が付くと、病室の天井の辺りから、「自分の体」を見つめていました。
病室のベッドに、「自分の体」が横たわっています。
体中、包帯だらけです。
自分の体にすがって、3人の子ども達(成人して結婚しています)が泣いています。
「おとうさん、なぜ、死んだの?」
「どうしてこんなことになったの?」
という声が聞こえます。

「何が起きたのだ?」
Aさんは、びっくりしました。

Aさんは、叫びました。
「おい、おい、私はここにいるぞ! ちゃんと生きているぞ!」

でも、だれもAさんの声に気が付きません。
Aさんは、またまたパニック状態です。
自分の身に何が起きたのかさえ、分かりません。

自分が覚えているのは、
「自分が道路を渡っていると、急に車が猛スピードでやってきて、自分がはねられたこと」
ぐらいまでです。

その後、どうなったのか???

Aさんは、
「事故現場に戻ってみたい」
と、思いました。

その瞬間、Aさんの意識は事故現場に戻りました。
見ると、そこは何事もなかったのごとく、いつものように車が走っていました。
信号機の下に小さな花束だけがぽつんと置いてありました。

ますます、Aさんは頭が混乱してしまいました。

Aさんは、
「もう一度、病室に戻りたい」
と思いました。

一瞬にして、Aさんの意識は病室に戻っていました。
もうそこには、自分の体はありませんでした。

Aさんの体は、「病院の霊安室」にありました。
Aさんは、叫びました。
「だれか、気が付いてくれ、私は死んでいない!
たちゃんと生きている!」
と。

でも、誰も気が付きません・・・。

明日は、Aさんのお葬式が執り行われます。

続く・・・。


◆編集後記◆

このように、「死後の世界などない。人間は死んだら無になる」と、考えている人が亡くなった場合、本人は、大パニック状態になります。

特に、「不慮の事故」などで亡くなった場合はなおさらです。
「死に対する心構え」ができていないからです。
「死に対する考え方(知識)」が間違っているので、今、置かれている現状が理解できず、パニック状態に陥るのです。

ですから、「死」「あの世」などに対する正しい知識を生前、知っておくことはとても大切です。

私は、自分の父母とよく死について、話します。


− 父母とアミ夫婦のぶっ飛び?会話 −

≪父≫
「アミ、おとうさんが死んだら、葬式は最低限度でいいからね。」

≪アミ≫
「でも、きっと学校関係が来るから弔問客が多いよ。駐車場が狭いと困るよ。」

≪主人≫
うなずく(義理だから、正直なコメントはしにくい)。

≪父≫
「それなら、お前が手配して(足りない分はお金を自分で出して)駐車場が広いところをとりなさい。
 お父さんは、一応、○○会館でするから。」

≪アミ≫
「そう、それならいいわ。あそこは、駐車場が広いから・・・。

 ところで、お母さん、お母さんは、ちょっと(本当はかなり)心が曇っているから、死んだら『反省』をちゃんとしないとだめだよ。
 そうしないと、元いた世界になかなか帰れないよ。」

≪主人≫
※「とっても共感オーラ」をアミに送る。

≪母≫
「いらん世話!」
※全く動じない母。

≪アミ≫
「お母さん、死んだらどうなるか、ちゃんと、知っているの」
※ しつこいアミ

≪母≫
「あんたに言われんでも、おかあさんは、ちゃんと心の修養を積んでいるし(?)、いろいろな人の死に関わってきたから、知ってるよ(母は面倒見がよく、いろいろ病人の世話をしている)。いらん世話焼かんで!」

≪アミ≫
「い〜や、心配! おとうさんは、何とかOKだと思うけど、お母さんはねぇ〜・・・。
 なかなか霊界に帰れなで、私の周りをうろうろされたら困るもの。
 お母さん、何だかんだ言っても、死んで困ったら、絶対、私のところに頼ってくるんだから〜。
 私、お母さんが病院に入院したら、お母さんの枕元で、『死後の世界』について、お話をしてあげよう。」

≪主人≫
※ 共感オーラ

≪母≫
「そんなことをしたら、夜な夜な化けて出るからねえ〜!」

≪アミ≫
「それなら、私は光で跳ね返すよ(笑)!

