2009年09月27日

◆アミ日記「心の解放 〜夢を通して〜 」【9月27日(日)】

皆さん、いつも心温まるコメントをありがとうございます。
アミも、未知への挑戦で、多少なりとも不安はあります。
勇気づけられます。
本当に皆さんには感謝です!

おばちゃん、いつもおいしい野菜スープをありがとう。
身体が敏感になっているので、何がよいかがよく分かります。
感謝です!


◆アミ日記「心の解放 〜夢を通して〜 」【9月27日(日)】◆

脈絡のないものなのですが、アミは、病が発覚してから、とても不思議な夢を見続けています。

☆倒れた当日は、アミがなぜか不遜にも大きな(3メートルぐらいある)天使になって空であと2人の天使と一緒に踊っている夢を見ました。
さすがに「こんな夢を見るとは、身の程知らず、不遜だ!」とアミは、思いましたが、夢を見ている間、痛みはすっかり消え、何とも言えない晴れやかさ、開放感に浸っていました。

☆宇宙人?風の2人の男性がアミのことをいつも見ていると言い、宇宙船のようなものに乗って現われ、アミの肩からビーム?見たいなものを浴びせました。お腹のあたりが熱くなりました。

☆後は、学校の夢です。
アミの学校の職員が
「もっと、ちゃんと子どもを見てくださいよ。」
と、アミに苦情を言っていました。
その時、アミは、心の中で思いました。
「今までは、気づかないで、ごめんなさいね。今度から気を付けるから。」
と、謝って終わっていたけど、もう、ちゃんと自分の考えを言うわ。
「私は、全てはできないわ。あなたも、気を付けてくださいね。」
と、夢の中で言い返していました。

☆あとは・・・
・職員室の中に入ろうとしないアミ。
・大きな大会の打ち合わせに時間がなくて、15分間でやってしまおうとしているアミ。
・歩けなくて道ばたに倒れるのだけれど、だれも振り向いてくれないので、しかたなく自力で起き上がって歩いたアミ。

等です。

自分の「心の浄化」なくしては、本当の治癒はないと思っています。
ただ、厳しい病気になればなるほど、「顕在意識レベルだけの振り返り」は、難しいと思います。

「心で病を治す」「自然治癒力で病を治す」
ことは、確かに原理的には、法則的にはできると思います。
アミも、小さな病気は、殆ど治りました。

ただ、病が厳しくなればなるほど、心の奥深くにメスを入れなければならず、一人で行なうのは、難しいです。
「心の世界」は、
「真実の世界」「法則の世界」
です。
「自分流の感覚」だけでは、深いところまでメスを入れることはできません。

そんなとき、
「夢」
も、活用できます。

「夢」
は、潜在意識からのメッセージでもあります。

私は、
「学校のこと」
は、
「忙しくてあたり前、大変であたり前、教頭なのだからできるだけのことをするのはあたり前。それを嫌だとか、少しでも逃げようとするのは、よくない。」
と、思ってきました。
そして、限界まで頑張ってきました。
でも、自分的には、けっこう楽しい面もあり、みんなが喜んでくれたりするので、
「学校のことが心身共に相当なストレスになっていた。」
等ということには、気付きもしませんでした。

でも、
「夢」
に出てくるのは、殆ど
「学校のことばかり」
でした。

あらためて、
「ああ、私は、本当は学校のことが相当ストレスになっていたんだなぁ。」
と、感じました。

また、「身体の声」も参考になると思いました。
家で寝ていると、電話の呼出音やチャイムが鳴ります。
その時に、私のお腹がくっと痛くなるのです。
そして、呼吸が速くなるのです。
「電話の呼出音=何かの頼みごと(自分が判断しなければならないこと)」
という模式図が自分の心の中に染みついているのでしょう。
「ああ、私は、いろいろなところまで判断しまくり、判断疲れをしていたんだなぁ。」
と、いうことも分かりました。
「何もかも、全て、私に判断をさせないで。私を頼らないで!」
という心の叫びが聞こえたような気がしました。
今は、家の電話は、殆ど主人が取ってくれ、主人がまず対応をしてくれます。
今、主人が私の防波堤になってくれています。

今は限られた仲間の方々との電話だけになっています。
やっと、家でも心を落ち着けて生活ができるようになってきました。


◆編集後記◆

心を浄化させるために、
「反省」「感謝」「報恩」
も大切なのですが、
「心の解放」
も大切だと思います。

しかし、よく言えば
「我慢強い」「忍耐強い」
客観的に言えば、
「問題と真正面から向き合えず、言うべきこと、表現すべきことをしていない。」
「道徳心、かくあるべき思考が強く、自分の自然な感情を心の奥底にねじ込んでしまう。」
「感情を出したくても、親、伴侶等が強くて出せなかった。」
「うまく感情を出すことができない。表現力に乏しい。」

・・・ということかもしれません。

「心の深くにねじ込んでしまった自然な感情」
は、なかなか顕在意識の力だけでは難しいです。

現実には、酔っぱらったり、認知症の状態になったりしたときに、理性の留め金がはずれ、心の底に押し込められた自然な感情がわっと出てくることもあるようです。

アミは、祈っています。
「どうぞ、これを機会に、心の奥底にねじ込まれたアミの自然な感情を、夢等を通じて表に出させてください。」
と。




必要としている、少しでも多くの人に言葉を届けたいのでするんるん
よろしければ応援のクリックをお願いしますexclamation

    ↓↓↓↓↓↓↓
★人気blogランキングへ
★精神世界ランキングへ


posted by 女教師アミ at 17:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 心スキル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>「心の深くにねじ込んでしまった自然な感情」

潜在意識が大きく拘っているものと思います。はっきりと感じ取るのは、なかなか難しく、その存在は人生を揺るがすような大きな出来事や病気がないと、出てこないものなのかもしれませんね。

また、そのサインもどれが本当なのか、見分けるのが、とても難しいと思います。

私も、最近時々身近な人が出てくる夢をみますが、ほとんど覚えていません。ただ、私にとって気がかりな?人が出てきているようです。

それと、私は人生の大きな節目には、とても涙もろくなります。

>酔っ払ったり、認知症の状態になったりしたときに、理性の留め金がはずれ、心の底に押し込められた自然な感情がわっと出てくることもあるようです

こんなことを書くと誤解されるかもしれませんが、私はお酒がほとんど飲めない前に、
異常にお酒で羽目をはずす方が、とても苦手です。

また、自分が酔った姿を家族以外の人に見られるのが、とても苦手です。

これは、きっと前世でなにかあったのではと感じています。

アミさんがこのようなコラムを書いてくださるので、自分を冷静に振り返ることが出来ます。

ありがとうございます。
Posted by PEKO at 2009年09月30日 00:14
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/128976752

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。