 お母さん、私、聞いたことがるけれど、どこかの宗教は、ちゃんとなくなる前に、そこの宗教の方が枕元に来て、安らかにあの世に旅立てるように、お祈りしたりお話したりするのよ。」

≪母≫
「もう、私が病院に運ばれたら、あんただけは、『面会謝絶』にしてもらうからね!」

等と、お互いに憎まれ口をたたきながら、「死」について、父母や主人、アミと4人で、ごく当たり前の会話として、日常生活の中で話しています。

このような憎まれ口をたたく我が父母も、自分で「葬式写真」を、(気に入らないと)もう何年も前からとり続け、お墓もず〜と、前から準備し、毎年、自分の墓参り(お墓のクリーニング?)に行き、いつ何時、何があってもいいように、準備万端です。

二人とも、年はとっています。
父は血栓などがあり、爆弾を抱えている状態ではありますが、80歳過ぎても山登りをし、健脚です。英語やギター、川柳と趣味も多彩です。
母は、おしゃべりで遊び好き、世話好きで、しょっちゅう、どこかに出かけて行って、友達と遊んだり、人の世話を焼いたりしています。父に対しても、とても世話好きで、父のホームドクターのような役目をしています。

昔は、アミとの間の確執があり、「アミの困難人生のスターター」が父母だったような気がするのですが・・・。
時が穏やかに流れました・・・。

いずれ、お別れのときが来るのでしょうが、そのときは、精一杯、面倒を見させてもらおうと思っています。

またまた、「ぶっ飛び会話」だったかな〜。
アミ夫婦だけでなく、アミの親も変人になったかもしれないですね(苦笑)。


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posted by 女教師アミ at 12:53| Comment(13) | TrackBack(1) | 死生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

私が、「臨死体験」と言う言葉を知ったのは、「エニアグラム」などの著書を持つ聖心女子大名誉教授で、シスターでもあられる鈴木秀子さんの本を読んだ時でした。その時、鈴木秀子さんは、階段からの転倒事故で即死のような状態の中、「決して、死なない」という強いご意思をお持ちになりながら、ご自分の体を天上からご覧になっていたということだったと記憶しています。私は、その時初めて、「肉体はもし亡くなったとしても、魂は生き続けるんだ」ということを、漠然と感じたことではありました。

話は、それますが、バイオリ二ストの五嶋みどりさんも、かつて「幽体離脱」の経験をお持ちだと、何かの本で読んだことがあります。彼女は、カミングアウトなさっていますが、ご自分の進む道に、目標が持てずにいた時、拒食症にかかり精神状態がボロボロの状態で、このような経験されたようです。

神は、やはりご意思をもって、それぞれの人をこの世に送り出しているのだと感じました。
Posted by PEKO at 2006年05月04日 22:39


【神に近い人 −PEKOさんへ−】

PEKOさん、コメントをありがとう!

>神は、やはりご意思をもって、それぞれの人をこの世に送り出しているのだと感じました。

私も同感です。
今、世の中は、「物質万能の時代」から「心を重視する時代」に移行していきつつあります。
その流れをつくったのは、やはり、神(創造主)でしょう。
そのために、「臨死体験」「死後体験」「過去世」「未来世」「リーディング」などなどの、「霊界の実証」をするために、様々な手段をとられているのを感じます。

ただ、残念なのは、それに気付く人間がまだまだ少ないということです。
「これだけ、いろいろな神からの働きかけがあっているのに・・・。」
と、私は思います。

案外、神に一番近いところにいるのは、
「心苦しんでいる人」
「悩み多き人生を歩んでいる人」
なのかもしれませんね。

最近、つくづく思います。
Posted by アミ(PEKOさんへ) at 2006年05月04日 22:49


こんにちは。

アミ先生とご両親が、こんな会話をされて
いるなんてびっくりしました。

>ところで、お母さん、お母さんは、ちょっと(本当はかなり)心が曇っているから、死んだら『反省』をちゃんとしないとだめだよ。
 そうしないと、元いた世界になかなか帰れないよ。・・

私は、そんな言葉を、その後の母の反応が恐ろしくてなかなかいえないできました。わたしだけでなく、父もです。

父と母は、年が10離れているせいか、父がかなり母を甘やかしてきたように思います。

私が、小さかったときは気が付かなかった母の性格的なことに、成人してからは、「母には、そんなところがあったの??前は、そんなことなかったよね!」などと、父と話すことはしょっちゅうでした。
特に、私が結婚してからは、母の???の部分をたくさん目にして、いやな気持ちになることが多かったのです。
きっと、私たちだけでなく、他の方にも同じ思いをさせているのでは・・・ととても心配しています。

そして、父の2度目の入院・・・

母に、「今までの父に対する言動で、反省することはなかったか?」と、思いっきり話してみるつもりです。
そんな母も、今家で一人になり、「さみしい・・いつも父のことを考えている・・何かで気を紛らわせている・・」ともらしていました。

母に対する愛はしめしつつ、看病への励ましと父への愛を示すこと、そして今一番しなければならない母のカルマの解消への方策を私なりに話すこと・・頑張ってみます。

母が、どんなに怒っても、私がなじられても・・それが「親離れ」がちゃんとできずにいた私の「心磨き」だから。

>案外、神に一番近いところにいるのは、
「心苦しんでいる人」
「悩み多き人生を歩んでいる人」
なのかもしれませんね。

本当に、今毎日、心苦しんでいます。

でも、この言葉に、救われる思いでした。
一歩でも、神様に近づけるように、神様に見捨てられないように(笑)一つ一つ、問題をクリアーしていきたいと思います。
父への懺悔の思いをもちつつ・・・

ありがとうございました。

(母のことを書いていますが、自分にも当てはまることがきっとある!と思っています。)
Posted by すみれ at 2006年05月05日 12:43


【苦しむことの大切さ −すみれさんへ−】

すみれさん、コメントをありがとう。
忙しい中、がんばって書いておられるのがうれしいです。

>母に対する愛はしめしつつ、看病への励ましと父への愛を示すこと、そして今一番しなければならない母のカルマの解消への方策を私なりに話すこと・・頑張ってみます。

>母が、どんなに怒っても、私がなじられても・・それが「親離れ」がちゃんとできずにいた私の「心磨き」だから。

お母さんに上手に話すことができればいいのですが、それが無理なら、そのまんま話すのもいいかもしれませんね。
お母さんに気付かせてあげられるのは、すみれさんしかいないでしょう。

>一歩でも、神様に近づけるように、神様に見捨てられないように(笑)一つ一つ、問題をクリアーしていきたいと思います。

神様は、「努力し続ける人」を見放しはしません。
ある意味、「苦しむこと」は、いいことです。
「深い気付きの機会になるから」です。
アミは、いつも、苦しんでいます。
でも、苦しみながらつかんだものは、「本物」です。
そうやって、「自分の考え」が培われていくのです。
Posted by アミ(すみれさんへ) at 2006年05月05日 21:34


こんばんは アミ先生!

死について学ぶ事は、死とは無くなる事じゃなく、生きている人が、亡くなった人に対して思いを寄せる事よりもありがとう!と思う気持ちと命の大切さを学ことかもしれませんね。

死は学びとして生かされているのかもしれません。死について生きている者達が何を学びとして大切にできるか?が重要なのかもしれませんね
Posted by 絆 at 2006年05月05日 21:47


【死に際して −絆さんへ−】

絆さん、コメントをありがとう。

伊勢神宮にいってこられたのですね。
善かったですね。
私も行きたかったなあ。
びっくり写真もありがとう!
いろいろな不思議が起こりますね。

>死について生きている者達が何を学びとして大切にできるか?が重要なのかもしれませんね

本当にそうだと思います。
「死」を機会に周りの方々が何を学ぶのか・・・。
私も考えます。
Posted by アミ(絆さんへ) at 2006年05月05日 23:17


お返事をありがとうございました。

>神様は、「努力し続ける人」を見放しはしません。
ある意味、「苦しむこと」は、いいことです。
「深い気付きの機会になるから」です。
アミは、いつも、苦しんでいます。
でも、苦しみながらつかんだものは、「本物」です。
そうやって、「自分の考え」が培われていくのです。

嬉しく思いました。

喜んで苦しみます。苦しみながら、一歩一歩乗り越え、「本物」をつかんでいきたいと思います。

そのために、親子で「人を本当に愛するとは・・?」について深く考えていきたいと思います。

昨日は、母へ《父への言動についての反省の促し》を話しました。
母は、半分頷きながら、「でもねえ・・」と、考えを言うこともありました。

父の思いを深く考え、心から「悪かった」と思ってもらえるように、今日も話をします。私も一緒に反省をしながら・・

一日も早く、母の心が変わり、カルマを解消できる日が来ることを願って・・
Posted by すみれ at 2006年05月06日 07:54


【がんばれ!すみれさん】

すみれさん、コメントをありがとう。

苦しむ時は、「砥石で魂を磨いているようなもの」です。
苦しまないで、魂を磨くことは、できる方もおられるのかもしれませんが、アミは、苦しまないと、磨かれませんでした。

「苦しいときこそ、魂が磨かれている」と思ってもいいのではないかと思います。

「苦しみから立ち上がった方」というのは、魂の底光りがしています。
魂の奥底から、そこはかとない優しさがにじみ出ています。

そんな人にアミはなりたいと思います。
すみれさんも、一緒にがんばりましょう。
今がチャンスです。
「生と死」に際したとき、人は、一番、いろいろなことを考えるチャンスなのです。
このチャンスを、もう逃さないように・・・。
Posted by アミ(すみれさんへ) at 2006年05月06日 18:02


GWに主人の父の一周忌がありました。
身内や親戚は、「心磨き」に気づく前の私とまったく似た性格で、(だからご縁があったのかもしれません)、今回もマイナス波動を浴びてしまって、寝つけず、今こんな時間ですが(笑)、起きてアミさんのところに
お邪魔してアミさんや皆さんのコメントを読んでたら落ち着いてきました(笑)。
生き方、心の使い方が間違っている(と私からすると思われる)
ために数々の試練に見舞われている身内たち。。
私たち夫婦にも直接かかわってくることなので、
心の大切さに気づいてもらいたいと思うのですが、
なんせマイナスの波動が強くて(笑)。
信仰心のまったくない家に嫁いだ意味を考え、私の微力な力ながら、骨を折ることは多いと思うのですが、スピリチュアルな生き方を示していって、言葉ではなくて生き方で、家系を良い方に導いていけたらなぁと思っています。子供達のためにも。。(^^)
Posted by マフィン at 2006年05月07日 03:56


【一家に1人・・・ −マフィンさんへ−】

マフィンさん、こんにちは。
マフィンさんの言われていること、よく分かります。

>生き方、心の使い方が間違っている(と私からすると思われる)ために数々の試練に見舞われている身内たち。

そのとおりでしょう。
それを、そのように分析できるようになられているマフィンさんは、

>スピリチュアルな生き方を示していって、言葉ではなくて生き方で、家系を良い方に導いていけたらなぁと思っています。

のようなお役目があるように思います。

一家(一族?)に1人、「心の世界を知り、実践していける人が出る」と、一家(一族?)が救われ(る可能性があり)ます。

マフィンさん、がんばってくださいね!
Posted by アミ(マフィンさんへ) at 2006年05月07日 11:03


アミさんありがとうございます。
そう言っていただけると励みになります。(^^)
心の持ち方、考え方を変えると良い方にまわっていくようになるのに。。と
思うのですが、本人たちはそういう法則があることすら知らないようです。
といって嫁の私が偉そうに説教するわけにいかず。。
なので、人知れず、私一人でも徳を積むような生き方をしていって、少しでも家系が良くなるようにしていくしかないのです。
Posted by マフィン at 2006年05月07日 11:33
こちらへは最近辿りついたばかりなので、過去ログを読んでいっているところです。
今2月1日のを読んでいたら、私と同じような思いを持たれてる方のコメントを見つけ、とっても共感してしまいました。
やっぱり、波長の法則で、自分と同じ思い、立場の方々がいらっしゃっているのですね。
過去ログ、コメント欄まで読むのがとても楽しいです。過去ログなのに、コメントを付けたくなるものもあります(笑)。
Posted by マフィン at 2006年05月07日 14:52


【過去ログ、コメントを読んでいただけるとうれしいです! −マフィンさん、皆さんへ−】

マフィンさん、コメントをありがとう。

>人知れず、私一人でも徳を積むような生き方をしていって、少しでも家系が良くなるようにしていくしかないのです。

この「人知れず」という言葉、いいですね。
「愛の実践」は、人知れず、そっとするものです。

>過去ログ、コメント欄まで読むのがとても楽しいです。過去ログなのに、コメントを付けたくなるものもあります。

このような読み方をしていただけると、とってもうれしいです。
特に、このようなアミのブログは、
「過去のものから読むこと」
で、とても理解が深まります。

例えば、記事を読んで、
「ああ、アミ夫婦は、いいよね〜!
あんなに、スピリチュアルなことを言いたい放題言えて!
あんなの特殊な例だよね〜!」
と、思ったとしましょう。

でも、過去ログを読まれてください。
「アミのお恥ずかしい限りの人生」が描かれています。
どん底から這い上がって、自分の力(もちろん守護霊の力も)で必死の努力をして、主人と出会えたことが書いてあります。

また、コメント欄を読んでいると、
「この方、すごいよね〜!」
と、思う方にも出会います。

でも、その方は、初めからすごかったのではないのです。
その方も、初めは試行錯誤されていたのです。
必死で、自分の問題と格闘され、乗り越えてきているのです。
それが、過去のコメントを読んでいただければ、分かります。

「この人は特別。最初からできていた。」
などという人は、まずいないと思います。

どうぞ、「真剣に心磨きをしてみよう」と思われるのでしたら、 マフィン さんのように、過去ログ、コメントを読んでいただくと、より、理解が深まると思います。

そして、どうぞ、過去ログにも、コメントをください。
ブログの右に
「最近のコメント」
というふうにして、過去ログのコメントも出ます。

感性に合ったものがあれば、どれにでも、コメントをくださいね。
お待ちしています。
Posted by アミ(マフィンさん、皆さんへ) at 2006年05月07日 17:12
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霊安室の恐怖
Excerpt: 私が勤務していた病院は救急指定になってましたので、重症患者も運ばれてきます。中には残念ながらお亡くなりになられる方も当然いらっしゃいます。ですから当然霊安室なるものも存在します。いつも感じていたのです..
Weblog: 元職員が語る病院の裏側
Tracked: 2006-07-18 23:46
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